第8話 何故ダンジョンに潜るのか
「なあ華宮社長」
「なに?」
「不動産業という立派な本業があるのに、何で副業に手を出したんだ。しかも、命懸けの――」
家路を歩いてる最中、俺は華宮エステートについて華宮社長に訊ねた。
プライバシーには触れないようにするが、俺だって自分の命は可愛い。
リスク管理という点で、華宮社長の経営方針とやらを聞く権利があるはずだ。
「そんなこと知りたいの?」
華宮社長は嫌な顔をせずに言った。
「従業員として、社長のご高説を賜りたく存じます」
「うむ、良い心がけね。思わず涙が出ちゃいそうよ」
「で、実際はどうなんですか?」
華宮社長の口角が少し上がる。
「稼げるうちに稼いでおきたいの。バブルが弾ける前にね」
「バブル?」
「オジサン、学校でならってないの? バブル崩壊とかのバブルよ」
「不景気の元凶くらいは――」
「オジサンの時代でも、それくらいしか教わらないのね。詳しい事は、後でAIにでも聞いてみて」
「そうします」
「後ね、ダンジョンの活動を配信してるでしょ?」
「そうだな……恐ろしい事に」
「そこに、現役女子高生を組み合わせたら、完ぺきだと思わない? 視聴者を稼げると思わない?」
「まあインパクトはあると思うよ、うん。実際はどうなの?」
「話題も何もかも元良ちゃんに全部持っていかれた」
「ご愁傷様」
「おまけに私が現役女子高生を売りに出来る期間があと10か月しかないの」
「うーん、そういわれてもな」
「先輩、何でそんな目で私を見るんですか?」
「ついでにいうとサナの二十代は、あと半年で終わるわ」
「ユズハ社長! 先輩の前で個人情報を漏らさないでください!」
「まあ高校は義務教育じゃないんだし、留年するなり再入学するなりで現役を続行してもいいんじゃないの?」
「「絶対に嫌!」」
女性陣に猛烈に反対された。
「おバカキャラは現役なら天然ですまされるけど、留年でもして四年目に入ったら、ただの可愛そうな人扱いされるのよ。それなら女子大生の方がまだマシよ」
「配信って、若い女性ってだけで需要はあるだろ」
「それでも女子高生に比べたらSSRからコモンくらいにはレアリティが落ちるわよ」
「最近の女子大生のデートスポットはダンジョンなのかよ」
「多分、オジサンが想像してる100倍はいるわよ。自社プロモーションのためにバイトで雇ってる企業が多いわよ。キャンペーンガールが無くなって随分と経つしね」
「この国は本当に大丈夫か?」
うーん、10年という歳月はダンジョン周りだけでなく日常生活の常識も再構築されてるようだ。
「先輩! 私はもう高校も大学も卒業してますので今更、学生に戻るつもりはありません」
「へえ、ちゃんと卒業してたんだ。偉いな」
藤村さん――潮さんは、高校生の時に仮捜班からスカウトされたんだよな。
当時の彼女は読書が似合う大人しそうな子って感じだったけど、部署解体から10年経った今はすっかり垢ぬけてて綺麗になってる。
華宮社長が制服を着せたがるわけだ。
「えへへ、まあ高校は仮捜班に入ったおかげで卒業資格をもらっただけですけど、大学は部署解体後に自力で入学しましたからね」
「なのに何故、地獄に舞い戻ってきちゃったの」
「大学卒業後は、ちゃんと普通の会社に就職したんですよ。そしたら翌年、会社の方針でダンジョン事業に参入することになってしまい、あれよあれよと言うままに――」
「この国は、本当に大丈夫か!?」
「そこから紆余曲折を経て、今は華宮エステートの社員です」
潮さんは胸を張ってる。
まあ本人が良いなら、それでいいか。
市街地で総合衣料品店に寄って、俺の衣服と寝具を購入してから数分、歩いたところで華宮社長が足を止めた。
「宗像さん?」
華宮社長が声を出すと、前方から歩いてきた男女の二人組が足を止めた。
目を引いたのは、女性の首から吊り下げられたアームホルダー。
右腕が骨折してるのだろう。痛ましいな。
中年という感じの二人の左手には、指輪がはめられてる。
「ご無沙汰しております。ユズハお嬢様」
女性が会釈する。
俺と潮さん、女性の連れの方も会釈する。
「宗像さん、もしよかったら、これからお茶しない?」
「私は構いませんが、サトルさんは――」
「僕は大丈夫ですよ」
俺と潮さんには聞かないのか。
そんなことを思いつつ、俺達は近くのコーヒーチェーン店に入った。
テーブル席までの短い道中だけど、相当な視線を感じた。
周りの声に耳を傾けると、「笠張り浪人」「ビニール侍」「小学生オジサン」と明らかに俺に向けた言葉が聞こえた。
それにしても小学生オジサンは無いだろ。
子供部屋オジサンみたいで嫌だな。
たしかに小学生という生き物は、傘を振り回すけどさ。
「オジサン。早速、話題になってるわね」
華宮社長はご満悦の様子。
「ここの連中は暇なのかよ」
「まあまあ、いいじゃない。もしかしたら地元からスターが出るかも、って思うとアガるでしょ?」
「俺は俳優でもスポーツ選手でもないんだがな」
席に腰を下ろす前に、ざっと店内を見渡す。
俺と目があった人達は、手をブンブン振ったり、「応援してるからなー」と声をかけてくれたりと、ポジティブなリアクションをしてくれた。
悪い気は、しないな。
公安時代にはなかった充足感だ。
注文した飲み物が全員分揃うと、社長が口を開いた。
「宗像さん、そっちの様子はどう?」
「そうですね、経営陣は相変わらず、ダンジョンの確保と配信に躍起になってて本業はおざなり。不動産業で採用した人間も適正があれば、すぐにダンジョン部署に異動させる有様で――」
「それで、宗像さんの腕の治療まで手が回らないってわけね。骨折くらいなら、サナの力で――」
「華宮社長、潮さんは確かにヒーラーだけど、その力で治療を受けるには、宗像さんも覚醒状態――スキルが使える状態にならないと」
スキルで怪我や病気、さらには免疫機能を増幅させてれば並のインフルエンザすら数分で完治できる。
ここには1つ問題がある。
それは患者側も覚醒状態にならないと、スキルによる治療が受けられないのだ。
もし覚醒状態にならないままスキルによる治療を受けると健康状態を著しく損なう強い副作用が出る。
体力のない病人に、強い薬を投与したり長時間の手術を行うようなものだ。
「大丈夫よ。薬は余ってるから」
「く、薬!?」
覚醒剤……とか?
