第4話 JK社長救出
「何で手下がザコなのに、ボスがこんなに強いのよ!」
「大丈夫ですか! ユズ」
ダンジョンのボス部屋に入った瞬間、目に飛び込んできたのは先ほどマンションのエントランスで会った二人組の女子高生(?)だった。
サナさんはヒーラーのようで、手の平から放つ淡い光で、社長の折れた腕を治療中のようだ。
他に人の姿は無い。犠牲者はいない模様。
悠長に見物してる暇はなさそうだ。
俺は彼女達と相対するボスに対して、石を投げた。
石がボスの分厚い背中にめり込む。
ボスのヘイトが俺に向いた。
そいつは、巨大な斧を携えた牛頭の巨人――ミノタウロス。
体の大きさからして、高レベル帯の固体だ。
あー、なるほど。
彼女達が不満を漏らすのも頷ける。
道中のモンスターとボスの強さがあまりにかけ離れてるからだ。
通常、ダンジョンのボスの強さは、道中の雑魚モンスターから計れるのだが、稀にボスだけが異常に強いケースがある。
前の職場では、強ボスとか強固体とか呼んでたっけな。
そんな強固体のミノタウロスは、鼻息が荒くしてる。
全身の皮膚に無数のカミソリが掠めるような鋭い殺意と全身を押しつぶすような圧を感じる。
全身が打ち震える。
リハビリやトレーニングでは決して得られない真剣勝負特有の緊張感。
「あ、あんた! いきなり人の配信に割って入るなんて、どういう神経してんのよ!?」
社長からクレームが入った。
こんな状況でも、オジサンは目の敵にされる運命なのか。
世の中は、オジサンの頑張りで回ってるんだぞ。
「ユズ、骨折してるんですから大人しくしてください。治療魔法がうまくかけられません」
「大丈夫よサナ。うちのチャンネルは、そういう趣向を好む視聴者多いし――」
「バカなこと言わないでください」
どうやら俺が眠ってた10年間で世の中は大分、様変わりしたようだ。
民間人をダンジョンに放り込むなんて正気の沙汰じゃない。
「お嬢ちゃん達。ご歓談中のところ悪いけど、スリリングな肝試しは、ここまでだ。こいつはオジサンが相手をするよ」
「なに言ってるよ! こんな奴、怪我が治ればすぐにでも――」
「どんな事情があるかは知らんが、若い子が死に急ぐのは関心しないな」
「マナー違反の上に説教なんて……そういうのを老害って言うのよ」
「ろ、老害!?」
「それに、まともな武器も無いのにどうやって戦うのよ」
なるほど。
彼女達のすぐそばに、先端にいくつもの突起物がついた金属製の棒とロープらしき物――おそらく戦棍とムチが落ちてる。
確かにビニール傘よりかは頼もしい。
それでも俺は、ビニール傘の持ち手を両手で握りしめた。
ミノタウロスは咆哮と共に、巨大な斧を振り上げた。
斧を受けるために、ビニール傘を構える。
ボスの強さを測るために。
刹那、おびただしい殺意と共に重厚な斧が迫ってきた。
ビニール傘から指先、腕へと瞬時に衝撃が伝わる。
「嘘ッ!?――あんなの物で、ミノタウロスの攻撃を受け止めたの?」
「え? 傘を剣みたいに扱えるほどの魔力なんて。……いや、でも――」
痺れのような、むず痒さがあるけど、傘は折れてない。
これなら俺一人で十分だ。
素早く懐に飛び込み、ミノタウロスの左手首をビニール傘で切り上げた。
痛ましい咆哮。
人の体を握りつぶせそうなほどの巨大な左手がボトっと地面に落ちると、傷口からどす黒い血しぶきが噴出する。
斧を手放すと、懐にいる俺に向けて、右拳を打ち下ろしてきた。
見てからでも避けられるほどに遅い拳を避けると、ビニール傘でミノタウロスの右腕を無力化する。
獣の怒号が腹に響く。
うん、戦いの勘が戻ってきたな。
ミノタウロスに袈裟斬りを放つ。
両手で握りしめたビニール傘がミノタウロスのデカい図体を容易く両断した。
直後、ミノタウロスの体が輝きを放ち、光と共に消えた。
傘についてたモンスターの血も綺麗さっぱりと消えてる。
どういう仕組みかは知らないがボスを倒すと、ダンジョン内のモンスターとトラップが跡形もなく消える。
そして、ボス討伐の証として、手の平サイズの不定形な石――要石が忽然と宙に出てきて、そのまま地面に落ちた。
俺は無意識に要石を拾った。
前職で染み付いた習慣なんだろうな、と拾った後に思いを巡らせる。
「サナ、そこは足よ」
「……ハッ!? すみません、社長」
「もう治ってるから大丈夫だけどね。それよりもサナ。さっきからオジサンの事をマジマジと見つめてるけど、あのオジサンと実は知り合いだったとか?」
「いいえ。マンションの入口でお会いしたのが初めてのはずですけど――」
「ふーん、まあいいわ。それより見てサナ。私達の配信がオジサンを賞賛するコメントで溢れてるわ。『一人でしかもビニール傘で強固体をスパスパと斬り倒す謎の強キャラキター』とか」
「あんな凄腕なのに無名なんですね」
「ふむふむ、今チェックしたけど、あのオジサン、無所属みたいよ」
「このご時世に、無所属の方が一人でダンジョンに……ですか? だとすると――」
「どうしたのよ、サナ。考え事なんかしちゃって」
「……」
「あのオジサン、無所属の個人勢なら交渉の余地はありそうね」
ボスを倒したからか、女子高生の二人組はお喋りに花を咲かせてるようだ。
楽しそうで何よりだ。
うらやましい。
俺は束の間の現実逃避が終って、再び住所不定無職という過酷な現実と向き合う恐怖で気が重いというのに。
「ありがと、助かったわ。オジサン」
「ん? ああ、どうやら無事みたいだね。怪我も治ってるようだし」
「おかげ様でね」
「なに礼には及ばないさ」
「ねえ、オジサン。ちょっとお話があるんだけどいいかな?」
「話?」
窮地を脱して、ひと心地って雰囲気じゃないな。
社長の目は『まだまだ仕事はこれからだ』って感じのやる気が溢れてる。
「そのキーストーン、どうするつもり? もしよかったら――」
「キーストーン? ああ、この石か、こうするんだよ」
俺は要石を軽く上に放ると、ビニール傘で叩き切った。
「はぁあああああ!? 何やって――」
社長の驚きの表情を認識すると同時に、目の前が真っ暗になった。
次の瞬間、ダンジョンの入口があった場所に居た。
社長とサナさんの姿もある。
うん、ダンジョンの排除は無事、遂行できたようだ。
おまけに雨も止んでる。
「オジサン、自分が何をしでかしたのかわかってるの!?」
社長は鬼の形相でこちらを睨みつけてる。
「この通り、ダンジョンを排除しただけだ。君達もやってるんだろ?」
「やるわけないでしょ!? そんなことに命かけるバカがどこにいるのよ!」
ここにいるんだけどなぁ。
昔の話だけど。
「あのねェ、ダンジョンは高値で売れるのよ!」




