389話 葛城重工業株式会社
もちろん、本業である船舶開発を疎かにすることは一度もなかった。
航大にとって、船はすべての事業の原点であり、葛城造船株式会社という企業そのものを象徴する存在だったからである。
どれほど事業が拡大しようとも、新しい分野へ進出しようとも、最も多くの研究費と技術者が投入されるのは常に造船部門だった。
造船所では、毎日のように新型船舶の設計会議が開かれる。
船体構造。
推進機関。
燃料効率。
耐久性。
居住性。
安全性。
あらゆる項目について改良が重ねられ、航大自身も設計図を片手に現場へ足を運び、技術者たちと議論を交わしていた。
「もっと軽くできる。」
「しかし強度は落とせない。」
「船とは、国家の命を預かる機械だ。」
その言葉は、造船所で働く技術者たちの合言葉となっていった。
やがて、日本政府が国家事業として整備を進めていた全地球測位システムの運用が本格的に開始される。
人工衛星によって地球上の位置を高精度で測定できるという、世界の誰も想像していなかった技術である。
その発表を聞いた航大は、すぐさま開発部門を招集した。
「衛星が船の位置を教えてくれる時代になる。」
「ならば、その衛星を最大限に活用する船を世界で最初に造ろう。」
技術者たちは驚きながらも、その構想へ挑戦する。
研究の末、葛城造船株式会社は世界初となる衛星航法対応船を完成させた。
船橋には衛星測位航行装置が搭載され、常に現在位置を高精度で表示する。
従来のように天測航法や羅針盤だけへ頼る必要はない。
さらに潮流や風向、航路情報を統合し、自動で最適航路を計算する航行支援装置まで備えられていた。
船長は驚きを隠せなかった。
「夜でも、自船の位置が正確に分かる。」
「これなら座礁や衝突事故は大幅に減らせる。」
その安全性は日本中の海運関係者を驚かせ、葛城造船の船舶は「地球で最も安全な船」として高い評価を受けるようになる。
これによって、日本の造船技術はさらに大きく引き離していった。
しかし航大は、その成功に満足する人物ではなかった。
ある日、衛星から送られてくるデータを眺めながら静かに呟く。
「衛星を打ち上げる技術を他人へ頼るだけでは、本当の意味で独立した企業とは言えない。」
その言葉を聞いた弟・大和は微笑みながら答えた。
「兄さんなら、そう言うと思っていました。」
「実は、そのための資料をすでに準備しています。」
机の上へ置かれた資料には、新たな事業計画が記されていた。
『宇宙開発部門設立計画』
航大は迷うことなく署名する。
こうして葛城造船株式会社は、新たに宇宙開発部門を設立し、自社によるロケット開発計画を正式に始動させた。
大型船舶で培った巨大構造物製造技術。
高出力エンジン開発技術。
燃料管理技術。
極限環境下での安全設計。
それらは宇宙ロケットにも数多く応用できることが分かっていた。
海を制した技術を、今度は宇宙へ。
葛城造船株式会社は、日本政府の宇宙計画を支えるだけでなく、自社独自の宇宙産業への挑戦を開始したのである。
一方で航大は、「すべてを自社だけで作る」という考え方は持っていなかった。
日本中には、自分たちより優れた技術を持つ企業が数多く存在する。
ならば、その力を競い合うのではなく、共に成長する仕組みを作ればよい。
それが航大の考えだった。
優れた技術を持つ企業があれば共同開発を申し込む。
将来性がある企業には積極的に出資する。
経営が苦しいが高い技術力を持つ会社には資金援助を行う。
必要であれば買収し、独立性を保ったまま子会社として迎え入れる。
「技術は失わせてはいけない。」
「人材こそ最大の財産だ。」
それが航大の口癖だった。
その豊富な資本力と、日本全国に築き上げた人脈を武器に、葛城造船株式会社は次々と企業との連携を進めていく。
造船。
鉄道。
鉱山。
重機。
発電設備。
港湾建設。
物流。
保険。
機械製造。
通信。
そして宇宙開発。
それぞれの分野で高い技術を持つ企業が、次々と葛城造船株式会社の企業グループへ加わっていった。
もちろん、その経営戦略を描いていたのは弟・大和である。
毎日のように国内外の経済資料へ目を通し、未来の社会を予測する。
産業構造の変化。
科学技術の進歩。
国家政策。
国内の市場の変化。
そのすべてを分析し、「これから必ず必要になる産業」へ誰よりも早く投資する。
「十年後には通信が重要になります。」
「二十年後には宇宙産業が国家を支えます。」
「資源だけではなく、情報を制する企業が世界を制します。」
航大は弟の未来予測を疑うことは一度もなかった。
「ならば始めよう。」
その一言で、新たな事業が動き出す。
兄は実行する。
弟は未来を描く。
二人の役割は、長い年月を経ても変わることはなかった。
その連携は年々完成度を増し、日本中の経営者たちから「最強の兄弟」と称されるようになる。
そして、ついにその時が訪れる。
葛城造船株式会社を中心として築き上げられた巨大企業群は、一企業という枠を完全に超え、一つの巨大な経済圏を形成するまでに成長していた。
造船。
重工業。
鉱山開発。
物流。
保険。
鉄道。
港湾。
発電。
エネルギー。
機械製造。
通信。
宇宙開発。
それぞれの産業が互いに支え合い、一つの巨大な企業集団として機能する。
その経済規模は、一部の国家予算にも匹敵するとまで評され、日本経済そのものへ大きな影響を与える存在となっていた。
航大は葛城造船株式会社から名前を変更する。
葛城重工業株式会社。
新聞各紙は一斉に報じる。
「日本初の本格的重工業会社、誕生。」
「産業を支える巨大企業群。」
「国家経済を動かす新たな中枢。」
人々は、その企業集団を一つの名前で呼ぶようになる。
『葛城財閥』
その誕生は、一企業の成功ではなかった。
日本が世界一の工業国家として歩み続ける、新たな時代の幕開けを象徴する歴史的な出来事として、後世まで語り継がれていくのであった。




