415話 第2クルー到着
第1クルーが宇宙ステーション「きぼう」の運用を開始してから、ちょうど一週間が経過した。
この一週間、船長を中心とする5名は昼夜を問わず施設全体の点検を繰り返し、環境制御装置、電力供給設備、通信設備、空気循環装置、給排水設備、姿勢制御装置など、ありとあらゆる機器の稼働状況を確認していた。
重大な故障や異常は一切なく、「きぼう」は設計通り安定して稼働を続けている。
その報告を受けた宇宙軍司令部は、予定通り第2クルーを送り込むことを正式に決定した。
一方その頃、ブーゲンビル島の巨大宇宙基地では、第2クルーとなる10名の宇宙飛行士たちが最終準備を終えていた。
今回送り込まれる有人宇宙船は、初回とは異なり10名全員が搭乗する完全定員運航である。
さらに生活物資や実験資材は別の中型補給船へ積み込まれ、有人船とほぼ同時に打ち上げられる予定となっていた。
宇宙軍では、人員輸送と貨物輸送を完全に分離する運用方式が採用され始めており、これによって輸送効率は大幅に向上していた。
発射数時間前。
地上局から「きぼう」へ通信が送られる。
地上局
「第1クルー各員、こちら地上局。第2クルーが本日予定通り出発する。ドッキング予定時刻は約7時間後。受け入れ準備を開始してくれ。」
通信を受けた船長は即座に返答した。
船長
「了解。きぼう、第2弾を迎える準備に入る。」
その命令と同時に、ステーション内部では様々なシステムが自動的に起動していく。
新たな居住区画の空調調整。
生命維持装置の負荷分散。
食料保管庫の整理。
ドッキングポートの加圧確認。
静まり返っていたステーション内部に、機械の低い駆動音だけが響いていた。
まるで巨大な建造物そのものが、新たな仲間を迎えるために目を覚ましたかのようであった。
第2クルー 打ち上げ
白く塗装された機体は朝日に照らされ、発射塔の頂上には日本国旗と宇宙軍旗が風にはためいている。
今回の打ち上げは、日本初となる本格的な「宇宙常駐体制」へ移行する重要な任務である。
そのため発射場全体にも、どこか張り詰めた空気が漂っていた。
地上局
「第2クルー、ロケットシステム最終チェック完了。各部異常なし。発射へ移行する。」
宇宙飛行士たちは一人ずつ座席へ身体を固定し、生命維持装置、通信装置、姿勢制御モニター、緊急脱出装置などを順番に確認していく。
全員が自分の計器を見つめ、淡々と確認を進めていく。
やがて発射管制室からカウントダウンが始まった。
10
巨大な発射台全体から白い冷却蒸気が一斉に吹き出す。
9
8
燃料供給弁が開き、振動が機体全体へ伝わる。
7
6
各エンジンの点火準備完了。
5
管制室では全員がモニターを凝視している。
4
3
機体下部から眩しい炎が漏れ始めた。
2
1
点火。
轟音とともに巨大な火柱が立ち上がり、発射台周囲を猛烈な爆風が吹き抜ける。
ゆっくりと浮き上がった機体は、やがて加速度を増しながら一直線に青空へ向かって飛び立っていった。
島全体が振動し、見守る技術者たちは無言のままロケットを見上げ続ける。
数十秒後には雲を突き抜け、青い海とブーゲンビル島の姿は急速に小さくなっていった。
機内では冷静な報告が続く。
「エンジン安定。」
「推力正常。」
「姿勢制御正常。」
「高度上昇良好。」
「予定軌道へ移行する。」
やがて第一段ブースターが切り離され、姿勢制御装置が作動。
機体は予定通り地球周回軌道へ投入され、「きぼうステーション」へ向けた最終接近軌道へ入った。
数時間後。
宇宙空間では、「きぼうステーション」の外部監視カメラがゆっくりと接近してくる一つの光点を捉えていた。
