第15話 オジサン、穴に落ちる
「根津っちー、ここの敵、あーしらだとすっごく大変だから、後お願いねー」
「承りました」
俺は視聴者から受けたストレスを発散するため、残りのロボットを斬りまくった。
1階と2階は踏破済みなので、余計な寄り道をせずに階段に向かう。
道中のモンスターは、傘でも斬れるレベルなので探索に支障はない。
しかし、それは撮れ高が無いことでもあり、コメント欄は俺をいじる言葉で溢れてる。
「さて問題の3階に到達したわけだけど……どうします、社長」
「目標は、ボスの撃破よ。お宝なんて無視、無視」
「わかりました。ですが、この先は情報がないので慎重に行きますよ。いいですか?」
「うん。何かあったら声かけるから」
「根津っちー、あーしは薬を温存中だから、ザコはなるたけ頼むねー」
「ええ、お嬢様方には指一本、触れさせませんよ」
そんなわけで3階の探索が始まった。
数分ほど歩くとモンスターに遭遇。
やはりな、と思った。
オモチャとは違い、無骨で不細工だけど大柄な人型ロボットの姿があった。
背中から頭部にかけて伸びた複数の管からは、水蒸気を排出。
滑らかな二足歩行は、まるで人間みたいだ。
腕と脛は胴体よりも分厚い装甲で覆われていて、その手足の指は鉄パイプのように太い。
外敵を排除する外観をしてる。
おまけに下の階層ほど、材質もより重く、より硬くなる。
「根津先輩、相手はドラムですが傘で行けそうですか?」
「全盛期の頃なら自信あるんだけど――」
ドラムというのは、公安時代に呼称してたロボット系モンスターの段階を現す言葉。
ブリキ、パイプ、バケツ、ドラムといった感じで、最初は何故かオモチャだが、その後の3つは管や入れ物の体積の大きさから連想したもの。
1階と2階で相手したブリキやパイプは斬れたけど、こいつはどうなんだろうか。
中世のバケツ冑みたいな頭部が音を立てて横方向に回る。
こちらに狙いを定めてるようだ。
歯車と金属の擦れる音がいちいち耳に障る。
まあ、こいつが斬れない事とこいつにやられる事は違う。
俺は、今の自分のレベルを測ることも兼ねて、傘で斬りかかった。
俺の動きに反応したのか、ドラムはサンドバックのような太い腕でガードの構えをとる。
腕に向かって傘を振り下ろす。
手応えはあった。
石突が鉄板のような地面についた。
「さすがです、先輩」
潮さんがドラムの太い腕を断ち切ったことを知らせてくれた。
重いものが落ちた音が続く。
顔を上げる。
ドラムの腕の断面からは、部品と思しき細かい鉄くずと油が滴ってる。
背中の管から噴き出す蒸気の勢いが増してる。
ご立腹のようだ。
「オジサンに任せても、大丈夫そうね」
「そのようで、ただ出来れば少し離れてくれると助かります――さてと」
ドラムは、こちらを向いてる模様。
そうそう、お前の相手はこっちだ。
本能や思考力がある生き物なら、俺に震えて逃げ出すこともあり得るが、機械どもはそうはいかない。
思考ルーチンに、退却の命令文が無いからだ。
地面を蹴って、ドラムの懐に飛び込む。
ドラムの鉄塊のような拳が凄まじい早さで襲い掛かる。
それを紙一重でかわす。
そう。
こいつは見た目に反して、素早いのだ。
蒸気機関とは思えないが、そもそもダンジョンが生み出した化け物なので、そういうものだと考える方が納得がいく。
でも今は、この攻撃性と敏捷性がありがたい。
リハビリにしろトレーニングにしろは、きちんと段階を踏むのがセオリーというもの。
一昨日のボスは人命を優先して、ちゃっちゃと始末したから、こいつを利用させてもらおう。
「社長。こいつを倒すのに、少し時間をもらいます」
「ん? まあ、いいけど」
華宮社長の了承は頂いた。
さあて、俺のリハビリに付き合ってもらうぞ。
俺が満足するまで、壊れてくれるなよ。
時間の許す限り、ドラムにちょっかいを出しては攻撃を誘い、寸でのところでかわすことを幾度も繰り返した。
「うひひ、さすが鬼桜が選んだ男だねー」
「カノン、どういうこと?」
「んー、見たまんまの事だよー」
「いや、全然わかんないし――というかさ、カノン。小さい頃に言ってた事、マジなの?」
「ん? ああ!? うん、大マジだよー」
気が付けば、女性陣の雑談に耳を傾けつつ、ドラムの相手が出来るようになっていた。
ドラム相手なら、ここまでだな。
俺は傘で、ドラムを鉄クズに変えて、剥き身のコアを真っ二つにした。
『おいおい、あのオッサン。どんだけ強んだよ』
『ビニール傘で、大型ロボットを斬るなんてデタラメにも程がある』
『それよりも、大型ロボット相手に遊んでなかったか?』
『本当に何者だよ、あのオッサン。あれほどの技量がある奴が、このダンジョン全盛の時代に今まで無名だったとか信じられないんだが』
『俺の見立てだと、腕前だけならSランクだな』
お、コメント欄は賞賛と驚きで埋まってるな。
こういうのも案外、悪くないな。
公安時代に身に着けた数々の戦闘技術が脚光を浴びるなんて想像もしてなかった。
脳みその内側から、じんわりと快楽物質が染み出す。
血行が促進され、肉体が軽くなる。
今なら、どんなモンスターでもぶっ倒せそうな気がした。
「お待たせしました、先を急ぎましょうか」
探索を再開する。
足早に未開の地を突き進む。
「待って、オジサン! そこは――」
社長の声と同時に、足の踏み場が忽然と消えた。
しまった!?
