第5話 ダンジョンは売り物
「……ハイ? ダンジョンが売れる?」
「その顔、本当に知らないの?」
今度は、憐むような目で俺を見てる。
「あんたネットの無い地下世界の住人なの? 餌を求めて地上に出てきたアリンコでも、もうちょっとマシな言い訳するわよ」
女子高生からすれば、オジサンは虫けら以下の存在かよ。
いや、落ち着け俺。
クチを聞いてくれるだけマシだと思わなければ。
「まあ信じてもらえないかもしれないが、こう見えてオジサン。ここ10年ほど意識不明で入院してたんだよ。だから、今の世間がどうなってるのか全く知らなくて――」
「じゃあ何で魔力が使えるの? 涼しい顔してモンスターを倒せるの? どう考えてもおかしいでしょ? 大体10年前ってダンジョン探索なんて無いわよ。もしかして我が社への妨害工作のつもり?」
妨害工作とはまた随分と穏やかじゃない言葉が飛び出てきたな。
うーん、公安部直属の組織にいたから……とは言えないよな。
しかし、社長の怒りは尋常じゃない。
俺は追い縋るようにサナさんの方に目を向けた。
目と目が合う。
社長とは違い、落ち着いてる様子。
話のわかる大人の女性って感じだ……女子高生のコスプレしてるけど。
「つかぬ事をおうかがいしますが、もしかして剣先輩……ですか?」
剣先輩――という言葉を聞いて、一瞬思考がフリーズする。
「そんなわけないでしょ、サナ。だってオジサンの名前は、根津カイトって戸籍謄本に書いてあったわよ」
「ひ、人の書類を盗み見るなんて感心しないな」
「オジサン。公共の場で戸籍謄本を広げる危機管理意識をどうにかするべきよ」
「ごもっともな意見です。ハイ」
再びサナさんに目を向ける。
真剣な表情で、俺の答えを待ってる模様。
サナさんの中で確信めいたものがあるのだろう。
実は、俺もだ。
あの声で、俺のことを先輩と慕う救護班に所属してた女性に心当たりがある。
だから俺は符丁を合わせるように、あえて俺の知ってる彼女の苗字を口にすることにした。
「もしかして、藤村さん?」
「ハイ! 覚えててくれたんですね」
藤村さん――いや、サナさんの顔がパァっと明るくなる。
「よくわかったね、えっと、ふじ――」
「申し遅れました、わたくし潮サナと申します」
「これはご丁寧、どうも根津カイトです」
潮サナ――それが今の彼女の名前か。
――にしても見違えたな。
俺が知ってる彼女は人付き合いが苦手そうな文学少女って感じだったのに、オシャレに目覚めたのか垢ぬけてて綺麗になってる。
「エントランスで会った時、驚いたんですよ。聞き覚えのある声がしたもので……でも10年前から雰囲気が変わってましたし、声だけだとちょっと不安でしたから。でも、先ほどの戦いぶりと躊躇なくキーストーンを斬る姿勢で確信しました」
「へえ、やっぱりサナとオジサン、面識があるんじゃない」
「ええ、結果的に、そうなりますね」
「――という事は、このオジサン、サナが所属してたっていう元公安の人?」
「はい」
すると社長は、悪いことを企む悪魔の笑顔を浮かべた。
「ねえ、オジサン。もしよかったら、うちの会社に来ない? 丁度、腕利きの前衛を募集してたのよ」
社長は両手で名刺を差し出してきた。
『株式会社華宮エステート 代表取締役社長 華宮ユズハ』
「なにゆえ不動産会社の社長がダンジョンに?」
「副業よ。今の時代、土地よりもダンジョン転がした方が儲かるんだから」
もしかして民間人になった俺に異伝子覚醒装置を持たされた理由はこれかよ。
「ちなみに、オジサンが消し飛ばしたダンジョンは、広さと立地を考慮すると低く見積もっても三億は下らないわね」
「は? さ、三億? ほんとに? ふじ――潮さん、どうなの?」
「おおむね社長の仰る通りかと。ダンジョンの価格は、過疎地でも土地価格の約10倍以上ですので、奥多摩で駅から離れてても入口が地上スレスレであの広さなら、素人目で見てもそれくらいの価値は――って、大丈夫ですか!?」
視界がぐにゃりと歪む。
頭がクラクラしてきた。
あれが……三億、だと!?
「事の重大さを理解したようね。いい? オジサンはね、それだけのことをしでかしたの。私達の得物を横取りしただけでは飽き足らず三億円をスパッと一刀両断しちゃったの。三億円と言えば一生涯、遊んで暮らせるほどの大金。つまりオジサンは、ひとを一人を殺したのと同じなの。殺人犯なのよ」
「社長。先ほどのダンジョンは組合の仕切りが無いので、ボスを倒してない私達が所有権を主張するのはいかがなものかと――」
「しーっ! サナは黙ってて。今、オジサンを勧誘してるんだから」
「ハッ!? そうですね! わかりました」
知らなかったとは言え、俺はとんでもない過ちを犯してしまったようだ。
三億円なんて、俺の残りの寿命を労働力に変換しても稼げる気がしない。
「しかし、私も鬼じゃない。オジサンに名誉挽回のチャンスをあげるわ」
「どういうこと?」
「オジサン今、無所属でしょ?」
「無所属というか無職です。今日、退院したばかりの浦島太郎でございます」
「なら丁度いいじゃない。前衛として、うちの会社に来てよー。これ雇用条件ね」
社長から1枚の紙をバインダごと押し付けられたので、しぶしぶ手に取る。
「根津先輩! お願いします! 私達を助けると思って――」




