第17話 ヘヴィユーザー
「そういえば組長は、まだ覚醒してないんでしたっけ」
「うん」
鬼灯組長は慣れた手つきでアンプルを開けた。
そしてアンプルの頭部をポイ捨てすると、ケースから注射器を取り出した。
「組長、それ本当に撃薬ですよね?」
鬼灯組長は、薄気味悪い笑みを浮かべながら、淀みない手つきでアンプルから注射器を使って液体を吸い上げた。
「あーしの異伝子は、寝覚めが悪くてね。みんなと違って、ちょーっとばかし強めの薬をキメないと覚醒しないのよー」
それはそれはもう、楽しみを待ちわびる子供のような喜色を浮かべながら、注射器の内筒を押す。
針からピューと液体を飛び出る。
これ本当に違法薬物じゃないよな?
「そんでもって目覚めるまで時間がかかるくせに、5分しか持たないのよー」
鬼灯組長は一切の躊躇いもなく、注射針を自分の前腕内側に刺した。
次の瞬間、表情がデレデレになり、目がキョロキョロして、口元がゲヘゲヘになった。
「あー、たまんねー、やっぱこの瞬間のために生きてるって感じしちゃうわー。ユズっちもそう思うでしょ?」
「ゴメン、カノンとはマブだけど、そこは理解してあげられないかな」
「ユズっちはわかってないなー、こっちの方が気分アガるのにー」
鬼灯組長は、注射器の内筒を最後まで押し切ると、注射器を壁に叩きつけた。
違法薬物……じゃないよね?
「そんなわけでー、根津っちー、あーしの異伝子が目覚めるまで時間稼ぎよろしくー」
「私は、サナですよ」
「え? 何か根津っちが3人に増えてない? ユズっちとサナっちはどこだー、うへへ」
……他人のフリをしたくなってきた。
「この通りカノンは今、戦えないからさ」
「でしょうね」
「カノンが戦えるようになるまで、削りと時間稼ぎをお願いね」
「これ本当に、元に戻るんですか?」
「大丈夫、大丈夫。安心して。あの液体の中身は、撃薬にエナドリの有効成分を混ぜたものよ」
「エナドリなら飲んでくれよ! 何でわざわざ注射器を使うんだよ!」
「経口摂取だと覚醒するまでに、もっと時間がかかるからよ。ほら内蔵を通すより、直接血液に打ち込んだ方が早いのはわかるでしょ?」
「イメージ的にも医学的にも、わかるけどさ」
「稼働時間が長ければ、それを見越して調整できるけど、カノンの場合は短いから、そうもいかないの。だから『ここぞ』というタイミングじゃないとダメなのよ」
鬼灯組長が薬の出し惜しみをした理由はわかった。
覚醒までに時間を要することに加えて、稼働時間が短いこと。
元々の体質がダンジョン攻略という長丁場には向かないからだ。
「大体ね、考えてもみなさいよ。違法薬物なんて所持してるだけで捕まるし上に、一度でも摂取したら人間がダメになるのに、わざわざ製薬会社と組合がリスクを冒してまで、パイを減らす薬を流通させる意味が無いでしょうよ」
「功利的に考えれば、そうなんだけど――あの所作を目の当たりにしたら……ね」
「それにほら、コメント欄も大盛り上がりよ」
「ふむふむ、確かにコメントは好感触みたいだな。信じられないことに」
つまり、ヤクチュウの仕草は、バズらせるためのパフォーマンスということか。
親友の華宮社長のために、体を張ってくれてるのか?
にわかに信じ難いけど、まあ二人の間の問題ということにしておこう。
「と言うわけで――これを耳に着けておいて」
俺は華宮社長から、無線イヤホンの片側を受け取った。
「それ通話もできるから、危ないと感じたら、教えて」
「あれを見て、危険か安全かと言われたら、誰しもが危険と答えるでしょ」
「あとオジサンが戦ってる様子は、ちゃんとライブ中継するからね」
「せいぜい格好よく映してくれよ」
「AI次第ね」
「それなら安心です。では――行ってきます」
「根津先輩、がんばってください!」
「うひひひ、根津っちがひとーり、根津っちがふたーり――」
俺は鬼桜を両手で握りしめてから、機械の群れの中に飛び込んだ。
無心でロボットを斬る。
斬ることに専念する。
ひたすら俺を狙うガラクタどもを返す刀で斬る。
コアを狙う余裕はない。
視界はガラクタどもで埋め尽くされてるから。
斬って、斬って、斬りまくって、10体ほどのガラクタを二分割すると、ようやく1体目のコアを斬れる僅かな時間が生まれた。
「凄いわね、オジサン。このまま行けば、本当に一人で全部やっつけちゃうんじゃない」
華宮社長から賞賛の言葉を賜る。
「コメント欄も絶賛の嵐よ。映画でもそうだけど、大軍に立ち向かう孤高の戦士は映えるわね」
後でアーカイブでも見てみるか。
そんな事を考えながら、機械どもを次々と鉄くずに変えた。
斬っても斬っても機械どもは、引っ切り無しに押し寄せてくる。
ボスの鉄巨人はまだまだ動かない模様。
敵は、まだまだいる。
だが足の踏み場が無くなるほどの鉄ずくが、奴らの数が減ったことを知らせてくれた。
ひと呼吸を置く間に、周囲を見渡す。
戦闘を開始した時よりも、明らかに密度が薄くなってる。
ちょっとだけ試すか。
左手を楽にして、右手だけで鬼桜を握り、手近な多足砲台の砲身に振り下ろす。
金属製の砲身は、豆腐のように何の抵抗もなく、あっさりと斬れた。
気分が高揚する。
今、鏡を見たら、ニヤついてる自分の顔が映ってるに違いない。
鬼桜は、俺が今まで手にした刀の中で一番の業物だ。
魔力無しで、機械の硬い装甲を難なく切り落とすとはな。
鬼桜がもし10年前のあの時にあれば――。
「オジサン、今……片手で斬ってなかった?」
「この刀、凄いですよ。鬼の名を冠してるだけはありますね」
「いえ、根津先輩の腕がいいんですよ」
「ありがとうございます」
よし、モチベが上がってきた。
鬼桜があれば無敵だ。




