第7話 ライバル企業と因縁
今いる場所は、都道の路肩から少し離れた場所なので、早く開けた場所に出るには路肩が一番近いのだ。
「あのワンボックス……面倒くさいわね」
社長は愚痴るように呟いた。心底、嫌そうな顔をしてる。
その反応からして、家路につくのは先送りになった、と思った。
林の中でなければ遠回りもできるが、雨でぬかるんでる所を歩きたくない。
それは社長も同じなのか、その場から一歩も動こうとしてない。
サナは身支度を終えたのかバットケースを担いだ。
車から降りてきたのは三人。
重役についてそうな恰幅の良いスーツ姿の中年男性と、そいつに付き従うように、ルックスの良い若そうな男性に華宮社長と同年代っぽい若い女性。
若そうな男性は年相応のカジュアルな出で立ちだが、若い女性の方は幼児向けアニメに出てきそうな魔法少女の衣装を着てる。
正気を疑いたくなるが、よくよく考えると潮さんも良い年して学生服を着てるので、そういうものなのだろうと思い、割り切ることにした。
「ハァ……嫌がらせのために、わざわざSランクの探索者まで同伴させるなんて。ご苦労なこと」
華宮社長がうんざりしてる。
「華宮社長、そのエスランクって何ですか?」
「探索者には下からE、D、C、B、A、Sという階級があって、Sランクというのは人気と実力、両方を備えた押しも押されぬダンジョン配信の最上位探索者のことよ。男の方は鏡アキラ。宮本武蔵の再来と呼び声の高い、二刀流の使い手。彼の事、見覚えあったりしない?」
「俺の知り合いに、二刀流の使い手はいないな」
「そう。次に女の子の方だけど、元良ミオ。2年前に彗星の如く現れた現役女子高生の魔法使い。私と同い年でデビューは同時期だけど、初の配信であの可愛らしいビジュもさることながら、卓越した戦術眼と常軌を逸する火力でモンスターを一掃しボスを葬る姿は、多くの男性リスナーを惹きつけ、たった一度の配信で同接の上位にランクインを果たした実力者。おまけに史上最年少のSランク探索者」
華宮社長の顔には、悔しさが滲んでる。
ライバル心って奴だろうか。
中年男性に向けたものとは違い、恨みや怒りに相当する強い負の感情が感じ取れない。
それにしても、あの二人。
最上位の実力者と呼ばれるだけあって、落ち着いた佇まいなのに腹が据わってやがる。
いくつもの死線を潜り抜けてきた実力と実績に裏打ちされた自信がそうさせてるのだろう。
それで、肝心の中年男性は華宮社長の近くで立ち止まると、人を蔑むような下卑た笑いを浮かべた。
「いやあ、お嬢様。ご無事で何よりです」
「うざッ!」
「ここまでの道中、あなた方のご活躍、拝見しておりました。いやあ、まさかまさか――」
中年男性の言葉は気遣いにあふれてるのに、態度が悪意に満ち満ちてる。
第三者の俺でも不快指数が高まる程だ。
「お気遣いは無用です、富岡さん。それより、Sランクの二人を引きつれて、奥多摩くんだりまで足をのばすなんて、随分と余裕があって羨ましいですわ。それとも暇を持て余してるのかしら」
「ご心配には及びませんよ、お嬢様。むしろ人手が足りなくて困っているところでして、今日は都心の案件からの帰りに、ちょっと立ち寄っただけです。なにせ近所にダンジョンが出現した、というお話を部下から聞いたものですから、それで車の中で配信を視聴しておりました」
「光栄ね。ダンジョン業界では、飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を急速に伸ばしてる華宮不動産の重役に視聴していただけるなんて――」
華宮不動産?
