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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第六章 覇権国のさらなる発展

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345話 月面着陸への道のり

1620年代後半、日本。


まだ「宇宙」という言葉そのものが、世の中では曖昧な意味しか持っていない時代だった。


人々は夜空を見上げ、月や星々を神秘の象徴として語る。


天文学はあっても、そこへ「行く」という発想を持つ者は誰一人としていない。


海を渡ることは考えても、空を越え、さらにその先の宇宙へ到達するという考えは、誰にとっても夢物語ですらなかった。


しかし、その常識から完全に切り離された場所が、日本には存在していた。


表向きには存在すら知られていない研究施設。


宇宙軍。


まだ名目上は小さな研究部門に過ぎない組織。


そして帝国大学の一部研究者たち。


彼らだけは、数百年先を見据えて動き始めていた。


当時、世界は帆船と火縄銃が主役の時代である。


航海術が国家の力を左右し、鉄砲が戦場を変えつつある時代だった。


しかし日本では、その裏側で全く別の技術体系が育てられていた。


レーダー技術。


電子工学。


重工業。


化学工業。


精密機械工学。


高度な冶金学。


そしてロケット工学。


一見すると互いに無関係に思えるそれらの技術は、すべて未来の宇宙開発へとつながる一本の道として整備され始めていた。


その延長線上で、宇宙軍研究開発局と帝国大学宇宙工学研究室は、人類がまだ一度も宇宙へ到達していないにもかかわらず、


「月着陸船」


「月面探査ローバー」


「無人月探査機」


その基礎設計へ着手していたのである。


それは時代を何百年も飛び越えた研究だった。


宇宙軍研究局の夜


帝国大学・宇宙工学研究棟。


昼間は学生や教授が行き交う建物だったが、夜になると様子は一変する。


多くの部屋の灯りは消えている。


しかし建物の最奥部だけは違った。


夜が更けても窓から明かりが漏れ続け、時には夜明けまで消えることはない。


そこでは宇宙軍研究局と帝国大学の共同研究が進められていた。


机の上には何十枚もの設計図。


月面の想像図。


軌道計算式。


ロケット断面図。


歯車やバルブの図面。


金属材料の試験記録。


壁一面には黒板が並び、数式が何重にも書き込まれている。


誰かが計算を書き直し、別の研究者がその横へ新しい理論を書き加える。


消されることなく重ねられた文字は、まるで研究そのものの歴史を刻んでいるようだった。


当時の研究者たちは、まだ大型ロケットすら完成していない。


有人宇宙飛行など夢にも届かない。


それでも彼らは、月面着陸船。


月面ローバー。


宇宙探査機。


生命維持装置。


月面基地。


そんな未来の機械の設計図を当然のように描いていた。


理由はただ一つだった。


明賢が前世から持ち込んだ膨大な資料である。


論文。


設計思想。


失敗事例。


材料工学。


宇宙医学。


電子工学。


数百年先の知識が、この研究棟には蓄積されていた。


研究者たちは、その資料を一ページ読むたびに新しい発見を得ていた。


未知の世界への扉が、目の前で次々と開かれていく感覚だった。


宇宙軍創設時から所属していた研究者たちは、「これは宝の山だ」と誰もが口にした。


まるで子どもが初めて巨大な図書館へ入ったかのように、興奮を隠せなかった。


一人の若い研究者が黒板の前で声を上げる。


「反応制御装置。RCSの理論が分かってきました!」


周囲の研究者たちが集まる。


彼は図面を指差しながら説明した。


「大きなエンジンだけでは宇宙では姿勢を保てません。」


「小さな噴射装置を四方八方へ配置し、必要な方向へ瞬間的に噴射することで姿勢を制御できます。」


さらに図面へ線を書き加える。


「重心位置さえ正確に管理できれば、月面着陸時も安定した姿勢を維持できます。」


興奮した表情で続けた。


「これなら、安定して着陸できます!」


周囲から感嘆の声が漏れた。


別の部屋では、ローバー班が試作アームを前に議論していた。


一人の研究者が関節模型を回しながら言う。


「真空では普通の潤滑油は使えない。」


「だから真空でも焼き付かない構造が必要だ。」


別の研究者が即座に答える。


「軸受の材質を変えるか。」


「それとも固体潤滑材を使うか。」


さらに別の者が図面を書き換える。


「いや、関節そのものの構造を変えよう。」


「余計な摩耗を減らせば寿命も延びる。」


議論は何時間も続いた。


疲れなど誰も気にしていない。


未来の月面で動くロボットを思い浮かべながら、彼らは夢中で設計を続けていた。


その隣では車輪班が議論を重ねていた。


研究者が模型の車輪を机へ置く。


「月の砂、レゴリス。」


「これが最大の敵になる。」


粒子が細かい。


静電気を帯びやすい。


摩耗性が極めて高い。


普通のタイヤではすぐに埋まり、砂が機械内部へ侵入する。


研究者は腕を組んだ。


「ホイール形状。」


「材質。」


「サスペンション。」


「まだまだ試すことが山ほどある。」


そして笑った。


「やれることが多すぎる。一体何十年かかるんだ。」


周囲の研究者も思わず笑う。


仕事量が多いことを嘆く者は誰もいなかった。


しかし現実は実験の連続


もちろん、現実は設計図通りには進まない。


1620年代後半。


材料技術も。


工作機械も。


加工精度も。


未熟だった。


試作品は何度も失敗する。


最初期に製作された探査ロボットの脚部は、低温試験で関節が硬直した。


「動かない!」


担当研究者が叫ぶ。


温度が下がるにつれ、金属の収縮と潤滑材の問題で関節は完全に固まってしまった。


歩行試験は失敗。


だが、その場にいた研究者たちは誰も落胆しなかった。


「原因が分かったぞ。」


「次は材質を変えよう。」


「関節構造も見直せる。」


すでに次の改善案が議論され始めていた。


月着陸船の縮小模型でも同じだった。


姿勢制御実験。


噴射方向がわずかに狂い、模型は傾き、そのまま横倒しになった。


ガシャン。


着陸失敗。


一瞬だけ研究室は静かになる。


しかし次の瞬間には、


「これでは重心位置が高すぎた。」


「応答速度が遅い。」


「スラスター配置を変更しよう。」


そんな声が飛び交っていた。


失敗は終わりではない。


改善点を教えてくれる資料だった。


真空試験室でも問題は起きる。


湿度管理が十分ではなく、試験後に結露が発生。


電子回路が短絡し、試作機は停止した。


担当研究者は故障した基板を眺める。


「なるほど。」


「真空だけ考えても駄目か。」


「試作機は地上へ戻した後の温度差まで考えないといけない。」


誰かが苦笑した。


「また一つ勉強になったな。」


研究室には落胆よりも笑顔の方が多かった。


ある研究者が工具を置きながら静かに言った。


「だが」


全員が顔を上げる。


「失敗まで辿り着けた。」


「それは、この問題を解決すれば成功できるということだ。」


部屋は静まり返る。


別の研究者が頷いた。


「世界初の挑戦なんだ。」


「誰も答えなんて持っていない。」


「だったら、自分たちで答えを作ればいい。」


その言葉に、研究室の全員が力強く頷いた。


彼らは決して失敗を恐れていなかった。


むしろ、失敗を一つ経験するたびに、月へ一歩近づいていると信じていたのである。


まるで彼らは、アポロ計画で積み重ねられた膨大な試行錯誤を、自分たち自身の手で追体験しているかのようだった。

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