第9話 オジサンに優しいギャル
「こちらが一昨日、入社したばかりの根津カイトオジサン。得意技は傘でミノタウロスを斬ることよ」
「おーす、根津っちー。あーしの名前は、鬼灯カノンでーす。よろぴくー」
ギャルだ。
紛うことなきギャルだ。
隣にいる華宮社長と同じ制服を着てるダウナー系ギャルだ。
「サナ、オジサン。連絡した通り、荷物はちゃんと持ってきてくれた? 私達、学校帰りだからさ――ってオジサン、なんで泣いてるの?」
「オジサンに優しいギャルって実在するんだな」
「根津先輩、何をわけのわからないことをおっしゃってるんですか?」
「だって、昨日の昼過ぎに市街地まで足を伸ばしたら、学校帰りの学生たちが不審者を見るような目で俺の事を睨みつけてくるんだもの」
「平日の昼間にオジサンがうろついてたら不審者でしょ。普通の人は働いてるし――」
「それじゃあオジサンは、夜に外出しろとでも言うの!?」
「平日の夜間にオジサンがうろついてたら犯罪者でしょ。普通の人は会社にいるし――」
「それは単に残業してるだけじゃねえか!?」
「うーん、でも、この辺りに住んでる人は割と多いわよ。職場が都内の人が多いし――」
「俺の職場はここにだよ? というか雇用主が従業員にかける言葉として、それはどうなのよ。それに、なんか学生だけじゃなくて、道行く人みんなから視線を感じたしさ。この街は、オジサンを迫害する因習でもあったりするの?
「あー、それは私のおかげね」
「そんな言い方しても、ありがたみは1ミリもないんだけど――」
「昨日のミノタウロスを傘でみじん切りにした配信を切り抜いて拡散したのよ」
「それでか。行く先々で、何かこいつヤバくね? って感じで見られてたの。この前の喫茶店では歓迎ムードだったのに、どうなってんだよ」
「配信デビューあるあるよ。そもそも全員が全員、ダンジョンに対して好意的というわけでもないしね。私も配信デビュー直後は、白い目を向けられたし」
「そういうものなんだ」
「リスナーの反応は上々だし、このままいけば企業案件の一つや二つくらいありそうね」
華宮社長がご機嫌のようだ。
すると華宮社長のお隣にいるギャル――鬼灯カノンが突然、俺にスマホを突きつけてきた。
「ほら根津っちのデビュー戦、めっちゃバズってるんだよー。あーし達のクラスでも、傘でモンスターを斬る奇妙なオジサン登場! って激アツだったしー」
そこには、俺がミノタウロスを傘でバラバラにする動画が映し出されてた。
ショート動画とはいえ再生数は100万を超えてる。
ちょっと、こそばゆいな。
「ありがとう。鬼灯さん」
「どーも。それじゃあ、行こっかー。ユズっちにサナっち、それに根津っちも」
「そうしたいのは山々なんだけど、オジサン達はこれからお仕事が――」
「うん。知ってる」
「ん? 鬼灯さんは、うちの会社の関係者ですか?」
「オジサン。カノンは、今日のクライアントよ」
「えー、クライアントって何か冷たーい。あーしらマブでしょー」
鬼灯さんは華宮社長に抱きついた。
「はいはい、わかってるわよ、カノン。だから、今日はカノンの家にオジサンを連れていくからね」
「はーい」
それから華宮社長と鬼灯さんについていき、今は長い長い土塀にそって歩いてるところ。
先導してる華宮社長と鬼灯さんは、話に花を咲かせてる模様。
俺は何となく、隣にいる潮さんに声をかけた。
「潮さんは、鬼灯さんのご自宅にお邪魔したことあるの?」
「はい。今日で3回目ですかね」
「ここから、どのくらいあるの?」
「すぐそこですよ。厳密に言うと、この塀の向こう側が鬼灯さんのご自宅ですが――」
俺は、塀の先にある建物に目を向けた。
和風の邸宅なのか、瓦がびっしりと敷き詰められた屋根が見える。
……何でギャル?