俺は華宮社長から頂いた名刺を見た。
株式会社華宮エステート――会社名は違うけど『華宮』という文字がある。
「当然ですよ。まさか、お嬢様がボスの討伐を、ましてや通常種より強化されたミノタウロスを倒せるとは思いもよりませんでしたから」
「すごいでしょ、彼。我が社のエースよ」
「根津カイトと申します。よろしくお願い致します」
社長からパスが来たので、何となしに名乗ってから会釈をする。
「ボクは株式会社華宮不動産所属の鏡アキラです。よろしくお願いします」
若い男性――鏡アキラは俺に釣られたのか、ペコリと頭を下げた。
中年男性と比べて、マシな性格のようだ。
「彼らは、我が社のツートップです。当然、先ほどが根津さんが斬り伏せた強固体のミノタウロスなんて、ものの数ではありません。――ですよね?」
「ええ、ボクならオジサンと同じく一人で倒せますよ」
中年男性は鏡アキラの返事にご満悦の様子。
「……そう言っておかないと査定下げられそうだし」
「何か言いましたか?」
「別に――」
民間企業って大変そうだな。
「実力だけでなく、ご覧の通りルックスも非の打ちどころがありません。配信で見た目は実力と同じくらい大事な要素ですからねぇ~」
ぐっ!
戦闘力なら自信あるんだが――美男美女が優位なのは世の常か。
そんな美女である、あの子――華宮社長とほぼ同期で同い年の元良ミオはと言うと、俺から目を背けるように踵を返した。
コスプレ衣装のヒラヒラが舞い上がるのを見て、ちょっと切なくなる。
オジサンという人種は、ここまで蔑まされなきゃならんのか?
「おや、元良さん、いかがいたしましたか?」
「お先に失礼するわ。ここにいると雨粒で衣装が塗ちゃうから」
そう後ろ姿で言ってから、元良ミオは車に戻っていった。
「そういう事だから、彼の事は諦めていただけないかしら?」
「アッハッハッハッ、ご冗談を――」
富岡社長の嘲笑が夕闇の林の中に響き渡る。
「いくら弊社が人手不足とは言え、無言でキーストーンを斬ってしまうような非常識なお方を迎える余裕はございませんよぉ」
俺のやらかしをご存じとは、ダンジョンの様子をライブ配信してるのは本当みたいだな。
「そこまでしてダンジョン事業に執着する、お嬢様の執念には、この富岡、ただただ頭が下がるばかりでございます。そうまでしてダンジョンに潜りたいのでしたら、私めに一声かけていただければ、わざわざ役員会議を開いてまで会社から追い出すような真似をせずに済みましたのに」
華宮社長の小さな右手がわなわなと震えてる。
鏡アキラは、我関せずという素振りをしてる。
追い出す、ね。
そりゃあ、花の女子高生があんな風になるわけだ。
「あれから、もう2年ですか――お嬢様が弊社の役員だった頃は、ダンジョン事業参入反対派の筆頭でしたのに、今では危険を顧みずダンジョンに挑むようになるとは……今頃、お父様も草場の陰で泣いておりますぞ」
「わかってるわよ、そんなこと」
華宮社長は、小さな声で吐き捨てるように言った。
どうやら二人は、因縁浅からぬ仲のようだ。
「根津さん、お嬢様はお父様と違い少々向こう見ずな所がございます。くれぐれも命を落とさぬようにお気を付けください」
「その辺りは心得ております」
「華宮エステートの皆様方、お疲れのところ申し訳ございませんでした。私共はこれにて失礼します」
中年男性と鏡アキラは、車の方に歩いて行った。
「――今に見てなさい。会社の経営権を奪って、屈伏させてやるんだから」
華宮社長は歯を食いしばって睨みつけてる。
華宮社長とあのオッサンの会社の間にある並々ならぬ因縁は理解した。
ただ、それと俺の仕事への姿勢は別物だ。
「サナ、オジサン――邪魔者は消えたし、私達も帰ろうか」
先ほどまでの剣幕が嘘のように、華宮社長は笑顔で言った。




