第16話 傘からカタナへ
こうして無事に、3階の探索を再開した。
華宮社長の目は、俺の想定を遥かに上回る力があった。
彼女にかかれば、あらゆるトラップは丸裸も同然。
これほどまでに罠を容易く見破る力は、公安時代にも見たことが無い。
嬉しい誤算だ。
華宮社長が目標として掲げてるボスの攻略に現実味が帯びてきた。
機械系――それも蒸気機関のダンジョンは幻覚や幻術の類はない。
モンスターは、傘でも斬れるレベル。
つまり俺の腕と社長の目があれば百戦危うからず、って奴だ。
おまけに潮さんの治癒能力と鬼灯組長の膂力もあるから万が一の保険もバッチリ。
道中の敵はドラムの他に、カトンボに砲台を積んだ見た目をした、いわゆる多足砲台も出てきた。
音速で弾を撃ちだしてくるのが厄介だが、その形状から射角の調整に大きな隙が生じる。
今の俺達でも対処できない相手ではない。
遮蔽物が無くても、銃身を見定めれば、避けることは容易いからだ。
俺と潮さんは公安時代に積み上げてきた戦闘経験と覚醒によって飛躍的に向上した身体能力を。
華宮社長は持ち前の目の良さで、銃身から射角を瞬時に割り出し、最小限の体捌きで。
鬼灯組長は元々、荒事の才能があるのだろう。
怯むことなく単身で銃弾を掻い潜るその姿は、数多くの修羅場を潜り抜けたベテランを想起させる。
どんな人生を歩んできたのかは、あまり想像したくないけど……家業の成せる業と言うべきだろうか。
各々が銃弾を対処し、敵を抑えて、トドメは俺が刺す。
10体目のコアを破壊するころには、ルーティンワークと化した。
3階の探索を開始から、二つ目の異伝子覚醒装置を使用し、30分が経過した頃に、目標を見つけた。
俺は足を止めてから、制止を意味するハンドサインを後方に出した。
奥の方にこれまで戦ってきた奴らとは、明らか違う巨大な固体が御神体のように鎮座しており、その周囲は御神体を警護するかのように、ここまでに相手をしてきた機械のモンスター達で埋め尽くしてる。
「うわっ! キモッ!」
華宮社長は、不快感を露わにした。
目が良い分、俺よりもハッキリと部屋を埋め尽くす、機械達の蠢きが鮮明に映るのだろう。
「あのデケェーのが如何にもボスって感じだねー」
「このまま突撃は、無謀すぎるわね。……みんな、少し退いた場所で作戦会議よ」
華宮社長の言葉に従い、敵の索敵範囲外と思しき場所まで退いた。
「それにしても、ちょっと数が多いですね……根津先輩、調子はどうですか?」
「正直言うと、社長と同意見。無策で飛び込みたくない。決して俺達が弱いという訳じゃなくて、単純に手が足りない。多勢に無勢ってやつです」
「うーん、では質問を変えますね。根津先輩が一人で飛び込んだ場合はどうですか? 私達は、ここで待機してますので」
「サナっち、綺麗な顔してエグイこと言うねー」
救護班とはいえ、元公安らしい質問だな。
笑顔が恐ろしく見えるほどに。
でも、そっちの方が助かるかな。
「そうですね、俺の心情としては、一人の方が気を回さなくていい分、生存率が高そうな気がします。ただ――」
俺は皆に見せつけるように傘を持ち上げた。
「これだと心許ないので、鬼桜をお借りしたいのですが、よろしいですか?」
「いーよー、でも、その前に――」
鬼灯組長が右手の小指を突き出してきた。
「指切り。ちゃんと返してもらうから」
「……あ、ああ、わかった」
俺は恐る恐る右の小指を、鬼灯組長の小指に絡めた。
「ゆーびきーりー、げーんまーん」
拳万と聞いて、ロボットの装甲を凹ませた映像が鮮明に蘇る。
「うそついーたらー、はーりせんぼーん、のーます、ゆーびつーめた」
鬼灯社長の小指が離れる。
よかった。まだある。
俺は自分の小指が無事であることを確認し、安堵する。
「はい、どうぞ」
「大切に使わせてもらいます」
俺の小指のためにもな。
そう思いながら、鬼桜を受け取った。
やはりカタナは良い。
不要になった傘は、ここに置いてくか。
「ねえ、オジサン。二刀流はダメなの? あんな鮨詰め状態なら、武器を振り回すだけでモンスターを斬れそうだけど――」
「そうしたいのは山々なんですが俺の魔力は、両手で握りしめた物しか強化ができないんです」
「それが制約なのね」
「そういう事です」
「それにしても凄いわよね。私が知る魔装は、せいぜい装備品をパワーアップするスキルよ。切れ味をより良くしたり、棒切れに重さを加えてり、頑丈にしたりする感じの。でもオジサンの魔装『斬鉄剣』は、刀どころか傘で金属をスパスパ斬っちゃうほどのデタラメな力があるわ。それもライトユーザーで」
「それを言ったら、サナっちのヒールも尋常じゃないよねー。骨が折れてもすぐ治るし」
「公――じゃなくて、あんた達の前の職場って、そんなのがゴロゴロしてるの?」
「居たか居ないかで答えるなら『居ました』」
少なくとも探索班には、今でいう中堅層以下のレベルは一人もいなかった。
昨日のアーカイブで見た範囲だけど。
「そうですね、前の職場には、私と同じ位かそれ以上の治癒能力が使える方は、指の数よりもおりましたよ」
救護班も似たようなものらしい。
「コメント欄でも、オジサンの魔装について疑念を抱く人をポツポツみかけるわ。明らかに常軌を逸してるって」
「光栄じゃないか」
「そうね。傘でも強いオジサンが本物の刀を持ったらどうなるのか、私もちょっと楽しみだわ」
「社長は、後ろでドンと構えててくださいよ。鬼桜があれば百人力ですから」
「頼もしいわね。でも、全部、オジサン一人に任せるつもりはないわよ」
「待ってください。いくら俺でも機械の軍勢の中で、女性陣を守りながら戦うのは――」
「まあまあオジサン、ちょっと聞いてよ。オジサンにお願いしたい事は、ボスの撃破じゃなくて、数を減らすことと時間稼ぎよ」
「数を減らすはわかりますが時間稼ぎ?」
「あーしが覚醒するまでの時間だよー」
鬼灯組長の手には、液体で満たされた細いガラス容器――アンプルとケースがあった。




