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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第六章 覇権国のさらなる発展

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411/427

411話 ブーゲンビル島発射場

新たな宇宙インフラ


1650年、政府は民間にも宇宙空間の利用を解放した。


日本各地にロケット発射場や管制センターが整備される。


利益を求めることが必要になったため、日本政府を含め複数の企業は再利用ロケットをこぞって研究し始めた。


再利用ロケットを実用化するためには、ロケットだけでは不十分だった。


帰還する機体を安全に受け入れ、短時間で再び打ち上げられる施設が必要だったのである。


そこで日本宇宙軍は、発射基地の周囲に「ロケット帰還場(リカバリーゾーン)」を整備した。


帰還場は数十平方キロメートルにも及ぶ広さがあり、中央には耐熱コンクリートで造られた巨大着陸パッドが設置された。


周囲には


自動消火設備

高圧燃料補給設備

機体点検格納庫

エンジン整備工場

電子機器点検棟

部品交換施設


などが配置されていた。


帰還したブースターは着陸後すぐに整備車両が取り囲み、数時間以内に点検工程へ移される。


それまで一度飛べば廃棄されていたロケットは、この施設によって変わっていった。


再利用という概念


従来の宇宙開発では、一回の打ち上げごとに巨大なロケットを新たに製造する必要があった。


日本宇宙軍は、その常識そのものを覆した。


回収されたブースターは、


外板の損傷確認

エンジン内部の非破壊検査

燃料配管の交換

コンピュータ制御装置の診断

着陸脚の点検


などを受けるだけで再び使用できるよう設計されていた。


新品を毎回製造する必要がなくなったことで、


製造期間の短縮

資源消費の削減

打ち上げ準備期間の大幅短縮


が同時に実現される。


打ち上げコストの劇的な低下


再利用ロケット最大の恩恵は、圧倒的なコスト削減だった。


一段目ブースターはロケット全体の製造費の大半を占めていたため、それを何度も使用できるようになったことは国家財政にも大きな影響を与えた。


試算では、


TSURU-1では従来比約70%のコスト削減

TSURU-2では約65%

TSURU-3でも約60%


もの打ち上げ費用削減が見込まれた。


これにより、それまで国家事業でしか行えなかった宇宙利用は、


帝国大学

民間研究機関

通信会社

気象局

測量局


など、多くの組織が利用できるものへ変わっていく。


宇宙は特別な場所ではなく、日常的に利用する「新しい社会基盤」となり始めたのである。


宇宙港の運用体制も一新される


発射場では以前まで、一度ロケットを打ち上げると長期間設備の整備が必要だった。


しかし再利用型ロケットの運用開始後は、港のような運営へ変わっていく。


ロケット発射場では、


打ち上げ担当班

帰還誘導班

機体整備班

燃料補給班

電子制御班

安全管理班


が二十四時間体制で勤務し、発射と着陸が連続して行われるようになった。


発射されたブースターが数十分後には再び帰還し、整備を受ける光景は、日本国民にとっても宇宙開発が身近な存在になったことを象徴していた。


衛星打ち上げ能力は飛躍的に向上する


再利用技術の完成によって、日本の宇宙輸送能力はさらに拡大した。


TSURUシリーズは用途ごとに使い分けられ、


TSURU-1


小型通信衛星

地球観測衛星

学術研究衛星

実験衛星


TSURU-2


有人宇宙船

気象衛星

偵察衛星

宇宙ステーション補給船


TSURU-3


月面調査隊用の輸送船

月面基地建設資材

大型望遠鏡

惑星探査機

小惑星資源探査機


などを安定して打ち上げるようになった。


年間百機以上だった打ち上げ能力は、再利用化によってさらに増加し、日本は世界最大規模の宇宙輸送国家としての地位を確立していく。


世界が目撃


初めてTSURUシリーズが発射され、一段目ブースターがゆっくりと発射場へ帰還した日、その様子は民間報道会社に公開された。


巨大な機体は姿勢制御用スラスターで向きを変え、大気圏を安定して降下する。


最後の数百メートルではエンジンが再点火し、轟音を響かせながら速度を徐々に落としていく。


そして着陸脚を展開し、巨大な機体はほとんど揺れることなく着陸パッドへ降り立った。


着地と同時に歓声が上がり、宇宙軍関係者や技術者たちは互いに固く握手を交わした。


その映像を見た民間企業の技術者たちは驚きを隠せなかった。


「ロケットが戻ってきた。」


「宇宙開発そのものの常識を書き換えた。」


「これからの時代、宇宙へ行くたびに新しいロケットを造る必要はなくなるのか。」


この成功を境に、再利用ロケットは日本宇宙軍の標準装備となり、月面開発、小惑星探査、そして将来の火星開発へと続く日本宇宙計画の中核技術として運用されていくことになる。


新巨大ロケット発射場を建設


既存の羽合発射場は、人工衛星の大量打ち上げや有人宇宙船、さらには月面開発用輸送ロケットの運用によって、すでに能力の限界へ近づいていた。


発射回数が年々増加し、一つの発射台を複数の計画が取り合う状況も珍しくなくなっていたのである。


宇宙軍・空軍・帝国大学・宇宙開発庁は共同で調査を行い、今後数十年、数百年先までの宇宙開発を支えるには、まったく新しいロケット発射場が必要であるとの結論に達した。


明賢はその報告を受けると、即座に建設を命じた。


「宇宙はこれから我が国の第二の海となる。港が足りぬのであれば、新たに造ればよい。」


こうして新たなロケット発射場の建設地として選ばれたのが、広大な面積と安全な海域を持つブーゲンビル島であった。


ここには、日本史上最大規模となる宇宙発射基地が建設されることになる。


大型ロケット発射パッド(L-1/L-2)


発射場の中心部には、TSURU-3専用の超大型発射施設が二基建設された。


この施設は月面基地建設や大型探査機、大量物資輸送を目的とした超重量級ロケットのみを扱う。


発射台そのものは何十メートルもの高さを持ち、周囲には巨大な耐熱防護壁が設けられていた。


地下には、


巨大冷却水プール

発射制御室

燃料供給施設

電源管理設備

緊急停止システム


などが何層にも分かれて配置され、一つの地下都市とも言える規模となっていた。


発射時には数百万リットル単位の冷却水が一気に噴射され、猛烈な排熱と衝撃波から施設を保護する仕組みが採用されていた。


この発射台だけで、月面基地建設に必要な大型資材や居住モジュールを継続的に送り出す能力を備えていた。


中型ロケット発射パッド(M-1〜M-4)


大型発射施設の周囲には、TSURU-2専用となる中型発射パッドが四基並んで建設された。


ここでは、


有人宇宙船

気象衛星

通信衛星

宇宙ステーション補給船


などの打ち上げを担当する。


四基の発射台は完全に独立して運用できるため、点検中の施設があっても他の発射台では打ち上げが可能だった。


複数のロケットを並行して準備できることで、有人飛行の柔軟性も飛躍的に向上し、日本の宇宙輸送能力はさらに拡大していく。


小型ロケットクロスランチャー(S-1〜S-10)


衛星打ち上げ需要の急増に対応するため、小型ロケット専用のクロスランチャーが十基建設された。


TSURU-1は機体規模が小さいため、発射準備も短時間で済み、一基あたり一日に複数回の打ち上げが可能だった。


運用開始後には、


通信衛星

地球観測衛星

気象衛星

学術研究衛星

実験衛星


が次々と宇宙へ送り出される。


十基の発射台が同時に稼働する光景は壮観であり、日本は世界で初めて本格的な「大量衛星供給体制」を確立した国家となった。


自動着陸エリア


発射場の反対側には、再利用ブースター専用の巨大な帰還区域が整備された。


ここでは、切り離された一段目ブースターが自動操縦によって帰還する。


帰還エリアには数千基にも及ぶ各種センサーが配置され、


レーダー追跡

レーザー測距

気象観測装置

着地点解析システム


などが連携し、数センチ単位で着陸位置を制御していた。


夜間になると誘導灯が一直線に青く点灯し、巨大なランウェイ全体が幻想的な青白い光に包まれる。


遠くから眺めたその姿は、まるで未来都市そのものであり、初めて訪れた外国使節団は言葉を失ったという。


ロケット整備ドック


帰還したブースターは、そのまま巨大な整備ドックへ運ばれる。


ここでは海軍造船所で培われた大型艦艇整備技術が応用され、


分解

点検

部品交換

エンジン整備

電子機器更新

再組立


という工程が流れ作業で進められる。


各工程には専門技術者が配置され、非破壊検査装置や自動測定機器によって機体の状態を詳細に分析する。


必要な部品だけを交換し、問題がなければ短期間で再び飛行可能状態となる。


この整備システムにより、一段目ブースターの再利用率は90パーセント以上という驚異的な数値を記録した。


宇宙輸送コストの劇的な低下


再利用ロケットと新宇宙港の完成によって、日本政府の宇宙輸送能力は根本から変化した。


それまで国家的な大事業だった宇宙輸送は、継続的に運用できる社会インフラへと変わっていく。


運用開始後、


打ち上げコストは従来の五分の一から十分の一まで低下。

月探査は「数年に一度」から「毎年実施可能」な計画へ変化。

人工衛星の打ち上げも、特別な国家事業ではなく日常業務として実施されるようになった。


通信会社や研究機関、大学、民間企業までもが宇宙利用を前提とした事業計画を立て始め、日本国内では宇宙産業そのものが巨大市場へと成長していく。


こうして日本は、名実ともに世界初の宇宙輸送大国として新たな歴史を築いていく。


再利用ロケットは日常の風景になった


TSURUシリーズの本格運用が始まると、ブーゲンビル島宇宙港ではロケットの打ち上げが日常の光景となった。


早朝、まだ空が白み始める頃には最初の打ち上げ準備が始まり、昼には複数のロケットが連続して宇宙へ飛び立つ。


夕方には帰還したブースターが青い誘導灯に導かれて静かに着陸し、夜には整備ドックで次の飛行へ向けた点検が進められる。


発射と帰還は朝・昼・夜を問わず繰り返され、宇宙港では絶えずカウントダウン放送や逆噴射の轟音が響いていた。


着陸したブースターは宇宙軍・空軍・整備部隊によって迅速に整備され、およそ十日で再び発射可能な状態へ戻される。


宇宙軍ロケット整備主任は、整備員たちにこう語っていた。


「ロケットは船と同じだ。修理し、整備し、また海へ。いや、宇宙へ送り出す。それが我々の仕事だ。」


その思想は宇宙軍全体に浸透し、ロケットは「使い捨て」ではなく、「何度も飛び続ける輸送機」として扱われるようになった。


年間の打ち上げ回数は数百回に達し、運用経験は雪だるま式に蓄積されていく。


数多くの打ち上げと帰還を繰り返すことで、日本の誘導制御技術、エンジン技術、耐熱材料、整備技術はさらに洗練され、宇宙開発全体の技術水準は加速度的に向上していった。


再利用ロケットは特別な存在ではなく、日本国民にとって当たり前の風景となり、日本の宇宙時代を象徴する存在として世界中に知られるようになった。

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