鬼灯カノンさんは、どうみても今時のギャルだ。
昨日、ネットで見たから間違いない。
肌は褐色で、髪は金色で、オジサンに対してもフレンドリーで、こう言ったら失礼だと思うけど、一挙手一投足から一言一句に至るまで気品の欠片が微塵もない。
決して下品というわけじゃない。
良い意味で彼女は庶民にしか見えないから、こんな大和撫子のメッカみたいな邸宅に住んでるとは到底思えないのだ。
「鬼灯さんって何者ですか?」
「うーん、私から何かを申し上げるより、敷地内に入った方がご理解いただけるかと」
「はぁ」
潮さんの表情は至って平然としてる。
うーむ、こういう格式の高いところと縁が無い人生だから、ちょっと不安だな。
それから歩く事、数分後……俺の不安は、思いもよらぬ方向に的中した。
「華宮社長、ちょっと待ってくれ!」
「どうしたのよ、大の男が顔を真っ青にして」
「根津ッちー、どしたの? 遠慮しなくても大丈夫だよー」
「そうですよ、先輩……確かに事情を知らないとビックリするとは思いますが――」
「ビックリどころか色んな意味で心臓に悪いわ!」
「あのねェ……傘でミノタウロスを細切れにしておいて、今更なにをビビることがあるのよ」
「だって! だって! このでっかい看板に鬼灯『組』って書いてあるじゃん!」
「こんなの、表札が大きくなっただけでしょうが――確かに今時、表札を出してる人は珍しいけどさ」
「少なくとも俺の知ってる表札にはな、こんなデカデカと『代紋』は刻まれてねェよ」
「こんなの、ちょっとデコってるだけじゃない。ほらカノンは、ギャルだし――」
「いえーい」
鬼灯さんは、ギャルを主張するかのような仕草をする。
「組とか代紋がデカデカと書かれてるから怖いんだろうが! いいか? 俺みたいな小市民はな、反社会勢力を見たらブルブル震えあがる小心者なんだぞ!」
「ハァ……オジサン。鬼灯組は、ボランティア団体よ。サナから説明を受けてないの?」
ボランティアと言われても……暴力の無償提供なんて、余計に怖いだろ、それ。
「……その様子だと聞いてないようね」
「すみません、社長。根津先輩、長話をすると眠っちゃいますので……それでも一応、存在はお伝えしましたよ」
「ひどいよー、えーん、ユズっちー」
「おー、よしよし、大丈夫だからねカノン。年寄りは、組とか代紋が書かれてるだけで、すぐ反社って決めつけるんだから酷いよねー」
え?
俺がおかしいの?