その光点は次第に形を現し、日本の有人宇宙船であることが確認される。
船長は直ちに通信を送った。
船長(第1クルー)
「こちらきぼう。第2クルーの姿勢安定を確認。これより誘導信号を送る。」
宇宙船側からも返答が入る。
「こちら第2クルー。誘導信号受信。自動接続へ移行する。」
双方のコンピュータが同期すると、自動誘導装置が作動し始めた。
有人宇宙船はわずかな噴射を繰り返しながら速度を慎重に調整し、ゆっくりとドッキングポートへ近づいていく。
数メートル。
数十センチ。
わずかな位置のずれもコンピュータが瞬時に修正し、機体は吸い寄せられるように接近していった。
そして、ガシャン。
静かな金属音が宇宙船全体へ伝わる。
ドッキング機構が完全に噛み合い、自動ロック装置が作動した。
続いて空気圧調整が始まり、両機の気圧が完全に一致したことを確認すると、ハッチのロックが解除される。
船長がゆっくりとハッチを開ける。
その向こうから、第2クルーが一人ずつ無重力の中を滑るようにステーション内部へ入ってきた。
船長は笑みを浮かべながら彼らを迎えた。
「ようこそ、きぼうへ。我らの家へ。」
その言葉に、第2クルーの表情も自然と和らぐ。
互いに握手を交わし、肩を叩き合い、無重力の中で笑顔が広がった。
こうして宇宙ステーション「きぼう」の乗員は5名から15名へと増加し、施設はようやく本格運用へ向けた第一歩を踏み出した。
第2クルーの順応週間
第2クルー10名は、ドッキング直後からそれぞれの持ち場へ向かうことはなかった。
きぼうステーションはまだ運用開始から間もない巨大施設であり、設備は正常に稼働しているとはいえ、宇宙という特殊環境で生活するには地上とは全く異なる感覚に身体を慣らさなければならなかったからである。
そのため宇宙軍では、新たに到着した乗組員全員に対し、約一週間をかけて環境へ適応するための「順応期間」を設けていた。
1日目:環境順応
到着初日、第2クルーは荷物を居住区へ運び込むと、すぐに順応訓練を開始した。
最初に行われたのは無重力空間での基本動作である。
地上では歩くことが当たり前だった彼らも、宇宙では壁や天井を軽く押すだけで反対側まで移動してしまう。
力を入れすぎれば壁へ激突し、弱すぎれば思うように進めない。
そのため、
無重力での姿勢制御訓練
手すりを利用した移動方法
身体を回転させずに方向転換する方法
緊急時の高速移動訓練
狭い通路でのすれ違い訓練
など、宇宙生活の基本動作を何度も繰り返した。
同時に宇宙酔いへの対策も行われた。
内耳が混乱することで発生する宇宙酔いは個人差が大きく、数時間で回復する者もいれば数日かかる者もいる。
医療担当は定期的に健康状態を確認し、脈拍・血圧・酸素飽和度・体温などを測定しながら、一人ひとりの体調変化を細かく記録していった。
さらに非常時を想定した避難訓練も実施された。
万一、火災や減圧事故が発生した場合に備え、
緊急脱出ポッドまでの最短経路
ハッチ閉鎖手順
区画隔離操作
消火装置の使用方法
非常通信装置の扱い
などを確認し、全員が時間内に行動できるまで繰り返し訓練が行われた。
最後に、第1クルーが各モジュールを案内しながら、生活区域・実験区域・通信室・医療室・非常設備などの配置を説明した。
また、宇宙では約90分で昼夜が入れ替わるため、照明を利用した人工的な昼夜サイクルに身体を合わせる生活リズムの調整も始まった。
2日目:設備運用訓練
二日目からは、きぼうステーションを維持するための各種設備について学ぶ時間となった。
宇宙では故障が命に直結する。
そのため全員が最低限の設備運用を理解していなければならなかった。
主な訓練内容は、
空調設備の監視方法
