413話 きぼう宇宙ステーション就役
ステーションの建設
1652年から建設が開始された宇宙ステーション「きぼう」は、日本が確立した再利用ロケットによる高頻度打ち上げと、自動組立ロボットによる軌道上建設を組み合わせることで、わずか1年にも満たない期間で第一期構造を完成させた。
これまで軌道上へ送り込まれた無数の構造材や機器、居住モジュール、太陽電池パネル、各種配管・配線は、一つひとつが正確に組み上げられ、巨大な人工構造物として宇宙空間に姿を現したのである。
完成した第一期構造の規模は当時としては圧倒的であり、日本の工業力と宇宙技術の結晶とも言える存在であった。
全長:約300m
重量:約900t
最大40名が同時滞在可能
重力実験区画
植物実験区画
将来的なモジュール増設を見越した拡張区画やハッチを完備
内部は単なる居住施設ではなく、研究・観測・整備・通信・生命維持など、それぞれの役割ごとに区画が分けられていた。
配線や配管も最初から将来の増設を前提として設計されており、新しい実験棟や居住区を接続できるよう余裕を持った構造となっていた。
この第一期構造だけでも、その規模は前世のISS(国際宇宙ステーション)の約3倍以上に達しており、一国家が単独で建設した宇宙施設としては前例のない巨大さであった。
日本は地球周回軌道上に、一つの「宇宙都市」の原型を完成させたのである。
きぼう活動開始
1653年春 宇宙ステーション「きぼう」へ人が渡る
第一期構造が完成した後、日本はすぐに有人運用へ移行したわけではなかった。
完成後の約半年間は、人が生活するための最終確認期間とされ、慎重な試験運用が続けられた。
この期間には、
全生命維持装置の連続運転試験
空気循環設備の長時間稼働試験
水再生設備の耐久確認
電力供給設備の負荷試験
通信設備の連続通信試験
各種センサー類の動作確認
非常時用バックアップ設備の点検
などが昼夜を問わず実施された。
さらに、自動組立ロボットや姿勢制御装置、軌道維持システムなども長期間にわたり監視され、有人活動に支障がないことが何度も確認された。
宇宙軍では、「人命を預かる施設である以上、一つの異常も見逃してはならない」が徹底され、あらゆる設備が想定以上の厳しい条件で試験された。
その結果、すべての性能が設計値を満たしていることが確認され、宇宙ステーションは正式に有人運用へ移行することとなった。
日本はすでに人工衛星を数多く軌道上へ展開し、宇宙空間では通信衛星や観測衛星が休むことなく運用されていた。
その中で「きぼう」もまた、静かに地球を周回し続け、日本独自の宇宙活動拠点として稼働していた。
そして1653年春。
ついに人類がこの巨大施設へ渡る日が訪れる。
日本宇宙軍は、第一期ステーション研究員の派遣を正式に決定した。
ローテーション制:6ヶ月ごとに交代
長期間にわたる宇宙滞在は身体への負担も大きいため、日本宇宙軍では当初からローテーション制度を採用した。
一度の滞在期間は約6ヶ月。
半年ごとに新しい乗員と交代し、地上へ帰還する方式である。
この制度により、
宇宙飛行士の健康維持
技術者の育成
継続的な研究活動
緊急時への対応能力
を同時に確保することが可能となった。
運用初年度は総勢35名の宇宙飛行士が常駐する体制が整えられた。




