後編 優秀な異伝子の持ち主
この話と同日同時刻に第2章を投稿してますので、本作の設定に興味が無い方は飛ばしてください
本作の設定を知らなくても本編に支障はありません
現代人って、まるで俺が時代遅れの憐れな人間みたいな言い草だな
「まず先輩にお馴染みの異伝子覚醒装置――ハンマーと呼んでる道具ですが、今は完全に旧世代の遺物と化してます。一部のレトロユーザーが映えのために使ってるくらいです」
「で、今は薬とやらに、お株を奪われたわけだ」
「はい。薬の正式名称は、攻撃の撃に薬と書いて撃薬。名前の由来は、私共が公安時代に使用してた異伝子覚醒装置が撃鉄由来の言葉なので、そこからインスパイアされたとのことです」
あのスイッチにそんな由来があったのか。
初めて知ったぞ。
「では何故、物理装置から薬剤に変わったのか。それは、二つあります。一つは薬剤なら用量の調整が簡単なので、誰でも覚醒状態になれることです」
「え!? 覚醒状態って一部の人間だけじゃないの!?」
「それは10年前までの定説で、今は違います。異伝子覚醒の研究の結果、電気ではなく投薬で覚醒する方法が確立しました。それに伴い、ハンマーでは成し得なかった、異伝子に電気よりも強い刺激を手軽に与えられるようになりました」
「なるほど、ハンマーより安全に、誰でも覚醒状態になれる方法が確立したのか」
「はい。旧式のハンマーは電気ショックですので、あれより強い刺激となると死人が出るのは想像に難くありません。ですから今は撃薬が主流なんです。痛みもありませんし」
「薬の量によって、使えるスキルの質や覚醒状態を維持する時間に影響はある?」
「いえ、薬でもハンマーでも覚醒状態になった先は、本人の能力の問題です。そこは昔と変わらないです」
「二つめの理由は何?」
「ハンマーの時と比べて、1回覚醒状態になるための費用が100分の1まで下がった事です」
「あれ、そんなに原価高いのか。貴重品とは聞いてたけど」
「それもありますし、使う側もコスパが悪いですからね。そういえば先輩、公安時代に私共は『優秀な異伝子の持ち主』と呼ばれてたの覚えてますか?」
「覚えてるよ。何せ、田舎のお巡りさんだった俺を『あなたは優秀な異伝子の持ち主です』とか言って、拉致同然で公安に異動したからな」
「その『優秀』という理由は、スキルの中身と稼働時間もさることながら、ハンマーの刺激で覚醒状態になれることから来てるんです」
「そういえば、さっき薬の用量を増やすことで、誰でも覚醒状態になれるって話してたよな」
「はい。それで協会では、薬の量を3段階にわけて規定してます。一番少ないのがライトユーザー。こちらはハンマーでも覚醒状態になれます。続けてミドルユーザーで一番用量が多いのがヘヴィユーザーとなります。薬物を使う方をドラッグユーザーを由来と思われます」
「それで、古い道具である異伝子覚醒装置を好んで使う奴をレトロユーザーと言うのか」
「スラングみたいなものですけどね」
「ネットとスラングは一蓮托生だからな。ライブ配信してるなら、そうなるのも無理はない」
「おまけに薬はハンマーと比べて製造コストが低く、物流に乗せやすいことが大きいです。その分、参入障壁が下がり、競合は日を追うごとに増えて、現代に至るという感じです」
「正に、世はダンジョン時代というわけか。もう、この国は末期だな」
「表向きは認めてませんが、組合を設立するくらいですからね」
「インフラ設備に薬の流通と完全にダンジョン配信を後押ししてるもんな。――そういや今日ダンジョンに入る時、スマホの通知に組合がどうたらってあったけど、あれも仮想空間協同組合が関係してるの?」
「はい。組合の業務の中に、整理券の販売というものがございます」
「ん? 整理券の販売? 配布じゃなくて?」
「販売です。ダンジョンの価格は基本的に地価に連動するという話ですが、そうなると交通の便が良い都内にダンジョンが出てきたら、どうなると思いますか?」
「単純に考えて、金の亡者どもが殺到する。そうなると当然、収拾がつかなくなるよな。特にボスにトドメを刺したのが誰かがわかり辛くなる」
「はい。そこで組合は問題を解決するために、攻略する順番と探索する時間の権利を売る事にしました。だから整理券の販売なのです」
「金がなきゃ、美味しいダンジョンを攻略する権利がないのかよ。協同組合の名折れだな」
「そもそも仮想空間協同組合は、政治家と官僚の天下りのために設立されたようなものですからね」
「そういうことか。目障りと思って排除してたダンジョンが金になるとわかったから、国家公務員でしかも格安で働く仮捜班がいたら中抜きの邪魔になるのか」
政治家や官僚に振り回されるのは、お巡りさんの時にもあったけどよ、仮捜班の時はお上の命令のもとで数えるのも嫌になるくらい殉職者が出てんだぜ。
それが今では、大切な金の生る木で、国のために働いた俺達は厄介者か。
そのうえ国民を危険さらして、その上前をはねるとは、やりきれねえな……クソッ!
死んだ仲間は、こんな未来のために命をかけたつもりはないだろうによ。
「根津先輩……」
「ゴメンゴメン、政治の話は難しくてな、つい眠くなっちまった」
「――そういう事にしておきます、先輩」
「話を止めて悪かった。研修の続きを頼むよ」
「かしこまりました。組合の業務は他にも、ダンジョン取引参加企業及び個人のリスト作成、キーストーンのオーナー登録業務、ボランディア団体の統制と監視、その他ダンジョンの必需品を製造してる企業との各種調整がございます」
「そこだけ聞くとまっとうな相互扶助団体なんだけどな」
「そのおかげで、組合に属さない方が不正で入手したキーストーンは、取引が出来ないようになってます。反面、キーストーン取引成立時に販売手数料の徴収もありますけどね」
「そっか」
「大変、長くなりましたが入社説明会は以上となります。後ほど補足資料をお送りしますので、お暇な時で構いませんので目を通しておいてください」
「わかった。ひとまず今日のところは、キーストーンは売り物だから斬らないこと。これだけは覚えたよ」
「フフッ、頼もしいですね」
「後は、色んな配信者のアーカイブを見てみるよ」
「さすが先輩、殊勝な心掛けですね」
「そんなものじゃない。単なる休日の暇潰しだよ。明日はお休みだからさ」