水循環装置の運用
酸素濃度・二酸化炭素濃度の調整
電力配分システムの確認
バッテリー交換手順
非常用電源への切り替え操作
などである。
さらに宇宙服の点検も重要な任務だった。
宇宙服は単なる服ではなく、一人分の小型宇宙船とも呼べる存在であり、
気密確認
酸素残量確認
通信機器点検
バッテリー交換
冷却水循環確認
推進ユニット動作確認
まで細かく確認された。
午後には船外活動を想定した模擬訓練も実施され、エアロックの使用手順や安全索の取り扱いなども繰り返し練習した。
その後、実験装置の初期校正も始まり、各担当班は観測機器や分析装置の精度を確認していった。
3日目:共同作業開始
三日目になると、第1クルーと第2クルーによる共同作業が始まった。
まず行われたのは食料管理の引き継ぎである。
半年分の食料は種類・保存期間・消費予定日ごとに細かく管理されており、
冷凍食品保管庫
常温保存区画
飲料水タンク
非常食保管庫
の配置や使用状況を、第1クルーが第2クルーへ説明した。
続いて廃棄物処理設備と資源再利用システムの運用方法を共有した。
宇宙では全ての資源が貴重であり、
使用済み水の再生
空気の再循環
可燃物・不燃物の分別
実験廃棄物の管理
などが厳格に決められていた。
午後には、第1クルーと第2クルー合同による各種シミュレーションが行われ、
通信途絶
電源喪失
モジュール減圧
太陽フレア発生
医療緊急事態
など様々な状況を想定した対応訓練が実施された。
この頃にはステーション全体が「15名体制モード」へ移行し、生活区域にも以前より活気が生まれていた。
4~6日目:科学実験スタート
環境への順応が完了すると、第2クルーは本来の任務である科学研究へと入った。
最初に開始されたのは無重力環境を利用した結晶育成実験だった。
地上では重力の影響で不純物が混ざる物質も、宇宙では極めて純度の高い結晶を育成できる。
続いて、
半導体材料の結晶成長
特殊合金の凝固実験
新素材の生成試験
などが進められた。
地球観測班は高性能観測装置を用い、
台風の発達状況
雲の分布
森林火災
火山活動
海流の変化
などをリアルタイムで観測し、地上へデータを送り続けた。
生命科学班は、
植物の発芽
根の成長方向
細胞分裂速度
微生物の繁殖
宇宙放射線が人体へ与える影響
などを継続的に調査した。
さらに、新たに搭載された日本製ロボットアームの動作試験も始まり、大型部材の運搬、ボルト締結、外壁点検などが予定通り行えることが確認された。
この頃になると役割分担も整理され、第2クルーは主に「観測・研究・実験」を担当し、第1クルーは「施設管理・設備保守・生活支援・実験補助」を中心に活動するようになった。
7日目:常態運用へ移行
順応期間最後の日。
会議室では第1クルー、第2クルー全員が集まり、初めての合同運営会議が開かれた。
大型モニターには地球がゆっくりと流れ、その青い光が会議室全体を照らしていた。
船長は運用状況を確認した後、静かに口を開いた。
「これで、きぼうステーションは予定していた第一段階の運用体制へ移行した。」
「環境制御、電力、通信、実験設備、生活区画、すべて安定している。」
「現在の稼働率は計画全体のおよそ三割だ。しかし、第3クルー、第4クルーが到着すれば、残るモジュールも本格稼働し、この施設は単なる宇宙ステーションではなく、一つの宇宙都市として機能し始めるだろう。」
その言葉に全員が静かに頷いた。
順応期間を終えた第2クルーは正式な任務へ入り、総勢15名となったきぼうステーションは、人類史上最大規模の宇宙居住施設として、安定した常態運用へと突入していった。




