392話 電力網の更新
電力社会の到来
大規模火力発電所と大規模水力発電網の建設は、日本各地で同時並行に進められていた。
第一次国家改造の時代に建設された発電所も順次増設され、新たな大型発電所が全国各地で稼働を開始する。
発電設備の大型化。
送電技術の向上。
変圧設備の高性能化。
これらの技術革新によって、日本の総発電量は年々増加を続けていた。
当初、電力は国家の安全保障を最優先に考えられ、軍事施設や軍需工場、重要研究施設、大規模工場へ優先供給されていた。
しかし1630年代に入る頃には、その状況が大きく変化する。
工業用需要を十分に満たしたうえで、それでもなお余るほどの発電能力を日本は持つようになったのである。
日本はついに、「剰余電力の時代」へ突入した。
政府は余剰となった電力を本格的に民間へ開放することを決定する。
全国各地では最新設備を備えた変電所が建設され、高圧送電線と配電網が張り巡らされていった。
家庭向け電源の供給も全国的に安定し、都市部では停電そのものが極めて稀な出来事となる。
夜になると街路灯が一斉に灯り、主要道路や駅前広場、公園、官公庁、学校、病院などは二十四時間明るく照らされた。
夜でも安心して外出できる都市。
夜間でも稼働できる工場。
深夜まで営業する商店。
日本人の生活時間そのものが変わり始めていた。
さらに家庭では電灯だけでなく、電動ポンプや送風機、小型冷暖房設備なども少しずつ普及し始める。
「電気は特別なもの」ではなく、「生活に欠かせないもの」という認識が国民の間に広がっていった。
この急速な電化は思わぬ問題も浮き彫りにした。
1610年代に建設された五階建て鉄骨住宅は、当時としては最先端の建築だった。
しかし、その設計は現在の大量電力消費社会を想定していなかったのである。
配線容量は不足し始め、最新家電を同時に使用すると負荷が集中する。
配管も上下水道や都市ガスへの全面対応が難しく、新しい設備を後付けするには限界があった。
通信ケーブルや新型電子機器用配線も十分なスペースを確保できない。
建物そのものは丈夫であっても、都市インフラとの適合性が失われつつあった。
日本政府は旧世代住宅を段階的に更新する国家計画を正式に決定した。
五階建て住宅の計画的解体と「都市再設計」
1630年代、日本の主要都市では人口増加が想定を大きく上回っていた。
東京。
大阪。
汎名。
シドニー。
山番市。
いずれの都市も人口は年々増え続け、住宅需要は拡大の一途をたどる。
五階建て住宅では、将来予測される人口を収容することは到底不可能だった。
そこで政府は、新たな都市整備計画を発表する。
「都市中心部に存在する旧世代集合住宅を計画的に解体し、新しい都市基準に基づく二十階級集合住宅群へ全面更新する。」
新しい住宅は、単に高さが増すだけではない。
最新の上下水道。
都市ガス。
安定した電力供給。
電話・通信配線。
将来の電子機器増設にも対応できる余裕ある配管。
耐震性能もさらに強化され、火災対策や避難設備も大幅に改善された。
住むためだけの建物ではなく、「未来を支える住宅」として設計されたのである。
解体は無計画に行われたわけではない。
政府は都市計画局を中心として、優先順位を細かく設定した。
最初に対象となったのは江戸城外周の官公庁地区。
行政機関の拡張に合わせ、周辺住宅も近代都市へ作り直される。
続いて工業地帯として発展が予定される地域。
大型工場や物流拠点が建設されることを見越し、都市機能全体が再設計された。
さらに鉄道網の主要駅周辺では、駅前広場や商業施設、高層住宅を一体化した新しい都市空間が形成される。
海沿いでは港湾整備と並行して大規模再開発が進み、巨大物流都市が次々と誕生していった。
建物を取り壊すだけでは終わらない。
道路は車線数を増やして拡幅される。
地下には巨大な共同配管トンネルが建設され、上水道、ガス管、送電線、通信線が一括管理されるようになった。
将来の設備更新も容易となり、日本の都市は保守性まで考慮された極めて合理的な構造へ進化していく。
こうして各都市は、単なる発展ではなく、「都市そのものを一から設計し直す」という世界でも例を見ない大改造を経験することになった。
土地制度が支えた円滑な都市再編
この大規模再開発が短期間で実現できた背景には、日本独自の土地制度が存在した。
日本では、前世の多くの国家のように個人が土地を永久所有する制度は採用されていない。
土地はすべて国家が保有し、国民や企業は使用権を借りて利用する仕組みとなっていた。
そのため都市計画が決定されれば、国家は代替住宅や代替施設を用意したうえで計画的な移転を実施できた。
住民も国家による補償と新住宅への入居が保証されていたため、大きな混乱は起こらない。
各家庭は新築住宅へ移り住み、旧住宅は速やかに解体される。
立ち退きを巡る長期的な対立や訴訟はほとんど発生せず、日本各地の都市再編は驚くほど円滑に進行した。
都市再編が進むにつれ、人々の暮らしも劇的に変化していった。
蛇口をひねれば、いつでも安全な水が出る。
ガスコンロの火は瞬時につき、料理の時間は大幅に短縮された。
夜になっても街は昼間のように明るく、子どもたちは安心して外を歩ける。
高層住宅にはエレベーターや近代的な共用設備が整えられ、人々は以前よりも快適な生活を送るようになった。
新しい街並みは美しく整備され、広い歩道や街路樹、公園が都市に潤いを与える。
人々は「より便利な生活」だけでなく、「より美しい都市」に暮らす喜びを感じ始めていた。
この国家規模の都市再編は単なる生活改善では終わらない。
高度な電力網。
巨大な通信網。
整備された地下インフラ。
高密度都市。
第二次国家大改造は、日本が未来へ飛躍するための礎として、後世まで語り継がれる国家事業となったのである。




