412話 宇宙ステーション計画
「きぼうステーション計画」
再利用ロケット「TSURUシリーズ」の実用化により、日本はかつてない輸送能力を手に入れた。
ロケットを一度使って捨てる時代は終わりを告げ、打ち上げ、帰還、整備、再打ち上げという循環が確立されたことで、宇宙へ大量の物資を送り続けることが可能となった。
1653年。
宇宙軍・帝国大学・文部科学省は、この新たな輸送能力を最大限に活用する国家計画を発表する。
それが、日本初となる本格的宇宙ステーション建設計画「きぼうステーション計画」である。
「きぼう」という名に込められた意味
宇宙軍内部では様々な名称案が検討されたが、最終的に採用されたのは「きぼう」であった。
それは「未来への希望」を意味し、
次世代へ宇宙技術を受け継ぐこと
人類が宇宙へ生活圏を広げる第一歩であること
地球と宇宙を結ぶ象徴となること
という三つの願いが込められていた。
後にこの名称は、日本宇宙開発史を象徴する言葉として語り継がれることになる。
軌道上に選ばれた建設地点
宇宙軍は測位衛星、観測衛星から得られる膨大な軌道データを解析し、最適な建設地点を決定した。
選ばれた軌道は、
地上局との通信遅延が極めて小さい
通信局との交信時間が長い
TSURUの投入軌道と一致する
将来の月往還船との接続が容易
太陽光発電効率が高い
など、多くの条件を満たした場所だった。
建設開始前には数百回にも及ぶシミュレーションが行われ、人工衛星との干渉や宇宙デブリの危険性まで細かく検証されていた。
大量輸送体制による宇宙建設
TSURUシリーズは貨物仕様へ改修され、
小型貨物型
中型貨物型
大型貨物型
の三種類が運用された。
大型貨物型では一度の打ち上げで巨大モジュールを搭載し、中型・小型では設備や資材、補給物資を運搬する。
ロケットは毎日のように打ち上げられ、宇宙へ資材が送り込まれていった。
宇宙軍の発射管制室では、
「本日第一便、軌道投入完了。」
「第二便、予定時刻通り発射。」
という報告が絶え間なく続き、宇宙への輸送は完全な定期業務となっていた。
宇宙へ送り込まれた巨大構造物
建設初期に投入された部材は、いずれも巨大なものであった。
最初に運ばれたのは巨大な接続ハブである。
このハブを中心として、すべての施設が放射状に接続される設計となっていた。
続いて、
長さ100メートル級の大型太陽電池パネル
居住モジュール
実験棟一次構造体
観測設備搭載ユニット
空気再生装置
水循環システム
大型通信アンテナ
姿勢制御用推進モジュール
監視センサー
地球観測装置
などが次々と投入される。
地球周回軌道には、巨大な部材が静かに並び、日本製ロボットがその間を忙しく行き交う光景が広がっていた。
軌道組立ロボット
宇宙飛行士だけで巨大施設を組み立てることは危険であり、作業効率も低い。
そこで宇宙軍と帝国大学は、民間企業と共同で自律型宇宙作業ロボットの開発に成功した。
その名はORU
初期配備数は六機。
それぞれが役割を分担していた。
一機は部材を捕獲し、一機は大型アームで位置決めを行い、一機は高精度レーザー測距を担当し、残りは溶接・ボルト固定・配線接続・外壁点検を担当する。
六機は人工知能によって相互に連携し、人間が細かく指示を出さなくても自律的に建設を進めることができた。
ORUロボットは宇宙空間でアームを伸ばし、巨大なモジュール同士を正確に接続していく。
ボルト一本の位置ずれも許されず、数ミリ単位で姿勢を制御しながら接合する様子は、まるで宇宙空間に巨大な建築職人が存在するかのようだった。
完成したモジュールは次々と連結され、やがて一本の細長い構造物が形成される。
さらに太陽電池パネルが左右へ広がり、巨大アンテナが展開されると、その姿は一つの宇宙都市のような威容を見せ始めた。
当時の作業記録には、「人工衛星だけが漂っていた静かな宇宙に、ロボットが巨大な家を建て続けている。」
という印象的な一文が残されている。
世界の天文台を混乱させた巨大人工物
日本が秘密裏に建設を進める一方で、世界各国の天文台では奇妙な報告が相次いでいた。
夜空に、
星とは異なる規則正しい光
一直線に移動する強い反射光
長時間同じ軌道を周回する巨大な影
望遠鏡越しに見える細長い構造物
が観測され始めたのである。
しかし当時の望遠鏡では詳細を確認することはできず、
「未知の天体ではないか」
と議論が巻き起こった。
欧州各国の学会では日本の宇宙活動に関する調査委員会まで設置され、天文学者や技術者たちは日本大使館を何度も訪れた。
「軌道上で何を建設しているのか。」
「人工物なのか。」
「軍事施設なのか。」
「日本はどこまで宇宙へ進出したのか。」
しかし日本政府が公表した内容は一貫していた。
「日本の宇宙実験である。安全であり、他国に影響はない。」
それ以上の説明は一切行われず、設計図も公開されなかった。
世界各国は再び、日本の技術力の前に推測することしかできなかった。
宇宙開発の新時代
「きぼうステーション計画」は、単なる宇宙施設建設ではなかった。
それは、
月面基地建設の中継拠点
宇宙探査の補給基地
宇宙工学研究の中心施設
地球観測・災害監視の司令塔
宇宙軍の軌道運用拠点
という複数の役割を兼ね備えた、日本宇宙開発の中核施設として設計されていた。
再利用ロケットによる大量輸送と、自律型組立ロボットによる宇宙建設が結び付いたことで、日本は世界で初めて「宇宙に恒久的な巨大施設を築く国家」となった。




