380話 天を操る国
日本政府が「人工衛星の存在」を認めたという知らせは、海を越え、大陸を越え、数週間のうちに世界中へと広がっていった。
最初は半信半疑だった各国も、日本大使館からの正式な回答を受け、ついに否定することができなくなる。
夜空を移動するあの光は、自然現象でも神の奇跡でもない。
日本という国家が、人の手で宇宙へ送り込んだ人工の物体。
その事実は、当時の人類の常識を根底から覆した。
ヨーロッパ各国の学会では、急遽、臨時会議が開かれた。
巨大な黒板には、観測された光点の軌道が何本も描かれている。
しかし、誰一人としてその運動を説明できなかった。
ある天文学者は机を叩きながら叫ぶ。
「この速度、この周期は本当に人間が制御しているとしか思えない。」
部屋は静まり返った。
誰もその結論を口にしたくなかった。
だが、一人の老教授が震える声で言った。
「日本は、空に物体を浮かべたのだ。」
その瞬間、部屋には重苦しい沈黙だけが残った。
世界中の天文学者は、夜になるたび望遠鏡を空へ向けた。
これまで何百年も変わらなかった星空。
そこへ突然現れ、規則正しく移動していく人工の光。
「昨日はこの位置、今日はここだ。」
「間違いない。日本は軌道を計算している。」
「星を利用しているのではない。星の周りを飛ばしているんだ。」
それは、人類が初めて宇宙を利用する文明を目撃した瞬間でもあった。
物理学者・数学者たち
物理学者は重力理論を書き直し始めた。
数学者は、軌道を解析しようと毎日計算を続ける。
しかし答えは出ない。
「この計算量では、十年かかっても追いつけない。」
「日本は一体どんな計算方法を使っている?」
「我々が知らない数学体系が存在するのか。」
各国軍でも緊急会議が開かれた。
机の上には、日本の人工衛星の軌道が描かれた地図。
ある将軍が口を開く。
「もし、あれで世界中を見渡せるのなら。」
別の将軍が続ける。
「我々の艦隊も、出港した瞬間に把握される。」
さらに若い参謀が言った。
「戦争が始まる前から、日本だけは全てを知っている。」
会議室は静まり返る。
各国の宮殿でも話題は日本一色だった。
「空に物を浮かせる国。」
「もはや大砲や城では勝負にならぬ。」
「日本は空そのものを手に入れた。」
ある王は側近に静かに言った。
「日本と敵対することは、神に挑むことと変わらぬ。」
その言葉は、やがて各国の外交官にも共有されていく。
日本は世界最強の海軍を持つ。
世界最大の経済力を持つ。
科学技術は他国を圧倒している。
そして今、人類で唯一宇宙を自由に利用できる国家となった。
問題は、「日本が何を持っているか」ではない。
「日本がどこまで進んでいるのか、誰にも分からない。」という計り知れなさだった。
未知であること。
それ自体が、世界最大の抑止力となっていた。
日本との外交を担当する各国の使節たちは、互いに顔を見合わせながら語り合う。
「我々は日本を理解していると思っていた。」
「違う。」
「我々は日本の背中すら見えていなかった。」
そして、ある外交官が呟いた。
「日本は大地だけではない。海だけでもない。ついに天までも支配する国になったのだ。」
やがて世界中で語られるようになっていった。




