379話 謎の光
1640年代後半。
世界各地の天文台では、ある奇妙な現象が静かに話題となり始めていた。
夜空を何十年、何百年と観測し続けてきた天文学者たちが、これまで一度も見たことのない「光」を目撃し始めたのである。
ある夜、観測記録を書き込んでいた学者が突然手を止めた。
「あれは何だ?」
望遠鏡の視界の中で、星とは違う一つの光点がゆっくりと動いていた。
恒星のように決まった位置に留まるわけでもなく、惑星のように決まった軌道を描くわけでもない。
一定の速度で夜空を横切り、やがて地球の影へ入ると、まるで灯火を消したように突然姿を消した。
「消えた?」
翌晩も同じ時間になると、ほぼ同じ軌道を別の光点が通過する。
その翌日にはまた別の光。
観測者たちは何度も望遠鏡を調整し、レンズの汚れや観測ミスを疑った。
しかし何度確認しても、その光は確かに存在していた。
各国で相次ぐ報告
同じ頃、スペイン、ポルトガル、イギリス、フランス、オランダ、さらにはオスマンや神聖ローマ帝国でも、似たような観測報告が相次いだ。
「星が動いている。」
「いや、惑星ではない。」
「尾もない。彗星でもない。」
「一定速度で空を横切る。」
「しかも毎日現れる。」
学者たちは過去数百年分の天体記録を引っ張り出し、星図と照らし合わせた。
しかし一致する天体は存在しない。
ある学者は、「新しい種類の天体ではないか。」と主張し、別の学者は、「神が示した新たな徴候ではないか。」と真剣に議論した。
王侯貴族の中には、「戦争の前兆だ。」と恐れる者まで現れた。
もちろん、その正体は天体などではない。
日本が打ち上げた人工衛星だった。
観測衛星。
通信衛星。
気象観測衛星。
測位衛星。
軍事衛星。
すでに五十機を超える衛星が、それぞれ異なる軌道を周回しており、太陽光を反射するたびに、地上からは「動く星」として見えていたのである。
衛星の太陽電池パネルや通信アンテナが特定の角度で太陽光を反射すると、夜空では一等星にも匹敵するほど明るく輝くことがあった。
その光は数秒から数十秒だけ現れ、再び暗闇へ消えていく。
疑問を抱いた各国の科学者や技術者たちは、日本大使館へ次々と足を運ぶようになった。
スペイン。
ポルトガル。
イギリス。
フランス。
オランダ。
ロシア。
さらには各国の大学研究者や王立学会の研究者までが、競うように日本へ問い合わせを始めた。
「日本は空の光点について何か知っているのでは?」
「星の位置が変わる理由を説明してほしい。」
「これは日本の新しい観測技術なのか。」
「ぜひ共同研究を申し出たい。」
朝から夕方まで、各国の大使館の応接室には学者が入れ替わり立ち替わり訪れた。
外交官たちは、同じ質問を何十回、何百回と受け続けることになる。
各国の日本大使館は、状況を詳細な報告書にまとめて東京へ送った。
報告書にはこう記されていた。
「ここ数か月、天文学に関する問い合わせ件数は通常時の百倍以上に達しております。」
「各国の科学者は、夜空を移動する発光体について強い関心を示しており、日本が何らかの技術を保有していると確信しております。」
「今後も問い合わせは増加する見込みです。」
「外交上の対応方針を早急に示されたい。」
この報告書は外務省を経由し、
宇宙軍。
空軍。
文部科学省。
帝国大学。
そして明賢のもとへ届けられた。
報告書を読み終えた明賢は、静かに机へ置いた。
「予想より早かったな。」
部屋には宇宙軍司令官、空軍司令官、外務大臣、帝国大学総長らが集まっていた。
宇宙軍司令官が口を開く。
「大型通信衛星の反射光は避けられません。軌道を変えても、いずれ各国の望遠鏡に映ります。」
空軍司令官も続けた。
「隠し続ければ、日本が未知の兵器を空へ配備したとの噂が広がる危険があります。」
外務省は慎重だった。
「しかし衛星技術そのものを明かすのは危険です。」
「世界各国との技術格差は相当なものがあります。」
「原理まで説明すれば、各国が研究を始めるきっかけになります。」
会議では意見が真っ二つに割れた。
「まだ隠すべきだ。」
「最低限だけ公表すべきだ。」
「能力は秘匿し、存在だけ認めるべきだ。」
数時間に及ぶ議論の末、明賢が結論を下した。
「人工衛星の存在だけを認める。」
「しかし用途も性能も軌道も数量も、一切説明しない。」
それが日本政府の最終決定だった。
当時の望遠鏡では、人工衛星そのものの形状を識別することは不可能である。
日本はその事実を最大限に利用し、技術流出を防ぎながら、世界の疑念だけを和らげる方針を選択した。
まもなく各国の日本大使館には、統一された回答文書が送られた。
外交官たちは、訪れた科学者たちへ同じ内容を静かに伝える。
「夜空に現れる発光体は、日本が運用する新型観測装置によるものです。」
「詳細につきましては国家機密であるため、お答えできません。」
説明は、それだけだった。
しかし、この短い発表は世界中へ瞬く間に広がり、「日本は天に星を浮かべる国」という新たな伝説を生み出すことになる。




