363話 月面基地到着
小型住居モジュールへ到着
ローバーは速度を落とし、慎重に目的地へ近づいていく。
前方には、銀白色の構造物が静かに月面へ佇んでいた。
先行して送り込まれた無人探査機によって設置された、小型住居モジュールである。
月面には風が存在しない。
そのため、建設当時のタイヤ跡や作業跡が、そのままの姿で残されていた。
橘はローバーを停止位置へ誘導する。
「目的地まで5メートル。」
「停止。」
静かな駆動音とともに、ローバーがゆっくり停止した。
三人は周囲を見回す。
目の前にある住居モジュールは、前世でいう月面基地用インフレータブルハブの初期型を基に開発されたものだった。
打ち上げ時は、円筒状に折り畳まれて輸送されていた。
しかし月面へ到着した後、無人探査機が自律作業を行い、内部フレームを展開。
外壁へ気密構造を形成し、現在の形へ完成させていた。
外壁は白く、太陽光を受けて淡く輝いている。
断熱層を兼ねた多層構造の外皮には、細かな補強リブが規則正しく並んでいた。
上部には大型の太陽光パネル。
側面には通信アンテナ。
さらに非常用バッテリー収納部も確認できる。
長谷川がゆっくりと周囲を撮影する。
「こうして見ると、本当に基地らしく見えるな。」
進藤も感心したように頷く。
「無人探査機だけで、ここまで組み上げたんだから大したものだ。」
橘はローバーから降りる。
住居モジュールの外壁へ近づき、手袋越しに軽く表面へ触れた。
固定ボルト。
接続部。
外壁パネル。
太陽光パネルの角度。
通信アンテナ。
一つひとつ目視確認していく。
異常なし。
「こちら橘。」
「居住区外装点検を実施。」
「外装に異常なし。」
さらに周囲を一周する。
「気密部正常。」
「太陽電池正常。」
「通信設備正常。」
「全体状態、良好だ。」
管制から返答が届く。
「こちら管制。」
「モジュールの外部状態、映像でも確認した。」
「良好を確認。」
進藤は入口を見つめながら言った。
「内部点検も早くしたいところだけど」
少し視線を右へ向ける。
「まずは観測装置だな。」
橘も頷く。
「予定通り、外部設備を先に立ち上げる。」
三人は住居モジュールをあとにし、その隣へ並ぶ大型コンテナへ歩いていった。
大型観測装置の展開作業
住居モジュールから十数メートル。
そこには輸送コンテナが静かに設置されていた。
月面用貨物コンテナ。
外壁には大きく日本語で記されている。
「月震探査・地下レーダー統合観測装置」
その下には識別番号。
運用記号。
注意表示。
そして日本国宇宙軍の紋章が描かれていた。
長谷川はカメラを向ける。
「コンテナ、撮影。」
全てを記録していく。
橘は操作盤の前へ立った。
安全ロックを確認。
すべて正常。
赤い安全ピンをゆっくり抜く。
「安全装置解除。」
続いて展開スイッチへ手を伸ばした。
「展開する。」
スイッチを押し込む。
その直後。
コンテナ内部で装置が起動した。
上部パネルがゆっくり開く。
内部から伸縮式アームが持ち上がった。
まず最初に現れたのは、地震観測統括パネル。
収納状態からゆっくり立ち上がり、所定の角度で固定される。
続いて、深部探査レーダー用アンテナ。
長いアームが左右へ展開し、ゆっくりと月面へ降ろされていく。
さらに。
温度・放射線複合センサー。
ローバーとの中継アンテナ。
一つずつ順番に展開される。
長谷川は歩きながら撮影を続ける。
展開するアーム。
固定される装置。
動く油圧機構。
全てを余すことなく記録した。
「この映像。」
彼は少し笑う。
「地球に持ち帰ったとき、確実に重要なデータになるな。」
進藤は工具ケースを開く。
固定アンカーを取り出す。
観測装置の指定位置へ差し込み、専用ハンマーで慎重に打ち込んでいく。
低重力のため、力加減を細かく調整しながら固定する。
全ての固定を終えたあと、通信ケーブルを接続する。
コネクターを確認。
ロック。
導通確認。
表示灯が緑へ変わる。
進藤は報告した。
「アンカー固定良好。」
「配線接続する。」
最後のケーブルを差し込む。
カチッ。
「通信ライン接続完了。」
橘もモニターを確認する。
「全機器、展開完了。」
観測装置、起動
全装置の設置が終わると、橘は中央制御パネルの前へ立った。
透明な保護カバーを開く。
その下には、起動スイッチが並んでいる。
地震観測。
地下レーダー。
環境観測。
ローバー連携。
橘は一つひとつ確認した。
「電源正常。」
「通信正常。」
そして、起動スイッチを押す。
表示灯が一つ点灯する。
続いて二つ。
最後の表示灯も緑へ変わった。
橘は静かに報告する。
「システム起動。」
「データリンク起動。」
進藤は携帯端末を確認する。
地震計。
感度正常。
地下レーダー。
初期スキャン開始。
温度センサー。
正常。
放射線量。
正常。
彼女は画面を見つめながら言う。
「地震計反応正常。」
「地下レーダーのスキャン開始。」
その瞬間、制御パネルへ月地下の概略断面図がゆっくり表示され始めた。
まだ粗い画像ではある。
しかし地下構造が、少しずつ輪郭を現していく。
長谷川はその画面も逃さず撮影する。
「記録映像、ばっちりだ。」
「全部残してる。」
管制では、受信したデータを地質班が確認していた。
「月震観測データ受信開始。」
「地下レーダー、正常動作。」
「放射線量データ受信。」
「全観測装置、オンライン。」
科学者たちは思わず顔を見合わせる。
「月面観測が始まった。」
「リアルタイムで、月のデータが届いている。」
月面では三人が静かに装置を見守っていた。
銀色の住居モジュール。
並ぶ観測機器。
通信アンテナ。
ローバー。
そしてその背後には、青く輝く地球。
日本が築いた最初の月科学研究拠点は、静かに、しかし確実にその活動を開始したのである。




