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前編 ダンジョン配信はあくまで『仮想空間の出来事』

この話と同日同時刻に第2章を投稿してますので、本作の設定に興味が無い方は飛ばしてください

本作の設定を知らなくても本編に支障はありません

「オジサン、これが部屋の鍵ね」


「ありがとうございます」


 俺は、華宮社長からディンプルキーを2つ受け取った。


「私は、オジサンの入社に伴う手続きとか諸々あるから、今日はこれで失礼するわ」


「お疲れ様です」


「そうそう、この後すぐにサナから入社説明会があるから、お部屋で待機しててね」


「夕食時だから何か食べようと思ってたところに――」


「その代わり明日はリフレッシュ休暇でお休みだから、あと少しだけ我慢してね。それじゃ」


 華宮社長は足早に去っていった。


 俺は地面に置いた買い物袋を拾ってから、部屋の鍵を開けた。


 靴を脱ぎ、照明のスイッチを入れる。


 おお。


 清潔感のある白いクロスにナチュラルブラウンのフローリングが眩い。


 公安時代に住んでたボロアパートなんて比じゃない。


 生活水準がランクアップしたみたいで、テンションがあがる。


 俺は意味もなく、そわそわしながら寝具を敷いた。


 後は入社説明会とやらを待つだけだが――と思った瞬間、インターホンが鳴った。


 カメラには、リクルートスーツに着替えた潮さんの姿が映っていた。


 ご丁寧に眼鏡までかけてる。


 彼女なりに公私を分けてるのだろう。


 俺はドアを開けた。


「潮さん、新人研修の件?」


「はい。――ですので、入居したばかりで恐縮ですがお部屋にお邪魔します」


「え? 事務所はないの?」


「ないから、こうして私が先輩のお部屋に出向いたのですが――」










「ここが先輩のお部屋ですか」


「まあ見ての通り、何もない場所だけど」


 入居者の俺ですら10分ほど前に入ったばかりだしな。


「間取りは私の部屋と一緒ですねー」


「ということは潮さんも、このマンションに」


「はい。私の部屋は402号室なんですよ」


 オジサンに住所をばらすなんて、この子には警戒心というものが無いのか?


「ちなみに社長の住まいは、このマンションじゃないですよ。近くにはいますが」


「ふーん」


 まあ女性陣の部屋には、こっちから訪ねることはないけど。


 連絡先は、女性陣のSNSグループに入ったから、報連相に支障はない。


「さて、さっそく入社説明会を催したいところですが――」


「本当に何もないから、椅子どころか座布団もないから地べたになっちゃうけど――」


 俺は率先して床に腰を下ろし、あぐらの姿勢になる。


「今日、入居したばかりだからスーツは汚れないと思うよ。掃除は行き届いてるみたいだし」


「そうですね。それでは、失礼して――」


 潮さんは膝を折って、正座の姿勢になる。


「では、これより華宮エステートの新人研修を行います」


 潮さんが眼鏡をクイっと動かす。


 あんな所作する人、この世に存在したのか。


「トピックは、先輩が眠ってた10年もの間にダンジョンを取り巻く環境の変化です」


「あー、俺が昔の癖で要石、キーストーンを斬ったことへの牽制か」


「そうです。私は先輩と違って10年間起きてましたので、毒されたと言いますか、今はもう金塊にしか見えなくなっちゃいました」


「大丈夫。今の俺は、あの石ころが金ぴかに見えるから」


「ふふ、ではこちらをご覧ください。後で紙でもお渡ししますね」


 潮さんはカバンからタブレットを取り出した。


 プレゼンツールの画面だ。


「政府はダンジョンの存在を認めてない。この1点だけは昔のままです」


「認めないからこそ、警察や自衛隊等の既存の実力部隊を動かせない。でも、神隠しの元凶の一つだから排除したい。しかし、異空間とモンスターの存在が国民に知られたらパニックになるから、国民に知られる前にダンジョンを潰してたのが俺達が所属してた公安部直属の仮想空間捜査班だからな」


「ちなみに現在も、国の実力部隊はダンジョン関連の事案には一切関与いたしません」


「しかし、俺が10年寝てる間に、政府なんで方向転換をしたんだ?」


「切っ掛けは、与党の主流派と非主流派が入れ替わった時ですね――って、寝ないでください。先輩!」


「ゴメンゴメン。政治の話は難しくて――」


「ええっと、その――ざっくり申し上げますと、政府内のダンジョン賛成派が多数派になったからです」


「賛成派なんて居たんだ。そういえば公安時代にも、ボス撃破後のダンジョンを有効活用したいって言ってた奴がいたよな」


「はい。私達だけでなく当時の民間協力会社にも、そのような声が多くあったみたいです。だから、政府の方針が変わったと同時に、ダンジョンのノウハウがある民間企業が広大無窮のダンジョンを攻略し――って、起きてますか? 先輩!」


「ゴメンゴメン。難しい言葉を聞くと、どうしても――」


「――それはそれはとても大きなダンジョンを攻略したので『核のゴミ捨て場』として政府に売ったのが始まりとされてます。色々諸説ありますが、これは私の公安時代の同僚から聞いたので、信憑性が高いと思います」


