第6話 オジサン、就職を決める
どれどれ。
額面に休日の日数は公安時代よりも好条件だ。
裁量労働制だが手当てが厚く、休日は年間105日。
おまけに出張した翌日はリフレッシュ休暇。
これはダンジョンに潜った翌日はお休みってことかな。
凄いな。
公安時代なんて、休日はあってないようなものだったしな。
しかし、またダンジョンでモンスター退治か……。
いくら当時よりも給与が増えてるとはいえ、こればかりはどうしても二の足を踏む。
それに『配信手当て』というのも気になる。
リスナーの増加、チャンネルとメンバーの登録者数に応じて、支給される、か。
あまり関心しないな。
そもそもダンジョンと地上を電波でやり取りする技術は、公安時代にダンジョンでの活動の記録と共有のため民間企業と協力して開発した重要機密のはずだが……。
「華宮社長、この配信――ダンジョンでの活動内容をわざわざ動画サイトでお披露目しなきゃいけない理由はあるの?」
「あるわよ。ボス討伐とキーストーンの撮影のため。私達が倒しましたよ、って証明するためね。何せ、きちんとした証拠が無いと出品できないのよ」
「オークションにかけてるのかよ」
「そうよ。せっかくだし、フリマアプリを開いてみて。カテゴリはキーストーンね」
俺はフリマアプリを開き、キーストーンを選択した。
「出品もそうだけど、入札も組合の厳選な審査が通らないと無理よ」
うわっ!
価格フィルターで『億』って漢字を見るとは思わなかった。
最安値でも1億円台って、こんなのアプリで扱う商品じゃないだろ。
「俺には一生、縁のない世界ということは理解した。一体、誰がこんなもの買ってんだよ」
「オジサン、想像力が乏しいのね」
「その憐れむような目は止めて! オジサン、涙が出ちゃうから」
「ボスが居なくなったダンジョンはモンスターがいない安全な空間なのは知ってるでしょ?」
「ああ」
「つまりダンジョンは、国土が狭い日本に降って湧いてきた新天地なの。その用途はダンジョンの立地と規模に応じて、シェルターから廃棄場まで多岐に渡るから富裕層を筆頭に金持ちは皆、安全なダンジョンの確保に躍起になってるの」
う”っ!
ダンジョンなんて今まで排除してたから、活用方法まで気が回らなかった。
忘れかけてた三億円の重みがズシリと圧し掛かる。
「とりあえずダンジョンの凄さは理解した。でもよ、ボスを倒すだけなら、わざわざコスプレする必要はないだろ? 俺、変な格好して戦うの嫌なんだけど」
「これは、サイドビジネスってところかしら。視聴者が増えればスポンサーもつくし、戦闘力が高いことを示せば、色んな企業から『お声がけ』がくるの。だから視聴者受けは大事なのよ」
「でも、政府は黙ってないだろ。こんな衝撃映像の垂れ流しなんて」
「大丈夫、大丈夫。政府は、絶対に関与しないから。元公安ならわかるでしょ?」
「退院する時に、政府は今でもダンジョンの存在を認めてない、とは聞いてるけど――」
「そう。つまりダンジョンの中の出来事はあくまで『仮想空間での出来事』として扱われるの。だからダンジョンの中で万が一があってもフィクションとして扱われるし、フィクションだから警察も自衛隊も出てこないの」
パチンコの三点方式とかお風呂屋さんみたいな抜け道だな。
「故に今、日本でもっとも注目を浴びてる投資がダンジョンなの。それはもう物流、食品、製薬、エンタメ、エネルギー、家電、自動車等々、多種多様な企業に、裏社会から国家まで日夜ダンジョンを巡って、熾烈な争いを繰り広げてるのよ」
「裏……社会? えっと、ダンジョンは普通の商売なんだよな?」
「まあ完全合法とは言い切れないけど、少なくとも違法ではないわ」
「なぜ目をそらす」
「それでもほら闇バイトや特殊詐欺よりかは健全な商売だし……それにオジサン、住む場所が無くて困ってるんじゃないの?」
「何故わかった。俺が住所不定の無職であることを――」
「無職までは言ってないけど、そっちの方が都合が良くて助かるわ。あのね、オジサンの持ってる鍵の番号を見て思い出したの。それハナミヤ荘の部屋の鍵でしょ? 私、覚えてるもん。記憶力には自信あるのよ」
「うん。確かに、俺の持ってる鍵はハナミヤ荘の鍵です」
「あれはそう、三年前。ハナミヤ荘を取り潰そうとした時、最後の一部屋によくわからない公共団体に貸してた部屋が残ったの。お父さんの話だと何年経っても入居者不在だけど、家賃は毎月ちゃんと振り込まれるからスルーしてたんだけど、建物の老朽化に伴い取り潰す時、全然連絡が取れなくて、たらい回しにされまくって苦労したって」
「そうか、俺が入院してるのを知らされないまま解約されたのか」
――ったく、これだからお役所って奴はよ。
ゴリゴリの縦社会なくせに横の繋がりがザルだもんな。
「そ・こ・で、うちに入社してくれたら、福利厚生の一環としてスイートパレス華宮の1部屋を家賃全額補助で貸してあげるわ」
「マジで!?」
「だって私、スイートパレス華宮のオーナーだし、保証会社にも根回ししてあげるからさ」
「わかりました。お世話になります! 華宮社長!」
定職に就く。
住所不定の解消。
今の俺にとっての二大懸念要素が払拭されるのだ。
断る理由があろうはずもない。
「ありがと、それじゃ早速だけど契約書にサインと印鑑を、なければ母印で構わないわ。これ朱肉ね」
俺は書き慣れない自分の名前を書いてから印鑑を押した。
「うーん、この喜びよう。社宅無料だし、もうちょっと安くしてもよかったかも」
「華宮社長、何か言いました?」
「ううん、何でもない。書類は回収して……うん、それじゃ撤収するわよ」
――と、社長が踵を返した時だった。
1台のワンボックスが俺達の帰り道を遮るようなに、路肩に停車した。




