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『戦闘力ゼロの【救助隊長】、最強の村で人命救助を始めます~元消防士の俺、神話級の問題児たちを率いて大陸の英雄になる~』   作者: 月神世一


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13/15

EP 13

「帰れない救助隊」

 ゴボゴボッ……ゴボッ!

 暗黒の地底に、まるで巨大な怪物の胃袋が鳴動するような、不気味な水音が響き渡っていた。

 作業靴の底を浸していた黒ずんだ地下水は、数分もしないうちに直樹の足首を呑み込み、冷え切った泥水をふくらはぎへと押し上げていた。湿った空気に混ざり合う、ツンと鼻腔を刺す硫黄臭。

「……水かさが、上がってる……!?」

 フェイトがミスリルアーマーの膝当てを水面から引き上げながら、青ざめた顔で両手剣の柄を握りしめた。

「おいおい隊長、この通気孔、乾燥地帯にあるんじゃなかったのかよ!? 足が凍りそうなくらい冷たいぞ!」

「地盤の奥深くで、未知の水脈が破裂したんだ。……隔壁の向こうの二十三人も、この水に追い詰められている可能性がある!」

 直樹は奥歯を噛み締め、手にした魔導サーチライトで前方の岩壁を照らし出した。

 壁の向こう側からは、先ほどまで響いていた生存を知らせる金属音が途絶え、代わりに水圧に押された空気が岩肌の隙間からシューシューと甲高く噴き出す音が漏れ始めていた。

 一刻の猶予もない。

 直ちにこの一・五メートルの隔壁を貫通させ、鉱夫たちを確保しなければならない。

 そう決断し、直樹が指示を出そうと息を吸い込んだ――まさにその瞬間だった。

 ズズズ……ッ、ドオォォォォォンッッ!!!

 直樹たちの「背後」――通気孔を百メートルほど進んできた入口の方向から、鼓膜を破らんばかりの轟音と大地の激震が叩きつけられた。

 狭小な坑道が激しく波打ち、天井から拳大の落石が雨あられと降り注ぐ。

「きゃあっ!?」

「全員、低姿勢! 頭を抱えろ!!」

 直樹の叫びと同時に、後方に控えていたマンミアが瞬時に前脚を折り、左腕の巨大刺突盾『アグニ』を跳ね上げた。

 ガガガガギィィンッ!

 激突した天井の破片が火花を散らして弾け飛ぶ。

 凄まじい衝撃波が狭い通路を駆け抜け、もうもうたる赤茶色の粉塵がライトの光を遮った。

 やがて、落石の余韻が静まり返る。

 直樹は煤にまみれた顔を上げ、背後を照らした。

「…………っ、嘘だろ……」

 フェイトの震える声が漏れた。

 わずか十数メートル後ろの通路が、天井から滑落してきた数十トンの巨大な黒鉄岩盤によって、完全に押し潰されていた。

 天井と床が完全に密着し、隙間風一つ通さないほどの完全な閉塞。

 退路が、消えた。

「退路崩落……! 旧三号通気孔、完全に埋没しました!」

 マンミアが『アグニ』の鋼鉄面を擦りながら、険しい表情で報告する。

「水流が地盤を侵食し、元々腐食していた支保工を一気に押し流したようです! 我々は……閉じ込められました!」

 その言葉の重みが、冷たい地下水とともに全員の心臓を締め付けた。

 救助に来たはずの隊員たちが、救助対象と同じ「密室の要救助者」へと転落したのだ。

「う、嘘だろ……! 帰れねぇじゃねぇかよ!!」

 イグニスが目を血走らせ、真紅の角を壁にぶつけそうになりながら取り乱した。

「クソッ、こんな瓦礫、俺様が今すぐ大斧で粉々に叩き割ってやる! 道を塞ぐんじゃねぇぇッ!!」

 パニックに陥った巨漢が、肩に担いだ大斧を振り上げようとする。

 その喉の奥から、過剰な興奮に反応した火炎袋がカチリと音を立て、不吉な黒煙が漏れ出した。

「――やめろ、イグニスッ!!」

 バチンッ!

