337話 1号の成功
羽合近海で1号機の宇宙飛行士3名が無事に回収され、コントロールセンターには大歓声が響き渡っていた。
宇宙軍の若い管制官は、震える手でヘッドセットを外した。
「帰ってきた」
隣の通信士も呆然としていた。
「本当に、帰ってきた」
数年にわたる開発。
何度も失敗を想定し、何度も計画を見直し、何度も設計図を書き換えた。
そして今。
人類は初めて宇宙へ行き、初めて宇宙から帰還した。
その事実を、全員がようやく実感し始めていた。
巨大スクリーンには、甲板へ移されたAMATERASU-Ⅰが映っている。
白い船体。
点滅する回収灯。
周囲で動く兵士たち。
そして。
船外へ出てくる三人の宇宙飛行士。
その姿が映った瞬間、司令室の歓声はさらに大きくなった。
「生きてる!」
「立っているぞ!」
「全員無事だ!」
ある技術者は、顔を覆って泣いていた。
「よかった。本当によかった」
しかし。
明賢だけは、まだ喜びに浸ってはいなかった。
彼は歓声に包まれる室内を、静かに見渡した。
一人ひとりの顔を見る。
涙を流す者。
笑う者。
抱き合う者。
皆、人類史の一部を見ていた。
そして。
明賢は、ゆっくりと口を開いた。
「よし。」
声は静かだった。
だが、その一言で室内の空気が変わる。
拍手が止まり、歓声が止み、全員が振り返った。
「計画通り、次に移る。」
全員の視線が集まった。
明賢は続ける。
「2号機、打ち上げ準備に入れ。」
明賢はスクリーンに映る1号機の回収映像を見つめたまま言った。
「歴史に一度の偶然と思わせてはならん。」
短い沈黙。
そして。
「一度の成功では、奇跡だ。」
さらに続ける。
「二度の成功で、確立された技術になる。」
室内が静まり返った。
誰もが、その言葉の意味を理解した。
一回だけなら、幸運かもしれない。
偶然かもしれない。
だが、二度続けば、それは再現可能な技術になる。
つまり。
日本は、宇宙へ行ける国になる。
そして。
宇宙から帰ってこられる国になる。
宇宙軍士官が、真っ先に動いた。
「第2発射班、発射棟へ急行!」
「燃料班、最終確認!」
「気象班、上空データを再取得!」
「医療班、2号クルーの搭乗準備!」
命令が次々と飛ぶ。
先ほどまで歓声に包まれていた司令室は、再び巨大な機械のように動き始めた。
人が走る。
資料が運ばれる。
電話が鳴る。
新しい軌道図が表示される。
数分前までの祝賀ムードは、完全に消えていた。
誰もが理解している。
まだ終わっていない。
今日という日は、まだ終わっていないのだ。
2号機のスタッフは、すでに打ち上げ棟で待機していた。
全員が、この瞬間が来ることを知っていたからだ。
1号機が成功した場合、間を置かず、2号機を打ち上げる。
それが最初から決められていた。
発射棟では、技術員たちが持ち場につく。
誰一人として迷いなく動く。
その手順は、何百回も訓練した通りだった。
2号クルーもまた、すでに宇宙服姿で待機していた。
胸には日の丸。
背中には生命維持装置。
ヘルメットはまだ閉じていない。
三人は、無言でスクリーンを見つめていた。
そこには、海軍艦上で敬礼する1号クルーの姿が映っていた。
四条直哉。
和泉奏。
島津巌。
ただ、静かに見ていた。
やがて。
四条が小さく息を吐いた。
「帰ってきたな。」
和泉が頷く。
「ええ。」
島津も頷いた。
「見事ですね。」
しかし、その静けさには不安はなかった。
むしろ、確信だった。
宇宙へ行ける。
帰ってこられる。
それを、今、仲間が証明した。
そして。
次は自分たちだった。
彼らの任務は、1号機とは違う。
宇宙へ行くだけではない。
世界初の宇宙遊泳。
人が宇宙船の外へ出て、宇宙空間そのものへ身体を晒す。
船外へ出る。
宇宙に立つ。
何もない空間で、命綱一本を頼りに活動する。
それは、人類が宇宙で活動できることを証明する任務だった。
司令室では、新しい軌道図が巨大スクリーンへ映し出される。
1号機の表示が消え、代わりに2号機のデータが現れる。
発射予定時刻。
軌道投入高度。
宇宙遊泳予定地点。
帰還軌道。
全てが表示されていく。
そして。
スクリーン中央に、赤い数字が点灯した。
打ち上げ準備開始。
室内に再び緊張が戻った。
誰もが理解している。
今から行われるのは、人類史上二度目の宇宙飛行。
そして。
人類史上初の宇宙遊泳である。




