第10話 鬼灯組組長・鬼灯カノン
日本庭園が目に映った瞬間、「「「お帰りなさいませ、組長!」」」と男達のドスの入った挨拶が耳をつんざく。
「うん、ただいまー」と鬼灯カノンが返事をする。
組長……だと?
この子が?
ギャルなのに?
俺が内申焦ってると「「「お久しぶりです、華宮お嬢様!」」」再び男共のドスの入った挨拶が鳴り響いた。
「お邪魔しまーす」と華宮社長は呑気な返事をする。
「今日はお客さんいるから、失礼ないようにねー」
「「「わかりやした!」」」
「あのー、先輩。大丈夫ですか? 分身、してますよ」
「だ、だ、だ、だ、だ大丈夫なわけないだろうががが。だって、だって、スキンヘッドにパンチパーマに角刈りに隻眼に眼帯って、もうヤクザの見本市だよ。オールスターズだよ。リヴェンジャーズだよ。俺みたいな人畜無害の社畜にして、しがない堅気の居場所じゃねェよ。潮さんは、何で平然としていられるの?」
「それはもう、私は先輩の先輩ですからね。えっへん」
「サナっちも初日はあーしの背中にぴったり引っ付いてたよー」
「しーしー、それは言わないでください組長」
「オジサン、どう考えてもモンスターが蔓延ってるダンジョンの方が怖いでしょが――」
「バカ言わないでください、華宮社長。人権がある分、現実世界で幅を利かせるスジモンの方が怖いに決まってんでしょうが! あいつら24時間365日オールウェイズで暴力を振るう連中なんだよ!? しかも、ああいうのに限って有力政治家との繋がりがあるから厄介なのよ。数の暴力と権力の前では、個人の能力なんてたかが知れてるの。わかって!」
「もし人権がなかったら、どうなの?」
「そんなの決まってるじゃないですか。返すカタナで千切りにしてやりますよ」
「人畜無害はどうしたの!?」
「いいねー、根津っち。あーしは好きだなー、そういう答え」
鬼灯組長がにんまりしてる。
可愛らしい笑顔なのに、場所と地位のせいで笑えない。
「外で立ち話も何だし、家に案内するねー」
立派な日本庭園を横目に、鬼灯組長の案内で大きな日本邸宅に足を踏み入れた。
庭もそうだが屋敷も広い。
おまけに天井が高い。
掃除が隅々まで行き届いてるのか、チリ一つない玄関は踏み出すのに躊躇うほどに綺麗だ。
鬼灯組長と華宮社長は、脱いだ靴を揃えることなく式台に乗る。
年相応の子供らしい一面を見てホッとする。
潮さんは成人女性らしく脱いだ靴はキチンと揃えてる。
年相応の振る舞いを見て安心する。
大丈夫、大丈夫、俺は客人だ。
俺は意を決してから、土間で靴を脱ぎ、式台に踏み出した。
如何にも金持ちの居場所みたいな立派な内装のせいで緊張してしまう。
汚れ一つでもつけたら『ケジメをつけろ』とか言われないよな。
恐る恐る、潮さんの後についていくと和室に通された。
「オジサン、荷物ちょうだい」
やたらと重量のあるバッグを華宮社長に渡す。
「カノン、隣の部屋かして」
「おっけー」
「そうだカノン、今日は手伝ってくれるの?」
「あーしを雇うなら前払いで1億円。こればかりは、マブでも譲れないからねー」
「そういうと思った。まあ今日は、心強い従業員がいるから、カノンは慰労会の準備でもしてて」
「まかせて。残念会でもアゲアゲにしてあげるからねー」
「それじゃあ準備してくるから、オジサンはここで待ってて。行こう、サナ」
「はい、社長」
華宮社長と潮さんが荷物を抱えて部屋を出て行った。
ふすまがピシャリと閉じる。
鬼灯組長と二人きりになってしまった。
当然、今の俺には若い子に通じる話題は持ち合わせてない。
しかし、共通の知人のネタならあるので、しばらくはそれでやり過ごそう。
「鬼灯組長、前払いで1億とは相当吹っ掛けましたね。金勘定に私情を挟まないのは好感持てますが――」
「それもあるけど、あーしとしては、ユズっちにはダンジョン事業から手を引いて欲しいわけよ。だって、あの子、無茶するでしょ」
「そうですね。片腕が折れても、やる気でしたからね」
「だから、あーしが手を貸すと余計に無茶をするのがわかるでしょ?」
「たしかに鬼灯組長も相当な手練れのようですし――」
「やっぱり、わかっちゃう?」
「ひと目、見た時から。まあ年の功って奴です」
「ありがとー。でもね、あーしのスキルはダンジョンの攻略に向いてないのよー、残念なことに」
そういうものなのか?
