第12話 配信開始
今回のダンジョンは、機械系か。
最初に飛び込んできた風景は、SFに出てくるバカでかい宇宙船内部を彷彿とさせる人工物らしき壁と床。
数歩踏み込むと、肌に湿った空気がまとわりつく。
「ここは、蒸気機関のダンジョンか」
「そうよ」
華宮社長が端的に返事する。
「だから、オジサンがいてくれて本当に助かるのよ。私もサナも、打撃系だからさ」
「そういうことですか」
察しがついた。
というか公安時代に命がけで得た知見だけど。
「頼りにしてますからね、根津先輩」
潮さんがメイスを担ぐ。
「潮さんも前線に出るんですね」
「何分、人手不足なものですから。あっ! でも私、こうみえて公安時代から実戦経験ありますよ」
「なんか意外ですね」
「そもそもダンジョンに潜って重症者を救助するのも救護班の職務ですからね」
「救護班は裏方のイメージがあったから、荒事とは無縁だと思ってました」
「まあ根津先輩は、重症なのに自力で帰還しますからね」
「それは助かるわね。救出はお金かかって大変だし」
「華宮社長! そこは福利厚生で何とかしないの!?」
「零細企業に多くを求めないの」
「しゃ、社員を何だと思ってんですか!」
「大丈夫、大抵の怪我ならサナが治せるしね」
「……それもそうですね」
確かに、潮さんのスキルなら、大抵の外傷は秒で完治する。
瀕死の重傷を負った時も数十分で完治したから、確かに潮さんが健在なら、ダンジョン内の怪我は気にしなくていいか。
合理的なのは認めるけど、もうちょっとこう人としての情けが欲しいな。
「それじゃ、そろそろ配信を始めようか。オジサン、カバンからピクシーを出して」
新人研修で教えてもらった、ダンジョン内に漂う粒子に乗って自動追尾するカメラだったよな。
俺はカバンから野球ボール台の球体を取り出し、華宮社長に放った。
「そうそうオジサン、お願いがあるんだけど。最初は傘にしてくれない?」
「え? せっかく日本刀を借りたのに?」
「オジサンがバズったのは、傘でボスを撃破したからなの」
「そうみたいですね」
「だから、最初は傘にしてほしいわけよ。傘張り浪人のトレードマークだし」
俺は浪人じゃなくて社員なんだけどな。
「すみません、根津先輩。女性二人組の配信なんて、今やありきたりでして……だから、どうしてもビニール侍という強みが欲しいんです」
俺は侍じゃなくて社員なんだけどな。
「まあ、あーしが見たいのは根津っちの腕前だしー、ここのダンジョンの浅いフロアはザコばっかだしー」
鬼灯組長が目にも止まらぬ速さで、俺から鬼桜を掠め取った――正確には、気づいたら、掠め取られていた。
「だから鬼桜は預かっておくねー。小学生オジ」
マジかよ。
覚醒状態じゃないとはいえ、俺が常人に後れを取るなんて。
さすがに、この前のリハビリで完全復活ってわけにはいかないか。
厳しいな、10年寝たきりのブランクって奴は。
「安心してオジサン。難所についたら、嫌でも刀を抜いてもらうつもりだから」
「リスクヘッジは抜かりないみたいですね」
「当たり前じゃない。命あっての物種でしょ」
華宮社長と鬼灯組長の口振りからして、何度かこのダンジョンに足を運んでるのは明白。
それなら大丈夫か
「はい、根津先輩」
潮さんがバットケースからビニール傘を取り出した。
「うん……ありが、と」
「これ新品のビニール傘なんですよ」
だから何? という感想しか出てこない。
こんなのコンビニに行けば無限に置いてあるし。
それに、この前のボス戦はたまたま持ってたのが傘だっただけで、好き好んで使ったわけじゃないんだけどな。
「オジサンのおかげで、傘が経費で落とせるようになるから助かるわ。サナ、急な雨とか降られたら遠慮なく買っていいからね」
「わかりましたー」
経理というのはよくわからないけど、役に立ってるようで何よりだ
「華宮社長、配信のイロハがわからないんだけど、俺はどうすればいい?」
「新人紹介ー、ってパスするから適当に愛想振りまいて」
「まあ全力は出す。でも俺は芸人でもビューチューバーでもないからアテにはしないでほしいな」
「うちの配信は、会社の宣伝とか広報みたいなものだし、私達だって別に女子を前面に押してるつもりないし」
「なら何故、女子高生を強調する」
潮さんも同調したのか「うん、うん」と頷く。
「なに温いこと言ってんのよ。世の中はね、良いものが売れるんじゃなくて、良さそうな物が売れるの。だから一人でも多くのリスナーを惹きつけるためにはとにかく『面白そう、楽しそう』で掴みにかからないと話にならないのよ」
「そういうものなんだ」
マーケティングという奴だろうか。
「そうそう、オジサン。異伝子覚醒装置は持ってきてる?」
「この通り」
俺はカバンから異伝子覚醒装置を取り出した。
「適当に愛想振りまいたら、異伝子覚醒装置をポチって」
「それはいいんだけど――」
ざっと女性陣を見渡す。
一昨日の新人研修では、近年は薬で異伝子を覚醒させるのが主流と聞いた。
だけど女性陣は薬らしきものを持ってないし、摂取してる様子もない。
「みんなは、どうやって覚醒状態にするの?」
「これよ」
華宮社長は小さな安っぽい筒状の物体――リップクリームと思しきものを取り出す。
同じものがが潮さんの手にもある。
なるほど、そういうことか。
そういや薬は、皮膚でも胃でも肺でもとにかく体に入っちゃえば何でも良いって話だったな。
てっきり、普通の薬みたいに水と一緒に飲むものだと思い込んでた。
「それじゃ配信、始めるわよー。オジサンは呼ぶまで、そこで待機しててねー」
球体のカメラ――ピクシーがフワフワ浮いた。
「あれ? 鬼灯組長は一緒しないんですか?」
「んー、あーしも話を振られるまでは待ちかなー」
鬼灯組長は、配信に乗り気じゃないのか?
今時の女の子は、バズるためなら火の中、水の中ってイメージだったんだけど。
「はーい、華宮エステートチャンネルでーす。社長のユズと――」
「サナでーす」
……アレに混ざるの?