 直樹の革手袋が、イグニスの分厚い頬を鋭く張り飛ばした。

 痛打にイグニスが目を丸くし、振り上げた大斧を止める。

「隊長……さん……?」

「正気を失うな! 狭小空間でブレスを吐けば、酸欠と一酸化炭素中毒で俺たち全員が数分で窒息死する! 背後の岩盤を叩き割れば、今度こそ俺たちの頭上の天井が連鎖崩落を起こしてミンチになるぞ!!」

「ぐ……っ、だ、だがよぉ……! このままじゃ、水に呑まれて溺れ死んじまうじゃねぇか!」

「パニックを起こした隊員から死んでいくんだ! 深呼吸しろ! 呼吸を整えろ!」

 直樹の研ぎ澄まされた怒声が、狭い空間に木霊した。

 十二年間、幾度となく崩落建物や密室火災の恐怖と対峙してきた男の眼光。その絶対的な迫力に圧され、イグニスは唾を飲み込み、肩の力を抜いて荒い息を吐き出した。

「す、すまねぇ……悪かった、隊長さん……」

「分かればいい。……キャルル村長、怪我はありませんか?」

「う、うん! あたしは平気だよ!」

 キャルルは手縫いの人参柄刺繍ハンカチを胸元で握りしめ、濡れた足元を見つめながら唇を噛んでいた。

 その長い純白の兎耳が、悔しそうにしおれている。

「あたし……力はあるのに、こんな狭いところじゃ何も壊せないし……治癒の力も、壁の向こうの人たちに手が届かなきゃ使えない……! あたし、救助隊なのに、全然役に立ってないよ……!」

「そんなことはありません。村長が無事でいてくれるだけで、隊の士気が保たれています。……大丈夫です。道は、まだ残されています」

 直樹はそう告げながら、自らの内面へ意識を集中させた。

 ――カチリ。

『ユニークスキル【避難経路(エスケープ・ルート)】――起動』

 視界がモノクロームへ沈み込み、エメラルドグリーンの光筋を探し求める。

 だが――直樹の背筋を、冷たい汗が伝った。

 直樹たち五人の足元から伸びていたはずの「地上への退路」を示す緑のラインは、背後の崩落壁の眼前で完全に掻き消え、ただ「通行不能」の赤い光幕がチリチリと燃え盛るように浮かび上がっていた。

 そして、前方――一・五メートルの隔壁の向こうにいる二十三人の光もまた、上昇する水位によって足元を脅かされ、激しく明滅して消滅寸前になっていた。

(退路はゼロ。正面も未貫通。水位は毎分五センチのペースで上昇している……!)

 あと半時間もすれば、この狭小通気孔は完全に水没する。

 前世の記憶が、濁流のように脳裏をよぎる。

 崩落する天井。子供を庇い、己の背中で瓦礫を受け止めたあの瞬間。

 冷たくなっていく手足、薄れゆく意識。

(また、死ぬのか……? 人を助けに来て、結局、何もできずにここで全員道連れにして死ぬのか……!?)

 心拍数が跳ね上がり、呼吸が浅くなる。

 直樹の胸を、救助隊員として最も忌むべき「自己犠牲の呪縛」が侵食しかけた。

 自分が身代わりになれば。

 自分が盾になって、誰か一人でも押し出せば――。

「――直樹殿!」

 鋭く、凛とした声が、直樹の肩を揺さぶった。

 ハッと顔を上げると、マンミアの琥珀色の瞳が至近距離で直樹を真っ直ぐに見据えていた。

 彼女は巨大シールド『アグニ』のグリップを直樹の目の前に突き出し、力強く告げた。

「貴方が言ったはずです! 『救助隊員は英雄になって死んではいけない、生きて家族や仲間の元へ帰るまでが救助だ』と! 一人で抱え込むな! 貴方は今、最前線の指揮官であると同時に、我々自警団が命に代えても護り抜くべき『要救助者』でもあるのです!」

「マンミア……さん……」

「そうだぜ、隊長!」

 フェイトが濡れた前髪を払いのけ、不敵に笑った。

 その手には、もう金貨は握られていなかった。

「コインなんか投げなくたって、俺の剣はまだ生きてるぜ。頭上の落石なんざ、俺が全部叩き落としてやる。アンタが道を見つけるまで、指一本触れさせねぇよ」

「俺様もだ!」

 イグニスが太い両腕を突き出し、胸板を叩いた。

「壊すだけが能じゃねぇんだろ!? 支える力を見せてやる! 天井だろうが壁だろうが、俺様の筋肉で押し留めてみせるぜぇッ!」

「直樹さん!」

 キャルルが両手で直樹の泥だらけの右手をぎゅっと包み込んだ。

 温かい。冷たい地下水の中で、少女の掌から伝わる生命の熱が、直樹の凍りついていた思考を一瞬で溶かしていった。

「あたしたち、チームでしょ! 直樹さんが道を教えてくれるから、あたしたちは力を出せるの! 一緒にポポロ村へ帰ろうよ!」

「…………っ」

 直樹の視界が、滲んだ。

 そうだ。

 自分はもう、前世のように一人きりで崩落の下に取り残された消防士ではない。

 自分には、最強の力を持つ仲間たちがいる。

 戦闘力ゼロの自分を信じ、命を預けてくれる仲間たちがいる。

 そして――自分自身もまた、彼らに守られ、生かされているのだ。

(俺一人で助けるんじゃない。……みんなで、生き残るんだ!)

