417話 第4クルー到着
第3クルーがきぼうステーションへ到着してから、ちょうど一週間後。
ブーゲンビル島宇宙発射センターでは、再び巨大な中型再利用ロケットが発射台の上に静かにそびえ立っていた。
整備ドックでは十日足らずで再整備を終えたブースターが発射台へと据え付けられ、整備士たちは最後の点検を繰り返している。
発射場周辺では数百人もの技術者や宇宙軍兵士、帝国大学の研究員が忙しく行き交い、巨大な施設全体が緊張感に包まれていた。
今回宇宙へ向かうのは、第4クルー10名。
これが初年度最後の有人打ち上げであり、この任務が成功すれば、きぼうステーションは設計通りの総勢35名体制へ移行する。
日本が構想した「きぼう計画」は、いよいよ本格的な運用段階へ入ろうとしていた。
搭乗する宇宙飛行士たちは、神妙な面持ちで発射塔のエレベーターへ乗り込む。
半年以上地球へ戻らない任務である。
それでも誰一人として不安を口にする者はいなかった。
彼らは皆、日本が切り開く新しい時代の最前線へ向かうことを誇りに思っていたのである。
最終確認が行われた。
「燃料充填完了。」
「電力系統正常。」
「姿勢制御コンピュータ正常。」
「生命維持装置正常。」
「通信回線正常。」
「全システム異常なし。」
オペレーターの報告が次々と読み上げられていく。
発射司令官は静かに頷き、マイクを取った。
「最終チェック完了。全システム正常。これより発射へ移行する。」
カウントダウン
大型モニターに数字が表示される。
10
発射台全体へ大量の冷却水が流れ始め、白い蒸気が周囲を覆う。
9
8
7
ロケット内部では燃料タンクの圧力が規定値まで上昇し、エンジンが点火待機状態へ入る。
5
巨大な機体全体が微かに震え始める。
4
3
轟音とともに主エンジンへ点火。
炎が発射台の下を真昼のように照らし出す。
2
1
「発射。」
巨大な火柱が地面を叩きつけ、轟音が羽合島全体へ響き渡る。
数千トンもの推力によってロケットはゆっくりと浮き上がり、そのまま一直線に青空へ向かって加速していった。
海面には巨大な白煙が広がり、発射を見守る人々は思わず空を見上げる。
やがてロケットは雲を突き抜け、太陽の光を浴びながら成層圏を越えていく。
機内ではクルーたちが冷静に計器を確認していた。
「加速度正常。」
「燃焼安定。」
「姿勢制御問題なし。」
「予定軌道との差、0.2。」
第一段ブースターは予定高度で切り離され、自動姿勢制御へ移行。
切り離されたブースターは反転し、逆噴射を開始してブーゲンビル島へ帰還する。
一方、有人宇宙船は第二段ロケットによって軌道速度まで加速され、静かに宇宙空間へ到達した。
数時間後、軌道調整噴射を終えた宇宙船は、きぼうステーションへ向けて接近を開始する。
きぼうステーションでは、外部監視カメラが新たな宇宙船を捉えていた。
巨大な太陽電池パネルの向こうから、白い船体がゆっくりと近付いてくる。
船長は通信機を手に取った。
「こちらきぼうステーション。第4クルーを確認。誘導ビーコン送信開始。」
自動誘導システムが作動し、宇宙船はわずか数センチ単位の誤差でドッキングポートへ接近する。
やがて、ガシャン。
金属同士が噛み合う重い音が船内へ響いた。
磁気ロック作動。
気密確認。
圧力均衡。
全ての手順が終了すると、ゆっくりとハッチが開く。
無重力の中、10名の宇宙飛行士が一人ずつステーション内部へ移動してきた。
入口には第1、第2、第3クルー合わせて25名が並び、新たな仲間を迎える。
船長は笑顔で最初の一人と握手を交わした。
「ようこそ、きぼうへ。」
続いて全員と握手を交わし、互いに肩を叩き合う。
無重力空間には笑顔と拍手が広がり、日本人35名が一堂に会した光景は、まさに歴史的瞬間であった。
船長は全員を見回し、静かに言った。
「これで我々は35名。今日から本当の意味で、きぼうステーションが始まる。」
その言葉に再び拍手が起こる。
誰もが、この瞬間に立ち会えたことを誇りに感じていた。
日本の宇宙開発史上、そして人類史上最大規模となる宇宙常駐体制が、ついに完成したのである。
ステーション、ついにフル稼働
総勢35名体制となったきぼうステーションは、試験施設から本格的な宇宙研究拠点へと生まれ変わった。
それまで25名では、一人が複数の任務を兼任することも多く、設備保守と研究の両立に追われる日々が続いていた。
しかし35名体制となったことで、それぞれの専門分野に集中できるようになり、運用効率は飛躍的に向上する。
一日の活動予定も細かく整理され、
地球時間に合わせた勤務交代
24時間体制での観測
常時誰かが管制室を担当
常時誰かが実験を継続
という完全シフト制が採用された。
ステーション全体が、一つの巨大研究都市として動き始めたのである。
科学実験モジュール(12名体制)
科学実験区画では、一年中休むことなく研究が続けられるようになった。
担当する研究は、
無重量環境での結晶育成
超高純度半導体材料の試作
新金属合金の形成実験
生体材料研究
医学実験
放射線環境測定
など多岐にわたる。
交代制によって実験は二十四時間止まることがなくなり、地上では決して得られない膨大なデータが蓄積されていった。
天文観測モジュール(6名体制)
巨大望遠鏡は昼夜を問わず宇宙を見続ける。
観測対象は、
若い恒星
超新星爆発
銀河中心部
小惑星
彗星
深宇宙観測
さらには衛星同士を利用した光学干渉実験まで始まり、日本の天文学は地上とは比較にならない精度へ到達しつつあった。
地球観測モジュール(7名体制)
高度約400kmから見下ろす地球は、巨大な観測対象そのものだった。
観測班は、
台風の発生
雲の移動
火山活動
森林火災
洪水
地震前兆研究
海流変化
などを24時間体制で監視する。
取得されたデータはリアルタイムで羽合・琉球・フロリダの各地上局へ送信され、気象予報や防災計画にも利用された。
船外活動(EVA)班(10名体制)
最も危険でありながら重要な任務が船外活動である。
10名体制となったことで、
ソーラーパネルの増設
外壁点検
通信アンテナ交換
新型観測装置設置
微小隕石被害確認
外部ロボットの保守
などを毎日のように実施できるようになった。
複数チームが交代で船外活動を担当するため、宇宙服や生命維持装置の整備時間にも余裕が生まれ、安全性も大きく向上した。
その結果、きぼうステーションでは毎日誰かが宇宙空間で作業を行うという、人類史上前例のない運用体制が実現したのである。