「ふーん、一体どれほどの血税が注がれたの?」


「3兆円」


「兆!? 億じゃなくて!?」


「はい。何せダンジョンは異次元に存在する空間。それはつまり、汚染物質を地球に漏らさずに完全に封じ込められるスペースなので、それだけの予算をつぎ込む価値があると判断したんでしょう。実際、放射線物質は次元を超えないみたいです」


 まあ環境のことを考えたら、3兆円でもお値打ちと判断したんだうな。


 それなら公安時代の給料をもっと弾んでくれよ。


「そこで、偉い人はこう考えました。民間企業がダンジョンを攻略できるなら、ダンジョンそのものを売り買いできる仕組みと民間企業の支援態勢をこちらで用意すれば、もっと稼げるのでは? と。こうして設立されたのが通称JMと呼ばれる仮想空間協同組合です――って、いい加減にしてください! 先輩!」


「ゴメンゴメン。歴史の授業はどうも苦手で――」


「もう。この会社での私は、先輩の先輩なんですよ!」


 しまった!?


 つい公安時代と同じように接してたけど、ここは10年後の世界。


 分別はきちんとしないとな。


「だから、先輩の先輩の話はちゃんと聞いてください! いいですね!」


「はーい」


「よろしい。仮想空間協同組合――以後は、組合を呼びますが、この組合と民間企業の協力によって、急速に配信インフラが整備され、覚醒状態にする薬――撃薬(げきやく)が開発される運びとなりました」


「質問いいですか、潮先輩!」


「どうぞ、根津先輩!」


「何で、わざわざダンジョンでライブ配信なんてやってるんですか? 普通に考えて政府が黙ってないと思いますが――」


 そもそもダンジョンと俺達の世界を電波で交信する技術は、公安時代に作戦行動を記録するために開発されたもの。


 それが今では、やってみた系のノリで配信してるのは不思議でならない。


「お答えしましょう。と言っても、先ほど社長が説明した事の繰り返しになりますけど配信の目的は、誰が攻略したのか記録するためです。特にボスを倒した人とドロップしたキーストーンの形状を記録しなければ、ダンジョンのオーナーになれませんから」


「確かに、キチンと映像で残しておけば、無用なトラブルは回避できるな。ライブ配信なら尚のことだ」


「ちなみに、ダンジョン配信はあくまで『仮想空間の出来事』として扱われてますので、たとえショッキングな映像が流れても、事件性は認められません。別の言い方をすれば、ダンジョン内では何が起こっても警察と裁判所は関与しませんし、ダンジョン内での死亡は行方不明として処理されます」


「わかりました。ライブ配信ついでですが、カメラマンがいないのにどうやって撮影してるの?」


 公安時代は、撮影担当はローテーションだったからな。


「それはですね――」


 潮さんはバッグから、見覚えのある野球ボール台の球体を取り出した。


「こちら、フロート機構が搭載された自動追尾式カメラ『ピクシー』です」


「先のダンジョンでも華宮社長の傍でプカプカ浮いてましたね。――もしよかったら、ちょっと動かしてみてくれない?」


「要望にお答えできず恐縮ですが、ピクシーが飛ぶには、ダンジョン内にのみ存在する特殊な粒子が必要なんです。粒子を捉えることで、魚が水の中を泳ぐように空中を動けるのです」


 撮影担当だった時はドローンはかさばるし、精密な操作を要求されるから苦手だったんだよな。


 それに引き換え、ピクシー(これ)なら、小さくて持ち運びにも便利で、攻略の邪魔にならなさそうだから、ありがたいな。


「なるほど、腑に落ちました。さすが潮先輩、分かりやすい説明で助かります」


「当然です。この会社での私は、先輩の先輩なんですよ」


「では、潮先輩が年甲斐もなく女子高生の制服を着てたのも記録に残すためなんですか?」


 ――と言った次の瞬間、潮さんの眼鏡がギラリと光った。


「ダンジョン攻略の最終目的はボスを倒してキーストーンを手に入れることですが当然、毎回必ず攻略できるわけではありません。むしろ初見で攻略できる方がレアケースと言っても良いでしょう。何より、ダンジョン攻略は色々と出費がかさみます。なので、少しでも赤字を抑えるために、一人でも多くのリスナーを惹きつける努力を重ねる必要がございます。人を呼べる配信者はそれだけでスポンサーやパトロンがつきます。それはダンジョン配信でも例外ではありません。ただ他の配信と異なるのは、強さをアピールして、大手企業からのオファーを狙うこともできる点でしょうか」


「つまり、攻略できなかった時の保険として、配信活動そのもので収益を確保したり、職務経歴書にしたりするんだな」


「そういうことです。だから私が女子高生の制服を着用してるのは、業務命令が下ったので、気が進まない中、仕方がなく、本当に仕方がなく大変不本意ながらもしぶしぶ着用しただけであり、私自身は決して、そういった趣味は毛頭ないことをご留意ください。いいですね? おわかり頂けましたか?」


「う……うん、わかったから、潮先輩、落ち着いてください」


「私はこの通り、非常に冷静で意思表示に支障はございません」


 笑顔を浮かべてるのに、目が笑ってない。


 今後、何があっても衣装のことは、そっとしておこう。


 機嫌を損ねて、治療がおざなりになったら、助かる命も助からなくなっちまう。


「では、次のトピックに移ります。『現代人はいかにして覚醒状態になってるか』です」

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