338話 2号機打ち上げ
カウントダウン開始
先ほどまで、1号機の成功を喜ぶ空気が残っていた司令室は、今や再び緊張に包まれていた。
巨大スクリーンには、2号機の機体状態が映し出されている。
推進系、正常。
姿勢制御、正常。
誘導装置、正常。
通信系、正常。
生命維持系、正常。
明賢は静かに前へ進み、マイクを手に取った。
そして、管制室全体へ向かって言う。
「諸君。1号は日本を驚かせた。」
その声は落ち着いていた。
「だが2号は、宇宙活動を確立させる。」
巨大スクリーンには、発射台に立つAMATERASU-Ⅱが映っている。
白い機体。
先端に搭載された有人宇宙船。
そして、その内部には三人の宇宙飛行士。
明賢は続けた。
「宇宙へ行くことが目的ではない。」
一拍置く。
「宇宙で活動する。」
さらに一拍。
「その第一歩を、今から諸君が築く。」
室内の誰もが、息を詰めて聞いていた。
「歴史を再び塗り替えようではないか。」
静寂。
そして。
管制官が、力強く声を張った。
「カウントダウン開始!」
巨大スクリーン中央に、赤い数字が表示される。
T-120
「残り2分!」
司令室の空気がさらに引き締まる。
発射台周辺では、警告灯が赤く点滅し始めていた。
サイレンが鳴り響く。
退避区域、最終確認。
冷却系、起動。
発射台下の巨大ポンプが、低い音を立てながら動き始めた。
ゴオオオオ。
次の瞬間。
大量の水が噴き出す。
何十トンもの冷却水が、発射台へ流れ込んでいく。
白い蒸気が立ち上る。
さらに水が流れ込む。
発射台の周囲は、巨大な霧の中へ消えていった。
AMATERASU-Ⅱの白い機体が、霧の向こうでぼんやりと浮かび上がる。
まるで雲の中に立つ塔だった。
T-60
「残り1分!」
管制官が読み上げる。
全員が立ったまま、スクリーンを見つめている。
エンジン始動シーケンス開始。
ターボポンプ回転開始。
燃焼室圧力上昇。
数値が次々と更新される。
オペレーターが報告する。
「推進系、正常。」
「燃焼圧、正常。」
「姿勢制御、正常。」
「誘導装置、正常。」
発射台では、ロケットの内部で巨大なエネルギーが目覚め始めていた。
機体が、ごく僅かに震える。
白い霧が、激しく揺れ始める。
T-30
固定アームのロック解除。
巨大な支持アームが、ゆっくりと離れていく。
AMATERASU-Ⅱは、完全な自立状態になった。
もはや、誰も支えていない。
自分の力だけで、宇宙へ向かう時が近づいていた。
T-10
司令室全員が、無意識に息を止めた。
管制官の声だけが響く。
10
発射台下で、赤い点火光が走る。
9
燃焼室へ燃料が流れ込む。
8
白い蒸気が激しく吹き上がる。
7
機体の振動が増す。
6
巨大なロケットが、生き物のように震え始める。
5
明賢は、一度だけ目を閉じた。
4
再び、スクリーンを見る。
3
司令室の全員が、ロケットだけを見ていた。
2
轟音が生まれる。
1
そして。
「点火!」
次の瞬間。
巨大な炎の柱が噴き出した。
発射台全体が、太陽のような光に包まれる。
地面が揺れる。
窓ガラスが震える。
白煙が四方へ吹き飛ぶ。
管制官が叫んだ。
「2号機、上昇を開始!」
AMATERASU-Ⅱは、最初はゆっくりと。
しかし、確実に、発射台から離れていった。
白い機体の下で、炎が激しく噴き続ける。
巨大なロケットは、白煙を突き破り、青空へ向かって上昇を始めた。
2号機上昇
ロケットは白い尾を引きながら青空へ向かい、数十秒後には音も届かぬ高度へと達していた。
発射台では、なおも轟音の余韻だけが残っている。
巨大スクリーンの光点は、真っ直ぐ上へ進んでいた。
高度5km。
高度10km。
高度20km。
速度は着実に増加する。
機体姿勢、安定。
推力、正常。
振動、正常。
全てが計画通りだった。
船内では、三人が加速度に身体を押し付けられていた。
宇宙服の中で、呼吸だけが聞こえる。
朝霧が計器を見つめる。
「加速度正常!」
数字を確認する。
「震動も許容範囲!ロケット第1段切り離しまであと20秒!」
玲美が高度計を見る。
数字が猛烈な勢いで変わっていく。
「高度2万」
さらに。
「3万」
窓の外では、空の色が変わり始めていた。
鮮やかな青。
濃い青。
そして、藍色。
玲美が報告する。
「外気温低下、正常!」
島津も計器を確認する。
「船内気圧正常。」
「生命維持装置正常。」
「通信系正常。」
全てが、予定通りだった。
そして。
カウントが始まる。
「第1段切り離しまで5秒。」
4
3
2
1
切り離し。
ドンッ。
船体へ、大きな衝撃が伝わった。
身体が一瞬浮く。
その直後。
第1段が機体から離れていく。
そして。
ゴオオオオッ!
2段目エンジンが、即座に点火した。
再び加速。
宇宙船は、さらに上へ向かう。
窓の外では、切り離された第1段が、小さく遠ざかっていった。
軌道投入
数分後。
空は、完全に黒へ変わっていた。
大気の青い帯だけが、地球を縁取っている。
管制官が報告する。
「大気圏外に到達。」
「2号機、軌道投入へ移行!」
船内の振動が、急激に弱まっていく。
そして。
ふっと。
身体が軽くなった。
四条が、ゆっくりと手を浮かせる。
指先が、宙へ浮いた。
「こちら2号。」
その声には、わずかな驚きがあった。
「宇宙空間への到達確認。」
さらに。
「重力が、ない。」
和泉も、ゆっくりと身体を浮かせる。
「1号機に続いて」
窓の外を見る。
黒い宇宙。
青い地球。
そして。
「我々も無事に宇宙へ!」
島津は、思わず笑った。
「1日で2度、宇宙に人が行った国なんて」
彼は窓の外を見たまま言う。
「他にないぞ!」
司令室では、再び大きな拍手が起こった。
そして。
明賢は、巨大スクリーンに映る軌道図を静かに見上げながら、満足そうに頷いた。




