第11話 カタナ抜刀チャレンジ
そんなわけで迷路みたいな廊下を歩いて、鬼灯組長に連れてこられたのは、めっちゃ広い和室。
既に大の大人が50名ほど正座の姿勢でずらりと並んでる。
男達が一斉にこちらに振り向く。
居心地が悪い。
変に緊張する。
鬼灯組長が一歩踏み出すと男達がこうべを垂れる。
その、ど真ん中を制服姿で、街中を散策するような緩いペースで歩く鬼灯組長。
その後ろをついていく華宮エステート一同。
鬼灯組長は床の間の側で足を止めると、こちらに振り返ってから腰を下ろした。
これだけ大の大人の、それもとりわけ厳つい男達が大勢見てるのに、良い意味でギャルっぽさが抜けてない。
「組長」
側にいた男が緊張した面持ちで、鞘に収まった一本の刀を鬼灯組長に差し出す。
鬼灯組長は、刀を俺に向かって、友人にペットボトルを渡すかのようなノリで放った。
子分らしき男との緊張感の落差で調子が狂いそうな中、どうにかキャッチする。
掴んでみて、すぐにわかった。
この刀は只ならぬオーラをまとってる。
美術品や大業物では決してありえない、暗く淀んだ不吉な気配が指先に絡みつく。
「それ、抜いてみて」
鬼灯組長が短く言うと同時に、無数の視線が全身に突き刺さる。
左手で桜の花びらがあしらわれた鞘を、右手で柄を握り、そのまま引いた。
嫌になるほど張り詰めた空気の中、拍子抜けするほど、するりと刀が抜けた。
刀身、切っ先、波紋、重さ、身幅、厚み、反り……先ほどの不吉な気配に反して、刀の造り自体は今まで手にしてきた無名の日本刀との違いはわからない。
たしかに一瞬だけ嫌な気配はしたけど、刀を抜いてからはそんな気配は微塵も感じない。
いや、そんなことより……気のせいか、広い和室に漂う空気が和やかになってる気が――。
辺りを見回す。
強面の男達が何やら色めき立っていて、ところどころ熱い視線を感じる。
鬼灯組長はというと、俺の方を向いて満面の笑みを浮かべてる
「あのー、刀を抜いただけで、何でこんなにざわついてるの?」
それとなく華宮社長と潮さんに話を振る。
だが華宮社長は、上座に顔を向いたまま目を丸くして固まってる。
俺の言葉は届いてないようだ。
「根津先輩。鬼灯家に伝わる宝刀『鬼桜』は、並の使い手には抜けない特別な刀なんです」
「特別、ね……」
「だから一時期『鬼桜』抜刀できるか? ショート動画が流行ったんです」
「最近の子は、何でも動画化するんだな」
「組長は鬼桜の使い手を探しておられましたので、それでダンジョン配信ブームの流れにのって『刀を抜いたら100万円』という触れ込みで、鬼灯組の動画コンテンツの一角になっておりました。トップランキングに名を連ねる有名な前衛でも抜刀できず、挑戦者がいなくなって廃れました。アーカイブにはありませんが、現在大ブレイク中の前衛、鏡アキラさんでも抜く事が叶わなかった代物という話もあるとかないとか――」
「え!? 100万円くれるの!?」
「ゴメン、もう期限切れてるから」
「残念」
「でも、その代わりにー、今日の攻略、あーしも行く」
鬼灯組長がスッと立ち上がる。
「――ッ!? え? う、うん……ついてきてくれるなら心強いけど、お金は無いわよ」
「マブからは取らないよ?」
「さっき1億円って声高に言ってたでしょうが――」
「まあ、そんな事よりもー。根津っちー」
「は、はい」
「鬼桜はねー、サナっちの言う通り、カガミンを始め、地元で評判の男共に一通り声をかけたんだけど、みんなダメだったんだよねー」
取り合えず鬼桜を抜いた事、それ自体が鬼灯組にとって『特別』という事は理解した。
「だからさ、そんな並み居る強豪を出し抜いた根津っちの腕前、間近で見たいんだよねー。いいでしょ? ユズっち。ほら、鬼桜はあーしの家のお宝だしー」
「――そういう事ならいいけど、薬はちゃんと持ってきてよ。カノンの分は、用意してないから」
「オッケー」
返事をしてから、鬼灯組長は目線を少し上げると「あんた達、いいよね?」と、ほんのり凄味を滲ませたフランクな口調で言った。
「「「御意。お気をつけていってらっしゃいませ!」」」
「おまた―」
玄関で待機してると、軽薄で気だるげなダウナー系ギャルの第一声が聞こえた。
おおッ! ん?
この姿、見覚えあるぞ。
昨日、ざっと目を通した華宮エステートのアーカイブの中にいた子だ。
「華宮社長、うちの配信で初めてのゲストって鬼灯組長だったんですか?」
「そうよ」
「初回無料サービスってやつだよー」
「それにしても、鬼灯組長は制服じゃないんですね」
「うーん、出入りの時はいつもこんな感じよー。鉄火場の制服って奴?」
今の鬼灯組長は、ショート丈の着物ドレスに眼帯で片目を隠しており、髪型も大きく変えてる。
これはこれで目のやり場に困るな。
「それじゃ、行こっか。みんな、あーしについてきてー」
鬼灯組長に案内されるがまま日本庭園を歩いて数分してから、二人の男がいる場所でピタっと止まる。
「ここが入口だよー」
「お疲れ様です、組長!」
「うむ。中には、誰もいないよね?」
「はい! 誰一人、この中に入ったものはおりません」
俺はおもむろにスマホを取り出した。
「あれ? ダンジョンがありますよって通知は来てないですけど」
「あーしの家だからね、組合に連絡して、通知を止めてもらってるのー」
「へー、そういうものなのか」
「ほーら、カノン、オジサン。もう時間が押してるんだから、早く入って」
「はーい」
鬼灯組長は、華宮社長に促されるまま、一歩踏み出して、景観に吸い込まれるように姿を消した。