ここの若い衆もそうだが、一人一人がそこいらのチンピラなんて目じゃない実力者なのは見て取れる。
「それ、本人には言わないんですか?」
「大丈夫。ユズっちは、あーしがダンジョンの攻略苦手なのは知ってるしねー」
まあ吹っ掛けられても、涼しい顔してたしな。
もしくは華宮社長が自分の我がままで、鬼灯組長を危険に晒したくない、とかはありそうだな。
「そうそう、お礼言うの忘れてた。根津っち、あーしのマブを助けてくれて、ありがとねー」
「礼には及ばないですよ」
「それと1つ、あーしから頼みがあるんだけど、聞いてくれる?」
「ケジメ以外なら何なりと」
「ユズっちはさー、あーしのマブなの。だから、この先、何としてもユズっちを守って欲しいのよ」
「若い子より長生きするつもりはありませんよ」
「いいねー、根津っち。あーし好みの答えだ」
「お気に召したようで何よりです」
「もし、ユズっちに何かあったら、覚悟しておいてね」
「……具体的には?」
「根津っちが想像してる『ケジメ』よりも凄いこと」
鬼灯組長の目が一瞬だけ、殺気を帯びた鋭い眼光を放つ。
声のトーンは変わらないのに、背筋に冷たいものが走った。
それほどまでに華宮社長の事を想ってるのだろう。
鬼灯組長の目つきが元に戻る。
ヒリついた空気が弛緩したのを感じて、思わず一息つく。
そういや華宮社長と言えば、ここの男衆から『お嬢様』とか呼ばれてたよな。
うん、次のトピックに決まりだな。
「鬼灯組長は、何時から華宮社長とお知り合いなんですか?」
「昔から家族ぐるみの付き合いでー、小さい頃からのズッ友なの」
「それにしても、ここの若い衆からは随分な歓迎を受けてるように見えましたが――」
「あー、それはね。ユズっちパパには生前、子分の住まいを都合してもらった恩があるわけよー。ヤンチャしてた子が多いからねー」
やっぱりヤクザなのでは?
「あーし個人は、ユズっちにもお世話になってるよー。だから、ユズっちが困ってる時は全力で助けるから。ただ、あーしの立場と子分の手前、なかなかタダというわけにはいかないけどねー」
それで、融資の担保としてマンションをおさえてるわけか。
でも無期限無利息だから、タダで助けてるようなものだよな。
まあ、その辺りは偉くなったことがない俺なんかよりも、当人同士が一番理解あるんだろうな。
うーん、華宮社長が戻ってくる気配はまだない。
女の子だし、配信映えのためのお色直しに時間を要するのだろう。
次のネタ、次のネタは……配信、ダンジョン配信。
「そういえば、今日のダンジョン。キーストーンを無事ゲットできたら、どうするおつもりですか?」
「賭場にする」
やっぱりヤクザだ。
「だってー、ダンジョンは、警察が絶対に立ち入らない空間だからねー。無法地帯ってやつ?」
あのステッカーがあっても警察官はダンジョンに立ち寄らないのか。
まあ政府がダンジョンの存在を認めてないから当然と言えば当然か。
「ただしダンジョン内とはいえ、現金のやり取りは禁止だけどね」
「それじゃあ、ただの遊技場じゃないか」
「代わりに、木札をやり取りするのー。そんでもって、その木札はあーしの家で現金と交換するの」
「ですよねー」
所謂、三点方式と言う奴だ。
仮想空間といえど、生の現金のやり取りは騒ぎになりそうだ。
「それでね、勝負に餓えたギャンブラーや非日常のスリルを求める金持ちどもから毟り取って、ユズっちに流すの」
「……」
「あーしが賭場を開いたらさー、根津っちも遊びにきなよー」
「マッチポンプも企ててるの?」
などと話し込んでると襖の開く音が鳴った。
「オジサン、お待たせー」
そこには一昨日と同じ、制服に身を包む女子二人組の姿があった。
それにしても女子ってすごいな、化粧一つで大分印象が変わる。
さっきまでとは違い、二人とも肌が明るいというか血色がよく見える。
「サナっちー、スカート短いね」
「こ、これは、配信映えのために仕方がなくですね――」
確かに、一昨日と違ってサナさんの膝が見え……って何をマジマジと見てるんだ俺は。
「ほうら、さっそくオジサンを惹きつけてるわよ、サナ」
「え!? ちょっと根津先輩!?」
「うーん、これなら効果は期待できそうね。だめだったら、もっと折り込んでもらおうかしら」
「こ、これでもがんばったんですよ! ユズ」
おー、ちゃんと女子高生モードになってる。
「ねーねー、二人は武器どうする? ヤッパにポン刀、ハジキならすぐに手配できるけど――」
「今日は、ムチでいいかな。拳銃は配信映えしないしねー」
「私も遠慮します」
言い回しについては、もはや何も言うまい。
でも、刀があるのか。
傘だと強敵には心許ないし、ちょっと頼んでみるか。
「鬼灯組長、日本刀を1つ、お借りすることはできますか?」
「根津っちはちょっと待ってて。試したい事があるのよー」
「カノン、もしかして『キザクラ』のこと?」
「もち。さっき『準備できたー』って子分から連絡来たから、ダンジョン行く前にちょっと寄り道お願いー」
「キザクラって、何のこと?」
「鬼に桜と書いてキザクラ。あーしの家に代々伝わるカタナ。伝家の宝刀ってやつだよー」




