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第3話 10年ぶりのダンジョン

 もう終わりだよ、この国。


 コンビニの塩むすびが税抜きで200円だと!?


 俺が入院してた10年でバトル漫画ばりに物価がインフレしてやがる。


 電車賃がいつもより倍かかるなぁ、とは思ってたけど、まさか食べ物までこんな高くなってるなんて……。


 使い捨てのビニール傘の価格が良心的に見えてきた。


 それに立ち読みはできないし、雨が止む気配はない。


 これは、コンビニで時間を潰すのは止めた方が賢明だな。


 俺は涙をのんで、軽食とビニール傘を買うと、ここから2キロほど離れたところにあるネカフェに向かって歩き出した。


 はぁ……通帳の金額を見て1年の猶予はあると思ったけど、ここまで物価が高騰してるなら、切り詰めても半年と見るべきだな。


 どうしよ。


 まさか退院初日から出鼻をくじかれるとは思わなかった。


 住所不定のネカフェ難民なんて、ニートより分が悪い。


 スマホがあるから日雇いはいけそうだけど、定職は難儀しそうだ。


 将来の見通しが立たず、気が重くなる。


 ――と、その時、スマホに妙な通知が来た。


『ダンジョンを検知しました』


 ゲームアプリを入れた覚えはないんだけど。


 スマホを開き、アイコンをざっと確認する。


 うん、ゲームっぽいアイコンは何一つない。


 気を紛らわせるのに丁度良いか。


 俺は通知をタップした。


 そこにはダンジョンの大よその位置情報――周辺の地図に緯度と経度が表示されていた。


 そういや現実の位置情報を使ったゲームアプリがあったよな。


 ルートは……今、歩いてる都道からちょっとだけ離れた林にあるようだ。


 丁度ネカフェまでのルートとかぶってるし寄ってみるか。


 心なしか気分が楽になった。


 先行き不透明な暗闇の中で、道筋を示してくれたおかげだろう。


 アプリが示したダンジョンの場所とやらに来てはみたが……何もねえな。


 そのままネカフェに向かおうとしたとき、先ほどのアプリから通知が来た。


 手早く通知をタップする。


『こちらのダンジョンは現在、株式会社華宮エステート様が攻略中です。尚、組合による整理は行われてないため、どなたでも攻略に参加できます。攻略の参加方法はこちらをタップしてください』


 半信半疑で参加方法にタップする。


 おいおい……マジかよ。


 そこに記載されてた内容は、10年前と同じだからだ。


 政府は依然として、ダンジョンの存在を認めてないって話じゃないのか?


 うーん、雨は土砂降りで住まいもないし、夜間コースまでの時間つぶしと憂さ晴らしに丁度良いか。


 俺は参加方法に従い、カメラを起動し、画角にダンジョンの入口をおさめた。


 スマホの画面には、ハッキリとダンジョンの入口が映っている。


 カメラを通す理由は、ダンジョンの入口は特殊な紫外線で覆われてるため肉眼では見えないからだ。


 俺は入口の位置と形を脳に擦り込むと、ダンジョンに足を踏み入れた。


 間違いない。


 アプリのダンジョンは俺の知るダンジョンと同義だ。


 薄暗くて殺風景で、空気はひんやりとしてて、トラックが2、3台が横並びで走れるほどの大きい空間。


 最後に潜ったのは、10年前。


 ボスと刺し違えて、大怪我を負って――それが原因で10年意識不明。


 気が付いたら10年経ってたためか、それほど昔って感じはしない。


 まあ、こいつは仕事じゃない。


 暇潰しに潜って、身の危険を感じたら逃げていいんだ。


 俺は傘のホックを留めた。


 そしてバッグから、ドラマや映画にありそうな手のひらサイズの起爆装置を彷彿とさせる押しボタンスイッチ――異伝子覚醒装置(ハンマー)を一つ取り出す。


 退院祝いで受け取った時、何かの冗談とは思ったけど、まさかこんなに早く使う機会が来るとはな。


 スイッチを押す。


 指先から全身にかけて、電流が駆け抜ける。


 10年経ってるのに、こいつの仕様は変わらないようだ。


 ボタンを押すと一瞬だけ体に電気が流れることで、人体に眠る異伝子(いでんし)が覚醒して、一定時間スキルが使えるようになる。


 サヴァン症候群のように、雷に打たれることで異能に目覚める仕組みを研究して出来た代物。


 ――よし。魔力の方は……問題なさそうだ。


 電池が切れてゴミになった異伝子覚醒装置(ハンマー)をバッグに仕舞ってから、ダンジョンの奥に歩を進める。










 あれから散歩感覚でダンジョンを散策した。


 モンスターは見覚えのある奴ばかりで、その強さも俺一人で、どうにかなるレベルだった。


 持ってる傘には、黒だの緑だの青だのカラフルなモンスターの血がべったりとついてる。


 傘で斬れるモンスターなら大した事はないな。


 憂さ晴らしとリハビリには丁度いい。


 ……いやいやリハビリって、もう仮想空間捜査班(ふるす)は解体されてるんだ。


 攻略したところで無駄骨、1円にもなりゃしねえ。


 それに白骨死体も見かけない。


 つまり、このダンジョンは出来て日が浅いことを意味する。


 仮想空間捜査班(おれたち)がダンジョンを攻略してた理由の一つが神隠しの被害を食い止めること。


 ダンジョンは入口が見えないだけで確かに存在する。


 だから意図せずに、たまたま入口の真正面にいて、そのまま足を突っ込むとダンジョンに入ってしまう。


 臆病者なら回れ右をするからいいけど、そうでない奴が問題だ。


 好奇心旺盛だったり度胸試しとかで深入りしたが最後、モンスターに見つかってお陀仏。


 神隠しといえば家出、誘拐、遭難、認知症に伴う放浪が主だが、ダンジョンに迷い込むのもその内に入る。


 故にダンジョンを危険視した昔の政府は、公安部にダンジョンの排除を目的とした専門機関……仮想空間捜査班《かそうくうかんそうさはん》を創設したんだが、それも今はない。


 そう。


 仮捜班が無いのに、誰かがダンジョンに潜ってるんだよな。


 人間の死体の代わりに、ゾンビ、オーク、コボルド、ゴブリン……モンスターの死体がちらほら目につく。


 先行者は、なかなかの手練れのようだ。


 つうか株式会社とか書いてあったよな。


 もしかして民間企業がダンジョンの排除を請け負ってるのか?


 請求書に何て書くんだよ。


 そんな事を考えてる内に、俺の足はダンジョンの奧へと進んでいた。


 襲い来るモンスターを両手で握りしめた傘で両断しながら前へ、前へと。


 この程度のモンスターに後れを取る程、衰えては無いか、と思った矢先の事。


「嘘でしょ……なんで」


 切迫した女性の声が聞こえた。


 ボスと戦ってる最中だろうか。


 この声を聞いて、回れ右はできないよな。


 道中のモンスターのレベルからボスの強さを経験則から弾き出す。


 うん。大丈夫だろ。


 俺は急いで声の方に向かった。

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