378話 宇宙研究
月面観測装置のフル稼働
有人月面探査隊が帰還したあとも、月面に残された数々の観測装置は任務を続けていた。
灰色の大地には人影こそないものの、そこには小さな観測網が広がっている。
太陽電池パネルは常に発電し、昼夜を問わず各装置は黙々と観測を続ける。
月面各地には、三人が設置した観測機器が配置されている。
大型観測装置(遠隔天文観測)
気象観測ユニット(誤差測定用)
月震計
地下ボーリング観測装置
調査ローバー(自動巡回)
小型通信中継装置数台
放射線観測装置
温度・地表変動センサー
太陽風観測装置
それぞれが独立した電源を持ち、必要に応じて互いに通信しながら観測を続けていた。
一定時間ごとに、月面通信ビーコンが地球へ向けてアンテナを自動で旋回させる。
誘導ビーコンが方向を補正し、通信中継装置が信号を束ねる。
何百万という観測データが、光の速さで地球へ送信された。
月と地球を結ぶ電波は、何秒かの遅れを伴いながらも、途切れることなく日本へ届いていく。
羽合宇宙センターでは、大型受信アンテナがその信号を捉え、受信ランプが次々と点灯した。
「月面データ受信開始。」
「通信状態良好。」
「パケット欠損率0.001%以下。」
「非常に安定しています。」
巨大な装置が一斉に動き出し、数千万件にも及ぶ観測情報が自動で整理・分類されていく。
地球との比較観測
研究者たちは、月面から送られてくる情報を地球側の観測データと照合していった。
現在、日本はすでに多数の気象衛星を運用している。
そこへ月面という「第二の観測地点」が加わったことで、今まで見ることのできなかった角度から地球全体を同時に観測できるようになった。
帝国大学の教授はモニターを見つめながら言う。
「衛星だけでは見えなかった大気の流れが、月側からだとはっきり追える。」
「磁気圏の変動も誤差が一気に減った。」
「太陽風の影響も立体的に解析できる。」
月面から送られるデータと、地球周回衛星から送られるデータ。
二つを重ね合わせることで、地球大気の構造、磁気圏の挙動、そして太陽活動周期の解析は、とてつもない速度で進歩していった。
月面ではローバーが今日も静かに走り続けていた。
プログラムされた巡回ルートに従い、車輪はレゴリスの上へ新しい轍を刻んでいく。
昼の灼熱。
夜の極寒。
その両方を経験しながらも、ローバーは止まることなく前進を続けた。
障害物を検知すると自動で回避し、必要に応じて地形を三次元スキャンする。
暗いクレーターへ近づくと、高出力LEDライトが点灯した。
真っ黒な闇が照らされ、誰も見たことのない月面内部の姿が映し出される。
「クレーター内部映像、受信。」
「高解像度画像を保存。」
「地下反射波、正常。」
巨大スクリーンには、今まで人類が一度も見たことのない映像が次々と映し出された。
研究員たちは画面に釘付けになった。
月面から送られる観測データは、一日として途切れることがなかった。
宇宙軍。
空軍。
帝国大学。
三者は合同研究体制を築き、昼夜を問わず解析と開発を続ける。
研究棟の明かりは深夜になっても消えず、廊下には設計図や試験結果を抱えた研究者たちが絶えず行き交っていた。
「このデータを推進系へ回せ!」
「耐熱材チームにも共有だ!」
「航法班、シミュレーション更新!」
「レーダー解析結果を材料研究へ送れ!」
一つの成果が、次の成果を生み出していく。
その速度は誰にも止められなかった。
ロケットの改良
月面ミッションで得られた実測データを基に、新しい燃焼制御方式、軽量構造、耐熱材の改良が一斉に始まった。
試験施設では毎日のように燃焼実験が繰り返され、新型エンジンの設計図が何枚も描き直されていく。
「推力効率がさらに七%向上しました。」
「燃焼室温度も許容範囲内です。」
「再使用回数は大幅に伸ばせます。」
その結果、次世代打ち上げロケットは何度でも再利用できる構造となり、前世のSTARSHIPにも匹敵する性能を、この時代に実現できる見込みが立った。
航法技術の進化
月面誘導ビーコン、探査ローバー、自動航法プログラム。
これらで培われた技術は航空・宇宙分野へ一気に応用された。
人工衛星群も急速に増強され、日本独自の全地球測位網(GPS網)の構築が本格的に始まる。
「誤差1メートル以下。」
「艦艇も同じ測位情報を共有できます。」
「世界初の本格衛星測位網になります。」
月面通信ビーコンは、帰還後も一度も停止することなく運用を続けていた。
通信品質は予想を上回り、将来的な月面局地通信ネットワーク構築計画が正式に立案される。
これは次の月面基地建設へ直結する重要な技術基盤となった。
材料・エネルギー研究
持ち帰られたレゴリスや微量物質からは、耐放射線材料、超軽量複合材、ナノ構造材料などの研究が急速に進められる。
実験室では昼夜を問わず分析装置が動き続け、毎日のように新しい論文や試験報告書が積み上がっていった。
月面探査成功から数か月。
日本は世界の誰にも知られることなく、宇宙開発において数百年先を歩む国家となっていた。
その成果をまとめた報告書を静かに閉じると、明賢は次の計画書を机の上へ広げる。
彼の視線の先には、すでに「次の宇宙時代」が描かれていた。
「ここまではまだ第二段階だ。」
そう呟くと、明賢は次なる三大宇宙計画を同時に始動させた。