「根津先輩――今、頭の中に浮かんだ言葉は絶対に口にしないでください」
「何で、わかったの!?」
「表情を見れば、わかりますよ」
しかし、異伝子覚醒装置も使わずに覚醒状態にする薬、ね。
「確かに、妻はドラッグユーザーですが――」
やっぱり覚醒剤じゃん。常習犯だよ。
あれか。
モンスターと戦う恐怖と不安を和らげるためにやってるのか。
まだ覚醒剤をキメてると言われた方が説得力あるよな。
恐怖心を紛らわすし、何より字面が似てる。
「根津先輩――先ほども申し上げましたが、頭の中に浮かんだ言葉は絶対に口にしないでください。ここは公共の場ですから」
「だから何で、わかったの!?」
「先輩の考えてることくらい、お見通しです。何年、一緒に仕事したと思ってるんですか」
「3、4年くらいじゃないかな」
俺は探索班で、彼女は医療班だったから大怪我した時くらいしか顔を合わせる機会はなかったけど――。
「その辺りは、お時間のある時にキチンとご説明しますので、今はお静かに願います」
「あ、ああ……」
薬とやらも俺が眠ってた10年間に出来た常識なのだろう。
ドラッグユーザーという言葉が出たにも、かかわらず店内の様子は何一つ変わってない。
「ありがたい申し出ですが――」
宗像夫人の言葉を遮るためか、夫のサトルさんが宗像夫人の前に手をそっと差し出す。
「お嬢様。大きな声では言えないのですが、妻の怪我はワザと治さないようにしてるんです」
「……その様子だと医療班がいないわけじゃなさそうね」
「医療班には僕からお願いして、治療スキルでは手の施しようがないことにしてもらってるんです。もし怪我が治ったら、妻は再びダンジョンに送り込まれてしまうので――」
宗像夫人の顔色が青ざめてる。
これが普通だ。
命懸けの戦いってのは、強いストレスとプレッシャーが圧し掛かるもの。
並の神経で耐えられるわけがない。
「それに――」
サトルさんの視線が、夫人のお腹に向いた。
それを察知したのか、夫人の表情が柔らかくなると両手をテーブルの下――おそらくお腹に手を置いたのだろう。
「宗像さん、おめでとうございます」
「ありがとうございます、お嬢様」
華宮社長のおかげで祝賀ムードに一変。
宗像夫婦は照れ臭そうにしてる。
こういう事情なら神様も多少のインチキは見逃してくれるだろ。
「そうね、さすがに身重の女性をダンジョンに送るようなブラック会社じゃないわよね」
「そうだといいのですが――」
宗像夫人がうつむいた。
サトルさんが口を開いた。
「先ほども言いましたが、うちの会社は今、本業そっちのけでダンジョン事業に注力してます。昔からいる社員でも適正があれば即座に異動。それどころか不動産業に入社した新人も同様の扱いでして――」
潮さんも言ってたな。
入社したと思ったら事業拡大の一環でダンジョンに行くことになったって。
「それで若い社員は早々に退職をして、その皺寄せが中堅に来てしまい膨大なタスクが処理しきれず、毎日夜遅くまで残業は当たり前、今日は運が良かったんですが休日返上も珍しくありません」
今日は水曜日だから不動産業はお休みだもんな。
「それで、僕たちも転職を視野に入れてるのですが、今の給与が維持できる望みも薄くて――」
宗像夫婦は、この先も何かと出費が増えるのは火を見るよりも明らか。
だから転職に踏み切れないのも理解できる。
俺ですら、お巡りさん時代、安月給でクソ忙しかったけど辞めた後の事が怖くて続けてたもんな。
その結果、仮捜班に転属することになったけど。
「大丈夫よ。私に任せて」
華宮社長は、暗いムードを吹き飛ばすような明るい口調で言った。
「半年以内に必ず、華宮不動産の経営権を手に入れるから」
「お嬢様――」
「だから宗像さんは、子供の事だけを考えてなさい」
華宮社長は自信に満ちた表情でハッキリと言い切った。
その様子を見て、少しやる気が出てきた。