「――というわけでサナ。入社説明会の続き、お願い。オジサンがあんな調子だと、仕事にならないし――」
「わかりました、社長。……まさか根津先輩があの手の団体を怖がるなんて予想外でした」
「俺からすれば、平気な顔してる華宮社長と潮さんの方が予想外だからね!?」
「でも先輩、公安になる前は警察官というお話でしたので、てっきり免疫があると思ってました」
「それはバックに桜の代紋があったから強く出れただけなの。魔王に対する勇者みたいな立場なの。今は何の後ろ盾もない小市民なんだから怖いんよ」
「そうだったんですね。よしよし、もう怖くありませんからね」
何か知らないけど、潮さんに頭をなでまわされた。
「落ち着いたようですので、2回目の入社説明会を行います。まず初めに申し上げますと鬼灯組は、仮想空間協同組合公認の自主防犯ボランティア団体です。決して反社会勢力ではありません」
「何で?」
「根津先輩は、暴対法はご存じでしょうか?」
「何それ?」
「本当に元警察官ですか!?」
「うん、恐ろしい事に」
「自分で言っちゃいますか。まあ、いいです。とりあえず先輩が恐れおののいてるところだけでチョイスしますと、暴力団であることを誇示する看板を掲げてはならない、というのがあります」
「それって、組とか代紋を掲げるだけで地域住民を威圧しちゃうから、ってことだよね? でも、ご覧の通りデカデカとあるけど――」
「はい。ですから、今の時代は、堂々と看板を掲げてるところは暴力団ではないことを意味してるんです。むしろ鬼灯組は、地元警察と連携してるんですよ。その証拠にほら、看板の横をよく見てください」
「どれどれ……警察官立寄所のステッカーが貼ってるね。信じられないことに、警告色を基調としたステッカーに奥多摩警察署の署名と交付日にマスコットキャラクターまで印字されてる。ガチで警察署が交付してる奴だ。まさか魔王と勇者が手を組むとはな」
「そういうことです」
「理屈はわかった。信じられないけど、そういう国になっちまったんだという事にする」
「そこは慣れていただくとして、次に自主防犯ボランティア団体が何をしてるのかです。根津先輩でも理解できるように言いますと、ダンジョン絡みのトラブルの対処です。例えば、薬の流出で異伝子を犯罪に利用する人達の鎮圧したり、他人のダンジョンへの不法侵入者を取り締まったりと、警察には介入できないダンジョン絡みの案件を対処を通じて、社会貢献してる組織なんです」
「そうそう、あーしらはおいたが過ぎる輩を懲らしめる側なんよ」
以前、薬で異伝子を覚醒状態にすると聞いて、頭に浮かんだ懸念。
どこからか流出した薬を使って、ダンジョンの外で悪さをする輩が出てくるのでは? と思ってはいたが、どうやら対策済らしい。
いや、考えれば当然の話か。
利権を守るため、念入りに準備したんだろうな。
「そういうわけで鬼灯組は、私達が安心安全にダンジョン事業を行うためには必要不可欠の存在なんです」
ダンジョンに安心も安全もあるわけないだろ。
「以上で新人研修、ボランティア編の終了です」
「それじゃオジサン、カノンの家に行くわよ。ここが今日の職場なんだから」
「家の中にダンジョンがあるの?」
「そうよ。私有地だから、順番も割込も気にしなくていいし、最高の穴場よ」
そういや、一昨日もらった資料に書いてあったっけ。
組合の監視がモロに出るのは公道付近だけで、私有地の場合、土地の所有者が組合に助けを求めるか、有志を募って始末するかの二択と言う話。
そして注視区域や防衛関係施設、原子力発電所等の周辺のダンジョンは、政府が組合を通じて求人を出す、と。
「うーん、やっぱり引っ越し業者を紹介した方がいいんじゃないですか? ダンジョンが攻略できなかった時のために」
「冗談じゃないわ。大体ね、オジサンがキーストーンを斬っちゃったせいで、カノンちのダンジョン攻略を前倒ししなければいけなくなったのよ。具体的に言うと、オジサンに支払う給料が確保できてないのよ。このままだとちょっとマズイ事になるわね」
「入社したばかりの俺が早速リストラ候補に上がってるの!?」
「ついでに言っとくと、我が社は鬼灯組から融資を受けてるからね」
「いくら何でも、お金借りる相手くらい選んでくださいよ」
「担保は、スイートパレス華宮よ」
「俺の住まい、質に入ってたの!?」
「考えてみなさいよ。会社の看板を失くした高校生の小娘に融資する銀行がこの世にあるわけないでしょ。私が銀行員だとしても融資はお断りよ」
「自分で言ってるなら世話ないですね」
「ちなみにユズっちには、無期限無利息で融資してまーす」
「「ねー」」
俺の人生は、二人の女子高校生に握られてるのか。
「ほーら、行くわよ。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うでしょ?」
「こんなところで虎穴とか言わないでくれ! 洒落になってないから!」
俺は給料のために泣く泣く、鬼灯組の門をくぐった。