 迷いが晴れ、直樹の脳細胞が超高速で再起動した。

 直樹は救助バッグから魔導通信石を引っ掴み、叫んだ。

「マルタ技師! 聞こえますか、マルタ技師!!」

『――ガガッ……おい、直樹の坊主か!? 無事かッ!?』

 通信石の向こうから、激しいノイズと共にドワーフの測量技師の怒声が響いた。

『坑口の地震計が跳ね上がりおった! 通気孔の入口が崩落したじゃろう! 今すぐ救出部隊を――』

「入口を掘る必要はありません、二次災害の危険が高すぎます! それより地質データを教えてください! 通気孔の内部に大量の地下水が流入しています! 水脈の出所はどこですか!?」

『何じゃと!? 水が出とるじゃと!?』

 通信石の向こうで、マルタが図面を激しく擦り合わせる音がした。

『馬鹿な……四番坑道は水脈から完全に孤立した乾燥岩盤のはずじゃ……! 待て、まさか……上層の『旧六番水没試掘坑』か!?』

「旧六番水没試掘坑……!?」

『五十年前、出水事故で放棄された上部坑道じゃ! 今回の本崩落の亀裂が、その水没坑道の底を突き破ったんじゃ! 上から水圧がかかって、断層伝いに四番坑道と通気孔へ漏れ出しとる! このままじゃ、両方の空間が完全に水没して水圧で破裂するぞ!!』

「水圧で……破裂……」

 直樹の頭の中で、すべてのピースがカチリと音を立てて噛み合った。

 上からの水圧。

 行き場を失った地下水が、四番坑道の奥と、この通気孔の最深部を同時に圧迫している。

 そして――。

「マルタ技師! その旧六番坑道の底と、四番坑道の高低差は!?」

『四番坑道の方が四十メートル低い! じゃが、四番坑道のさらに奥には、ドンガン帝国時代に造られた『自然排水用の竪穴(ドレン・シャフト)』が存在するはずじゃ! 昔の鉱夫たちが非常時の排水用に掘った、深層地下空洞への逃がし弁じゃよ!』

「それだ!!」

 直樹は通信石を握りしめ、前方の一・五メートルの隔壁へ向き直った。

「四番坑道の奥にある自然排水シャフトは、崩落土砂で塞がれていないはずです! だが、あちら側の鉱夫たちは水圧でシャフトの鉄蓋を開けられず、水に追い詰められている! そしてこちら側は、退路を塞がれて溺れかけている!」

「つまり……どういうことなの、直樹さん!?」

「後ろへ逃げる道はありません! 唯一の生還ルートは――『前進』です!」

 直樹が叫んだ瞬間、視界の奥底で、奇跡のような変化が起きた。

 完全に途絶えていたエメラルドグリーンの光筋が、直樹たちの足元から猛然と立ち上がり――目の前の一・五メートルの隔壁を一直線に貫通したのだ。

 光は壁の向こう側で、二十三人の鉱夫たちの光と激しく結びつき、さらにその奥深くに眠る「排水シャフト」の輪郭を鮮やかに描き出していた。

『ユニークスキル【避難経路】――代替ルート再構築完了』

「見える……! 道が、繋がった!!」

 直樹は拳を握りしめ、泥水を蹴って前へ進み出た。

「この壁をぶち抜いて四番坑道へ突入する! 二十三人と合流し、奥の排水シャフトを開放して地下水を一気に深層へ叩き落とす! 水さえ抜ければ、あちら側の通気ルートから全員で脱出できるぞ!!」

「よっしゃあぁぁぁッ!!」

 イグニスが歓喜の雄叫びを上げ、胸の炎を滾らせた。

「ぶち抜くなら俺様の出番だ! 隊長さん、合図をくれ!」

「マンミアさんは頭上の防壁を維持! フェイトは貫通時の破片を受け止めろ! 村長は合流直後の怪我人の手当てを! イグニス、お前が穿つのは壁の中央、水圧で脆くなっている下部の一点突破だ!」

 冷たい暗黒の底で、孤立した救助隊の瞳に、不屈の炎が灯った。

 退路を断たれた元消防士と問題児たちが、二十三人の命と自らの命を掴み取るための、極限の突破作戦が幕を開けようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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