342話 ミッションの功績
ミッション完遂
重巡洋艦は静かに、羽合軍港へ向けてゆっくりと針路を取った。
夕日に照らされた艦首が波を切り裂き、後部甲板では、世界初の宇宙遊泳を成功させた宇宙船2号機が、幾重もの固定ワイヤーで厳重に係留されている。
その周囲には宇宙軍技師が集まり、船体の温度や損傷、耐熱材の状態を一つひとつ記録していた。
「耐熱シールド、外板に軽微な焼損のみ。」
「姿勢制御ノズル、全基生存確認。」
「回収状態、極めて良好。」
技術者たちは感嘆を隠せない。
世界で初めて宇宙遊泳を成功させ、さらに無事帰還した宇宙船が、今、自分たちの目の前にあるのだ。
一方、四条、和泉、島津の三名は、艦内医務室で帰還後の医学検査を受けていた。
血圧。
心拍。
筋力。
平衡感覚。
瞳孔反応。
宇宙滞在による影響を一つずつ確認していく。
医官が穏やかな表情で頷いた。
「全員、異常はありません。」
その言葉に、艦内の空気が一気に和らぐ。
四条は小さく笑いながら言った。
「やっと肩の荷が下りたな。」
和泉も宇宙服の手袋を外しながら苦笑する。
「宇宙より、この検査の方が緊張しました。」
島津は窓の外の海を見つめ、静かに呟いた。
「本当に帰ってきたんだな。」
重巡洋艦が真珠湾へ入港すると、桟橋には宇宙軍、海軍、空軍の幹部たちが整列して待っていた。
宇宙船の搬出が最優先で行われる。
巨大クレーンが慎重に2号機を吊り上げ、専用輸送トラックへ移す。
技術士官が叫ぶ。
「振動は最小限に!データは国家最高機密だ!」
船体の中には、世界初の宇宙遊泳で取得した膨大な飛行記録、生命維持装置のデータ、宇宙服の運用情報、船外活動映像など、人類史を書き換える資料が残されていた。
一つも失うことは許されない。
その頃。
羽合管制センターでは、最後の飛行データが東京の中央サーバーへ保存されていた。
通信記録。
姿勢制御ログ。
宇宙遊泳中の映像。
生体データ。
ブラックアウト時の温度変化。
全てが二重、三重にバックアップされる。
主任技師が深く息を吐いた。
「終わった。」
隣の通信主任も椅子にもたれながら笑う。
「いや。」
「始まったんだ。」
その言葉に、部屋の誰もが静かに頷いた。
1号機。
世界初の有人宇宙飛行。
2号機。
世界初の宇宙遊泳。
たった一日のうちに、二つの歴史が生まれた。
誰一人欠けることなく、全員が帰還した。
この事実は、日本の宇宙技術が偶然ではなく、確立された科学技術であることを証明していた。
しかし、その偉業を知る者は、まだ世界に百人もいない。
全ては極秘。
歴史は静かに積み重ねられていく。
成功の宴
日本初の有人宇宙飛行式典
1646年1月15日。
羽合島極秘宇宙軍基地・地下大ホール。
地下数十メートル。
厚い鉄筋コンクリートと鋼板で守られた巨大空間は、普段は非常司令部、機密資料保管区画、観測装置格納庫として使用されている。
しかしこの日だけは、国家最高機密の式典会場へ姿を変えていた。
天井には幾重もの照明が並び、中央には巨大な演壇。
その後方には、日本国旗と宇宙軍旗が左右対称に掲げられている。
壇上の両脇には、今回帰還した1号機と2号機の宇宙帰還カプセルが、磨き上げられた状態で静かに展示されていた。
耐熱シールドに残る焼け跡さえ、偉業の証としてそのまま保存されている。
会場へ集まったのは、皇族代表として後光明天皇と皇太子。
明賢。
帝国大学総長。
宇宙軍司令。
空軍司令。
海軍代表。
主任研究者。
宇宙船開発責任者。
生命維持装置開発班。
誘導システム開発班。
打ち上げ責任者。
そして、宇宙飛行士六名。
参加者は百名にも満たない。
しかし、そこにいる全員が、この国家機密の重みを理解していた。
静かな緊張だけが、巨大な地下ホールを包んでいた。
式典開始
やがて照明が少し落とされる。
軍楽隊による静かなファンファーレが流れ始めた。
司会官がゆっくりと演壇へ進み出る。
「これより、日本初の有人宇宙飛行成功並びに世界初の宇宙遊泳成功を記念する国家式典を執り行います。」
その声がホール全体へ響く。
全員が起立した。
続いて、宇宙飛行士六名が入場する。
1号機クルー。
天城。
大江。
徳川。
続いて2号機クルー。
四条。
島津。
和泉。
六人は軍の正装に身を包み、ゆっくりと赤い絨毯の上を歩く。
その姿を見つめる研究者たちの目には、自然と涙が浮かんでいた。
彼らは何年もの歳月をかけ、命を懸けてこの六人を宇宙へ送り出した。
そして、全員が帰ってきた。
静かな拍手が始まり、やがてホール全体を包む大きな拍手へと変わっていく。
その拍手は長く、誰も途中で止めようとはしなかった。