トラップに引っかかったようだ。
一瞬にして悪寒が背筋を通り抜ける。
直後、落下運動が止まった。
体が縄状の何かに締めつけられてる。
これは――華宮社長のムチか?
天井を仰ぎ見ようとした瞬間、体が急に跳ねあがった。
そして一本釣りされた魚のように、体が床に叩きつけられた。
「オジサン、何かあったら声かけるから、ってちゃんと言ったのにー」
「め、面目ない」
くそ!
まだまだ勘が鈍ってるな。
少し調子に乗っただけで、トラップを失念するとはな。
つっても、工作周りは俺の分野じゃないから、せいぜい警戒するくらいしか出来ないけど。
「先輩、回復しますね」
潮さんが俺の体に手を添えた。
床に叩きつけられた痛みが一瞬にして消える。
ダンジョン探索に復帰して初のダメージが俺のドジとは、ちょっと情けないな。
「ホントにもう、何でスタスタ歩いちゃうかな」
「俺は業務命令に従っただけですよ」
「嘘おっしゃい。どうせコメント見て、浮かれてたんでしょ。1階と2階に比べて、歩調が早かったし――」
「……仰る通りです。よく見てますね」
俺と華宮社長のやり取りを見てた、鬼灯組長が『くすっ』と笑う。
「ユズッちの場合『見てる』というより『見えてる』と言った方がいいかもねー」
「見え、てる?」
「ユズっちは、目が良いのよ。どれくらいかって言うとー、異伝子が目覚めてるとね、ダンジョンのトラップが見えるのよー」
「1階と2階をくまなくマッピングできたのも、ユズのスキルのおかげなんですよ」
華宮社長の視力が良いのは、初めて顔を合わせた時に痛感してる。
「フフン、そういうこと。ちなみに今の私なら、物理的な仕掛けによって生じる、ごく僅かな隙間や凹凸、周囲に馴染んでるカモフラージュは当然として、蜘蛛の糸よりも細いワイヤーもレーザートラップも肉眼で見えるわ」
だから落とし穴に引っかかると同時に、ムチで縛り付けられたのか。
俺が引っかかる前に、予め見えてたなら説明がつく。
ただ、もっと早くスキルを教えて欲しかったな。
いや、むしろ、俺を抜いた編成を想像すれば消去法で自然と辿り着くか。
10年というブランクは、思考能力も錆びつくようだ。
「私はオジサンと違って、武力はないけど、搦め手は得意なのよ」
「ああ、身をもって体感したよ。今も尚こうして、ムチに絡め取られてるからな」
『オッサン、戦い以外はPONなんだな』
『でも女子高生に縛られてるなんて、うらやましいな』
『俺は、あのムチで思いっきり叩いてほしい』
このチャンネルの視聴者は、隅々まで訓練が行き届いてるようで何よりだ。
「完ぺき超人よりも、チャームポイントあった方が視聴者受けは良いわよね。うーん……オジサン、私達がちゃんとフォローするから、思いっきり先行していいわよ」
「すみません、社長。命が惜しいので慎重に進みます」
武力だけでも、情報だけでも、ダンジョンは攻略できない。
常識とも言える初心を肝に銘じた。




