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第29話 ヘッドハンティング

「ここ最近、誰かにつけられてるのはわかってたけど……あんたの差し金か」


「ハッハッハ、お互い本業は不動産ですから、水曜日(きゅうじつ)の足取りを追うのは容易いことです」


 俺は今、せっかくの休日のお昼に、不本意ながら華宮社長と因縁のある男と同席してる。


「せっかくのお休みのところ申し訳ございませんねェ、根津さん」


「随分と殊勝なストーカーだな。ここが取調室じゃなくて残念だよ」


「根津さん、かつ丼をお望みでしたか?」


「どこでもいいよ。あんたがいなければ――」


「これは、また随分と嫌われたものですね」


「せっかくに休日に水を差されたら、誰でもこうなるさ」


「そうそう、先ほども申し上げましたが、この場は私が出しますので、根津さんはお好きな物を選んでください。オーダーは私のスマホでやりますので」


「そうか」


 俺はテーブル席に置いてある、メニュー表を開いた。


 驕りならもっと高い店に連れて行ってくれ、とも思ったが、ここはそもそも東京と呼ぶには苦しい郊外の県境。


 食べ慣れた店があるだけ、ありがたい。


 しかし、すごいな。


 このインフレの時代に10年前と変わらない価格で食事を提供してるとは恐れ入る。


 独身男性(おれたち)の相棒だった、チェーン店の牛丼とコンビニのオニギリなんて並が当時の2倍だからな。


 ……どうせ華宮不動産(むこう)の経費で落ちるだろうから普段頼まないサイドメニュー的なものも注文するか。


 俺は、対面にいるデブにメニューの番号を伝えると、デブは淀みない手つきでスマホを操作した。


 その間、ドリンクバーに赴き、一人分のウーロン茶を持ってくる。


 驕ってもらっておいて、何て思うかもしれないが、ここ何週間かの水曜日にストーカーを寄越すような奴に、礼をする義理はない。


 席に戻ると入れ替わるように、今度はデブが立ち上がり、ドリンクバーの方に向かった。


「――で、話ってのは何だ?」


「ビジネスですよ」


 そういって、デブは俺に名刺を差し出したので、両手を使ってそれを受け取る。


 これは、もうクセだ。


 企業案件の受注が激増した辺りから、俺も名刺交換をするようになったので習慣になってるのだ。


 そうそう、このデブの名前は富岡(とみおか)ゴンゾウだ。


「悪いな。今日は名刺入れが無いから、財布の中に入れるぜ」


「構いませんよ。あなたはお休み中なんですから」


「あんたは違うのか?」


「私はほら、ダンジョン事業の方が忙しくてですね」


「その割には、運動不足に見えるが――」


「私は裏方です。探索は、生きの良い若手に一任してます。適材適所という奴ですよ」


 若手、ね。


 宗像夫婦の姿が脳裏に過ぎる。


 死のリスクは他人に押し付けて、自分は安全地帯でのんびりか。


「それじゃあ本題に入りましょう。話というのはですね――根津さん、あなたを我が社に迎え入れたいのです。所謂ヘッドハンティングという奴です」


「ふーん」


「こちらが条件となります」


 富岡(デブ)はカバンから一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。


「弊社は現在、ダンジョン事業を発展させるための中核を担う人材を探しておりまして――根津さんには是非、お力添えを頂きたく赴いた次第です」


「ふーん、それにしても、このご時世に対面とは珍しいな」


「根津さんの連絡先は、どこにも公開されておらず、不躾なのは重々承知しておりますが休日の貴重なお時間を頂く形となりました」


「SNSの類は見る専だからな」


「会社のアドレスも考えましたが、お嬢様にもみ消される心配もありましたので――それで、どうですか? 弊社の提示した条件は、お気に召しましたか?」


「これまた随分と高く評価するんだな」


「これまでのあなたの実績に、弊社所属のSランク探索者のあなたへの評価を加味しております」


 正直、額面を見た瞬間、心が揺れた。


「特に先日の配信で、弊社所属の鏡アキラさんが、あなたをSランク相当と評価したことは記憶に新しいと思います」


 そういやネットでも取り上げられてたな。


 俺はダンジョン界隈に興味ないから華宮社長に聞いたけど、あの時の社長はまるで自分の事のように喜んでたな。


「実力は本物。ビジュアルのデメリットが霞むほどにね」


「そいつはどうも」


「いかがいたしますか?」


「確かに、額面だけでなく福利厚生、労働時間、休日の日数その他の待遇、全てにおいて華宮エステートの雇用条件を上回ってる。大変、魅力的だ」


「それなら、今すぐにでも――」


「――が一歩、遅かったな。残念だが俺は今、華宮エステートの社員だ」


「? それがどうかしましたか? 雇用契約なんて如何様にもできるじゃないですか」


「あんたも覚えてるだろ。最初に会った時の、俺のやらかしを――」


「キーストーンを斬ったことですか?」


「ああ。あの時の俺は世間知らずで、あれが売り物とは知らずに斬っちまった。それも華宮社長の目の前でね……だが、華宮社長はそんな俺に声をかけてくれた。一方、あんたは世間知らずの俺を笑い飛ばした」


「あれは売り言葉に買い言葉といいますか、申し開きをさせていただきますと負け惜しみです。あなた様がお嬢様との契約がお済みだったことに加えて、部下が見てる手前、過度にあなたを持ち上げるわけにはまいりませんので、それでつい――その点は、改めて私から、お詫びを申し上げます」


 真正面から頭を下げられると、こんなのでも誠実な人間に思えてくるから不思議だな。


 DV彼氏彼女から離れられない理由も頷ける。


「わかった。あんたにはあんたの事情があった。それでいいさ」


「では考えを改めていただけると?」


「勧誘(それ)と謝罪(これ)は別だ」


「どうしても、今の会社で就業する、と――」


「そういう事です」


「参考にお聞きしたいのですが、私共が提示した条件を受け入れずに、今の会社で就業する強い理由は何でしょうか?」


「恩義」


 俺は躊躇いなく口にした。


「恩義?」


「ああ。恥ずかしい話だが、華宮社長に拾われるまでは、無職のホームレスだったんだ。それでたまたま潜ったダンジョンで華宮社長と出会って、キーストーンの破壊というヘマをやらかした俺を拾ってくれた」


「つまり、お嬢様の恩義に報いるために今の会社に尽くす、と……そういう訳ですかな」


「そういうことだ」


「なるほど、なるほど……そういうお話でしたら尚の事、根津さんは今の会社をお辞めになる方が、お嬢様のためになると存じます」


「それは、どういう意味だ?」


「根津さん、あなた……無茶をしてませんか?」


「コールドリーディングかよ」


「滅相ございません。今のご指摘は弊社所属のSランクウィザード、元良ミオさんからです」


「あのー、あんたらが絡んできたあの日以降、俺は彼女と会ってませんよ」


「何でもアーカイブを見て、そう感じ取ったようです。これ、弊社の探索者から聞いた話ですが、どうも元良ミオさんはあなたが出てるアーカイブにご執心のようでして、移動中だけでなく僅かな隙間時間があれば、あなたの戦いぶりを観察してるようです」


「――御宅んとこの社員は、人を付け狙うのが趣味なのかよ。頼むから注意しといてくれ。そして、ご自慢の福利厚生で、もうちょっとマシなアクティビティでも提供するんだな」


「耳が痛いですね」


「自覚あったのかよ」


「ちなみに元良ミオさんは、こうおっしゃってました。あなたは一人で背負いこみすぎてる、と」


「……」


「その様子ですと、自覚がおありのようですね」


「そもそも華宮社長の領分は、工作であって戦闘じゃない。適材適所って奴だ」


「ですが、こうも考えられませんかね。根津さんというSランク相当の戦闘員がいるため、お嬢様はダンジョン事業に入れ込み、ますます命が危険に晒される、と」


「……」


「お嬢様の会社は既に、あなたが出した損失を埋めても、余りある売上をあげております。無論、あなたのお力添えあってのことですが――」


「つまり、恩返しは十分、そう言いたいのか」


「察しが良くて助かります。……あれだけの売上です。今すぐ会社を解散しても、人生を数回満喫できる資産は手元に残るでしょう。もし根津さんが、お嬢様のお命まで配慮なされてるのなら、敢えて会社を辞めて、お嬢様のダンジョン事業を終わらせることも恩返しの一種、と私は思いますがね――」


「……」


「働くのがお好きなようでしたら、そうですね――こうしましょう。私共が御宅のダンジョン事業を買い取らせていただきます。その折には、ぜひ私の下でお嬢様の手腕を存分に振るっていただきたく存じます。そして根津さんには引き続きダンジョン探索に注力してもらいます」


「それは、あんたの願望だな」


「痛い所を突きますな」


「悪いが恩義(これ)は、俺だけの問題だ。あんたは当然として、華宮社長だって関係ない」


「……ハイ?」


「別にあんたを否定してるわけじゃない。利益の追求は、民間企業の最優先事項だしな。――強いて言うなら、そういう難しい話は華宮社長に直接言ってくれ」


「……わかりました。今日のところは、引き下がります」


「そうかい」


「お待たせしましたー、こちら――」


 まるで見計らったようなタイミングで、注文の品が運ばれた。


「取引は、お流れになったんだ。割り勘でも構わないぜ」


「お気持ちは、ありがたく頂戴します。ですが引き抜き(これ)も私の業務ですから、今日の食事代はこちらが持ちますよ」


「それじゃ遠慮なく――」


 高いタダ飯のために、休日は遠くに足を伸ばすべきか。


 そんな事を考えながら、昔から馴染みのある味を堪能した。


 昼食後、店を出て富岡(デブ)と別れて、少しぶらついてると「兄貴!」と声をかけられた。


 そこには、鬼灯組の若い衆がいた。


 名前は知らないけど、あの呼び方とパンチの効いた頭は間違いない。


「さすが兄貴ッス! 義理堅いところに痺れたッス!」


「何の話だ?」


「いやだなぁ、ついさっきファミレスで話してたじゃないすか」


「ああ、ヘッドハンティングの事か」


 つうか、その形(なり)でランチ時のファミレスで飯食ってたのかよ。


 威力業務妨害罪だろ。


「華宮お嬢様への義理を果たすために、好待遇の引き抜きを蹴っ飛ばすなんて、カッコいいッス!」


「そ、そうか」


「しかし、それだけに惜しいッス」


「何で?」


「鬼灯組(うち)の親分と籍を入れるのは、何時のになるのかなって――」


「……」


 これからの休日は、遠くに足を伸ばそう。


 本当の意味でヘッドハンティングされないためにも……。

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