393話 住宅の更新
1630年代。
第二次国家大改造が本格化する中、日本政府は都市インフラの刷新と並行して、新たな住宅建築基準の策定を進めていた。
上下水道。
都市ガス。
電力。
通信網。
これらすべてが近代化された以上、それに見合う住宅も必要になる。
そこで政府は、全国で共通となる「次世代集合住宅統一基準」を正式に制定した。
その設計の根底にあったのは、「30年先まで使える住宅を造る」という理念である。
前世の知識を持つ明賢が監修したその住宅は、前世に日本に存在した高層マンションをほぼ再現し、一部ではそれを上回る性能を持っていた。
この住宅群はのちに「高層住宅第一世代」と呼ばれるようになる。
新基準住宅の最大の特徴は、その圧倒的な規模だった。
建物は標準で二十階建て。
構造には鉄筋コンクリート(RC造)が採用され、高い耐震性と耐火性能を両立している。
鉄骨だけではなく、鉄筋と高強度コンクリートを組み合わせることで、巨大建築でありながら長寿命化も実現した。
さらに、日本特有の地震へ対応するため、
免震構造。
耐震構造。
制震構造。
これら三つの技術を組み合わせた複合耐震システムが導入される。
地震の揺れを建物へ直接伝えず、建物内部でも揺れを吸収分散させる設計であり、住民が感じる揺れは従来の建築物とは比較にならないほど小さかった。
各棟には大型エレベーターが最低二基設置される。
人口の多い住宅では三基、四基と増設され、高層階でも待ち時間を最小限に抑える工夫がなされた。
二十階という高さを日常生活の中で不自由なく利用できるよう、建築と工学の粋が集められていた。
新基準住宅では、各住戸そのものも従来とは比較にならないほど快適だった。
まず、安定した電力が各階・各住戸へ直接供給される。
大型変電設備との直結により、家庭用電気機器を同時に使用しても電圧が不安定になることはほとんどなかった。
上下水道も各部屋へ直接引き込まれ、蛇口をひねればいつでも安全な水が利用できる。
生活排水は自動的に下水道へ送られ、衛生環境は飛躍的に向上した。
さらに都市ガスも全戸へ供給される。
台所にはガスコンロが標準装備され、地域によってはIHコンロも採用された。
火力調整は自由自在で、従来の炭火や薪とは比べものにならない利便性を実現している。
浴室には給湯設備が整えられ、
大型バスタブ。
シャワー。
温水供給装置。
これらが標準仕様となった。
洗面所には近代的な洗面台が設置され、トイレは最新式の水洗設備を採用。
さらに全館空調システムと二十四時間換気設備まで備えられ、夏は涼しく冬は暖かい快適な居住空間が維持された。
世界では王宮ですら存在しない設備が、一般市民向け住宅へ標準装備されていたのである。
住民たちを最も驚かせた設備の一つが、各階に設置されたゴミ収集設備だった。
各階には専用のゴミ置き場が設けられ、その奥には巨大なダストシュートが縦方向へ貫通している。
住民はゴミを分別し、所定の投入口へ入れるだけでよい。
ゴミは重力によって地下の集積室へ運ばれ、管理員がまとめて回収する仕組みだった。
これまでのように重い荷物を持って何階も階段を下り、集積所へ持ち込む必要はない。
高齢者や子どもでも容易に利用でき、衛生管理も徹底されていた。
計画都市として整備された住宅街
政府は住宅だけを建設したわけではなかった。
住宅を中心として都市そのものを設計し直したのである。
都市計画法によって、建物同士の間隔や道路幅、公園面積まで細かく規定された。
二十階建てマンションは一定の距離を保ちながら配置され、日照や風通しが十分確保される。
住宅街の中心には保育施設が置かれ、その周囲には病院、消防署、警察施設、小売店、公園、運動広場などが計画的に配置された。
歩車分離された広い道路には街路樹が植えられ、自動車と歩行者の安全が確保される。
生活に必要な施設はすべて徒歩圏内に集約され、「歩いて暮らせる街」が実現した。
住宅だけではなく、人々の生活そのものが設計された都市。
それが新しい日本の都市計画だった。
この新基準住宅は、本土だけに建設されたわけではない。
東京。
大阪。
名古屋。
神戸。
福岡。
札幌。
仙台。
本土の主要都市では中心市街地から順次建設が始まり、高層住宅群が都市景観を大きく変えていった。
新大陸では山番市をはじめ、チワワ周辺、日本が整備した沿岸都市や内陸都市で大規模再開発が進む。
南大陸ではシドニー、メルボルン、ブリスベン、大都市などで同様の住宅群が建設された。
日本中のどの都市へ行っても同じ品質の住宅へ住める。
こうして日本の主要都市は次々と近代都市へ姿を変え、世界中の人々が想像すらできない「未来都市」が各地に誕生していった。
高層住宅によって都市人口の収容能力は飛躍的に増加し、大量の労働者を受け入れることが可能となった。
人口の増加は産業の拡大を生み、産業の発展はさらなる都市建設を促す。
教育機関や研究施設も充実し、科学技術の発展速度も一段と加速していった。
この「新基準高層住宅」の誕生は、単なる住宅改革ではない。
日本という国家全体が、都市文明を数世紀先へ押し進める決定的な転換点となったのである。




