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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第六章 覇権国のさらなる発展

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390話 戦後の経済発展

1640年にスペインとの戦争が終結すると、日本は2年も続いた戦時体制から平時体制へと完全に移行した。


戦場で勝利を収めたことで、日本は広大な領土と豊富な資源を手に入れたが、明賢をはじめとする政府首脳は「戦争に勝つこと」が目的ではないと考えていた。


真の目的は、その勝利によって得られた平和を利用し、国家をさらに豊かに発展させることである。


そのため政府は終戦直後から大規模な経済政策を打ち出した。


軍需工場を民需工場へ転換。


兵器工場では兵器生産転換能力を残しつつ工作機械や建設機械、農業機械、自動車部品などの生産を開始する。


各軍の国営研究所で開発されていた新素材や電子技術も、順次民間企業へ技術移転されていった。


戦争のために築かれた莫大な技術力、生産設備、人材、そのすべてが一斉に民間産業へ流れ込み、日本経済は歴史上かつてない速度で成長を始める。


後に歴史家たちは、この時代を「日本史上最大の経済成長の幕開け」と呼ぶようになるのであった。


国内経済は、まさに爆発的な勢いで発展していく。


葛城財閥を筆頭に、日本各地では新たな財閥や巨大企業が次々と誕生した。


造船。


重工業。


鉄道。


自動車。


鉱山。


製鉄。


電機。


通信。


建設。


航空。


化学。


医薬品。


繊維。


食品。


金融。


保険。


あらゆる分野で巨大企業が設立され、それぞれが独自の技術開発を競い合う。


東京、大阪、山番市をはじめとする大都市では工場が次々と建設され、地方都市でも新たな工業団地が誕生した。


煙突から立ち上る白煙。


昼夜を問わず稼働する工場。


港へ出入りする大型貨物船。


全国へ延びていく鉄道網。


日本そのものが巨大な建設現場となり、国全体が未来へ向かって走り続けているようだった。


企業同士の競争も年々激しくなる。


しかし、その競争は価格競争では終わらない。


「より速く。」


「より安全に。」


「より高性能に。」


各社は研究開発へ惜しみなく投資し、新技術を次々と生み出していく。


競争そのものが、日本全体の技術革新をさらに加速させる原動力となっていた。


そして、この日本には、前世とは決定的に異なる強みが存在していた。


それは、本土だけの国家ではないということである。


日本はすでに、新大陸。


南大陸(オーストラリア)。


南嶺大陸(アフリカ南部)。


さらに太平洋の島嶼部という広大な領土を保有していた。


それぞれの地域には、日本経済を支える膨大な資源が眠っている。


鉄鉱石。


石炭。


石油。


天然ガス。


レアアース。


銅。


アルミニウム。


ウラン。


森林資源。


穀物。


家畜。


漁業資源。


その多くを自国内だけで安定供給できる体制が整いつつあった。


採掘した資源は、日本企業によって精製され、日本国内の工場へ送られる。


工場では高品質な工業製品へ加工され、それらは国内市場で消費される。


資源の採掘。


輸送。


加工。


製造。


販売。


消費。


そのすべてが日本経済圏の中で完結する巨大な循環が形成されていた。


鎖国政策をして海外情勢に左右されにくい、高い自己完結性を持つ経済圏。


それこそが、この時代の日本最大の強みであった。


新領土の開発も急速に進んでいく。


各地へ鉄道が敷設され、道路が整備され、港湾が建設される。


鉱山の周囲には新しい町が生まれ、発電所や工場が建設される。


農地では最新の農業機械が導入され、生産量は毎年増加を続けた。


本土から多くの技術者や開拓民が移住し、新しい都市が次々と誕生する。


学校。


病院。


研究所。


役所。


住宅地。


映画館。


生活に必要な施設も整備され、人々は新天地で新たな人生を歩み始めていた。


「新領土」という言葉は、次第に「第二の故郷」という意味を持つようになっていく。


日本政府は依然として鎖国政策を維持していた。


アイデアや高度な工業技術や最先端製品を国外へ流出させないため、原則として輸出は禁止されている。


国外との交易も厳しく管理され、日本製品が海外市場へ大量に流れることはなかった。


しかし、それでも日本経済が停滞することは一切なかった。


理由は極めて単純だった。


国内市場そのものが、あまりにも巨大だったのである。


人口は毎年増加を続ける。1641年頃には日本の人口は8000万人を突破。


新領土への移住も活発化する。


新しい町ができれば住宅が必要になる。


住宅が増えれば家具や家電が売れる。


工場が建てば工作機械が必要になる。


鉄道が延びれば列車が必要になる。


港が整備されれば船が必要になる。


道路が整備されれば輸送トラックが必要になる。


需要が需要を生み、新たな産業を育てていく。


工場では昼夜二交代、三交代制で生産が続けられ、それでもなお供給が追いつかないほど内需は膨れ上がっていた。


日本経済は、海外へ依存することなく、自ら成長を続ける巨大市場へと進化していたのである。


人々の生活も大きく変わり始めていた。


都市では高層建築が増え、道路には自動車が行き交う。


家庭には電気が普及し、照明や電化製品が生活を便利にしていく。


映画館では新作映画が上映され、人々は休日になると家族や友人と街へ出かけるようになった。


Aoiの服は若者の憧れとなり、新しいファッション文化を生み出す。


全国各地では百貨店や大型商業施設も建設され、買い物そのものが一つの娯楽となっていく。


人々は「豊かさ」を実感し始めていた。


そして1641年。


日本は再び歴史を大きく変える技術を実用化する。


本格的な半導体の量産開始である。


最初は軍や研究機関向けだった半導体は、やがて民間企業へ供給されるようになる。


電子計算機。


通信装置。


制御装置。


測定機器。


産業用ロボット。


工場の自動制御装置。


これまで機械だけで動いていた世界へ、「電子」という新しい頭脳が組み込まれ始めた。


企業では膨大な計算を電子計算機が処理し始める。


工場では自動制御装置が生産ラインを管理する。


通信速度も飛躍的に向上し、企業同士の情報共有は以前とは比較にならないほど高速化した。


ソフトウェアという新しい産業も急速に成長し、若い技術者たちが電子工学や情報工学も志すようになる。


日本は、蒸気機関による機械文明から、電子技術を融合させる新しい文明へと静かに、しかし確実に歩み始めていた。


その変化は海外から見ても異常だった。


日本は鎖国を続けているため詳細は分からない。


しかし外洋を航行する日本の船舶や世界各地にある日本大使館の成長度合いを見るだけで、日本が毎年のように新技術を生み出していることは明らかだった。


「日本では、また新しい形の船舶が建造されたらしい。」


「もはや技術水準そのものが理解できない。」


この時代に誕生した企業の多くは、目先の利益だけを追うことはなかった。


技術者を育てる。


研究を続ける。


次世代へ技術を受け継ぐ。


そうした文化が企業へ根付き、百年、二百年という長い年月をかけて着実に成長を続けていく。


中には数百年の歴史を持つ老舗企業となるものも少なくなかった。


それらの企業は日本経済を支える大黒柱となり、世界最大の経済大国を築き上げる原動力となっていく。


こうして戦後から始まった経済成長は、一時的な好景気では終わらなかった。


それは、日本という国家が世界の覇者として歩み続けるための土台となり、後世の歴史書には「黄金発展時代の始まり」として大きく記されることになるのであった。

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