391話 日本大陸大改造論
日本大陸大改造論
1630年代日本国内で始まる「第二次国家大改造」
スペイン・ポルトガルとの戦いよりもはるか以前。
まだ日本が海外へ本格的に勢力を広げる前、国内基盤の強化を最優先としていた1630年代。
明賢の主導による「国家総インフラ刷新計画」は、本格的な実行段階へと入った。
第一次国家改造によって、日本全国には鉄道網や道路網、高層住宅、発電所など近代国家としての基礎が築かれていた。
しかし、明賢はその成果に満足していなかった。
「今あるものを維持するだけでは、いずれ世界に追いつかれる。」
「技術は完成した瞬間から古くなる。」
その考えのもと、日本は再び国家規模の大改造へ踏み出す。
後世では、この計画は「第二次国家大改造」、あるいは「日本大陸大改造論」と呼ばれるようになる。
それは都市だけではない。
道路。
港湾。
上下水道。
発電。
通信。
エネルギー。
住宅。
生活そのものを一から作り直す、日本史上最大規模の国家建設計画だった。
高層住宅の大量建設から「一段上の都市」へ
1610年代に建設された五階建て耐震鉄骨集合住宅は、当時としては世界中の建築技術を数百年先取りした革新的な建物だった。
耐震構造。
鉄骨フレーム。
防火設計。
共同住宅という新しい都市文化。
世界各国の建築家たちが、その存在を知れば驚愕するような建築物である。
しかし二十年余りが過ぎ、日本国内では人口が急増し、建築技術も飛躍的に発展していた。
問題点も次第に明らかになっていた。
上下水道はまだ十分に整備されておらず、住民は公園や共同施設に設置された給水設備を利用していた。
電力供給網も住宅数の増加に追いつかず、大量の家電を使用するには容量が不足し始めていた。
都市ガスは未整備で、家庭では炭や薪を使う生活がまだ残っている。
配管や配線も、新しい電子機器や通信設備へ対応できる規格ではなかった。
さらに人口増加によって住宅不足も深刻化していた。
これらの課題を解決するため、日本政府は全国の主要都市を対象とした大規模な建て替え計画を開始する。
古い住宅を順次取り壊し、新しい都市計画に基づいて再建設する。
街路は広げられ、公園も増設され、地下には新しいライフラインが整備されていく。
都市そのものを設計し直す。
例のない壮大な都市改造が始まったのである。
国家プロジェクト上下水道「完全近代化」
第二次国家改造の中でも、最優先とされたのが上下水道の整備だった。
国土交通省は全国の自治体へ向けて、新しい統一基準を発表する。
「日本国内すべての都市を、完全上下水道都市へ移行する。」
その計画は極めて大規模だった。
まず上水道では、各地方に巨大な浄水場が建設される。
河川やダムを水源として一元管理し、高度な浄水設備によって安全な飲料水を大量に供給できる体制が整えられた。
都市部へは大口径の送水管が地下深くまで敷設され、高圧ポンプシステムによって高層住宅の上階まで十分な水圧で送水できるようになる。
各家庭には水道メーターが設置され、使用量や漏水を自動監視する仕組みまで導入された。
一方、下水道も根本から作り直された。
生活排水と雨水を完全に分離する分流式下水道を全国標準として採用。
巨大な下水処理場が都市郊外に建設され、生活排水は高度処理されたうえで河川へ戻される。
地下には人が立って歩けるほど巨大な下水管が何本も敷設され、維持管理も容易になった。
これに伴い、日本国内では旧来の汲み取り式便所が計画的に廃止され、水洗トイレへの転換が急速に進められる。
衛生環境は劇的に改善し、感染症の発生率も大きく低下した。
この上下水道整備だけでも、世界のどの国も実現していない超近代的都市インフラであり、日本の都市は衛生面でも世界を圧倒する存在となっていった。
石油大量精製と都市ガス革命
同じ頃、日本は新大陸、南大陸、南嶺大陸における資源開発を本格化させていた。
豊富な油田の発見によって、日本は本土での限られた採掘に頼る資源国ではなく、世界有数の産油国家へと変貌していく。
軽質油。
重質油。
天然ガス。
その採掘量は年々増加し、国内需要を大きく上回る規模となっていた。
採掘された原油はタンカーで本土へ運ばれ、各地に建設された巨大精製プラントで精製される。
精製技術も急速に向上し、ガソリン、軽油、灯油、重油、化学原料などへ効率よく分離できるようになった。
さらに都市部では、天然ガスを利用した都市ガス供給網の建設が進む。
地下にはガス管が張り巡らされ、各家庭へ安全にガスが供給されるようになった。
寒冷地ではLPGの量産体制も整い、暖房設備や給湯設備が急速に普及する。
工場向けには高圧ガス供給網も整備され、これまで以上に高温・高効率な工業炉が使用できるようになった。
その結果、日本の重工業はさらに生産性を高め、製鉄、化学、機械製造などあらゆる産業が恩恵を受けることとなる。
家庭生活を変えた「ガス革命」
都市ガスの普及は、工業だけでなく人々の暮らしそのものを大きく変えた。
それまで家庭では炭や薪を使って火を起こし、調理や暖房を行うのが一般的だった。
火を起こすには時間がかかり、煙や煤も避けられない。
しかしガスコンロの登場によって、その常識は一変する。
つまみを回すだけで火がつく。
火力調整も自由自在。
煙も少なく、台所は清潔なまま保たれる。
料理時間は大幅に短縮され、家庭料理の幅も一気に広がった。
さらにガス給湯器の普及によって、家庭でいつでも温水を使えるようになる。
冬でも温かい湯で食器を洗い、風呂へ入り、洗濯を行うことが可能となった。
人々は初めて、「便利さ」が日常生活そのものを変えることを実感する。
新聞各紙はこれを「家庭革命」と報じ、多くの家庭では「日本政府誕生以来最大の生活改革」とまで語られるようになった。
工業国家としての日本だけでなく、人々が暮らす都市や家庭もまた、世界のどの国よりも近代的な姿へと生まれ変わっていったのである。




