336話 海軍による回収
着水
窓の外に、太平洋の海面が大きく広がっていた。
深い青。
朝の光を受けて、無数の波が白く輝いている。
高度はさらに下がる。
宇宙船は、巨大なパラシュートに吊られながら、ゆっくりと、確実に海へ近づいていく。
玲花が高度計を読む。
「高度五百。」
少し後。
「三百。」
「百。」
船内は静かだった。
もう炎はない。
激しい振動もない。
あるのは、穏やかな青い海とだけだった。
徳川が窓の外を見つめる。
「海だ。」
その声には、どこか実感のない響きがあった。
つい先ほどまで、自分たちは地球を見下ろしていた。
今は、その海へ戻ろうとしている。
隼人が静かに言う。
「着水準備。」
三人が最後の確認を行う。
ハーネス。
姿勢。
計器。
全て正常。
玲花。
「着水姿勢正常。」
徳川。
「浮力装置待機。」
隼人。
「よし。」
高度はさらに下がる。
五十。
三十。
十。
ザーッ!
船体が海面へ触れた。
ドンッという衝撃ではない。
大きく水しぶきを上げながら、水の上を滑っていく。
シャアアアア。
白い飛沫が、左右へ広がる。
船体が少し揺れる。
もう一度。
小さく揺れる。
そして。
速度が落ちる。
ゆっくり。
ゆっくり。
やがて。
AMATERASU-Ⅰは、静かに停止した。
聞こえるのは、波の音だけ。
チャプチャプ。
船体が、穏やかな波に揺られている。
次の瞬間。
ガコン。
船内で自動装置が作動した。
浮力装置展開。
船体側面から、浮力用の装置が次々と展開していく。
宇宙船はさらに安定し、波間に静かに浮かんだ。
玲花が表示を確認する。
そして、ゆっくり息を吐いた。
「着水成功!」
その声は、少し震えていた。
彼女は座標モニターへ目を向ける。
「羽合近海座標、誤差無し!」
徳川も計器を見る。
「通信ビーコン作動。」
ランプが点滅する。
「救難信号発信開始!」
船体上部で、赤い信号灯が点滅し始めた。
ピカッ。
ピカッ。
宇宙船は自動的に位置情報を送信し、海軍へ向けて、自分たちの居場所を知らせ始めた。
隼人は、静かに目を閉じた。
そして小さく息を吐く。
「帰ってきたな。」
玲花と徳川も、何も言わず頷いた。
三人とも、ようやく任務が終わったことを実感し始めていた。
海軍による回収作戦
ビーコン信号を受けたのは、待機していた日本海軍の軽巡洋艦だった。
艦橋で通信兵が叫ぶ。
「ビーコン確認!」
艦長が即座に命令する。
「方位!」
「南南西、距離12km!」
「機関全速!」
汽笛が鳴る。
軽巡洋艦が進路を変え、白い航跡を引きながら海を進み始めた。
艦内は、普段の戦闘時とは違う緊張感に包まれていた。
敵艦へ向かうのではない。
今から迎えに行くのは、人類で初めて宇宙へ行き、そして帰ってきた三人だった。
甲板へ兵士たちが集まる。
双眼鏡を手にする者。
誰もが、海を見つめていた。
やがて。
見張り員が叫ぶ。
「あれだ!」
遠くの海面。
青い波の中に、小さな白い物体が見えた。
さらに近づく。
白い船体。
赤い点滅灯。
間違いない。
AMATERASU-Ⅰだった。
「発見!」
「宇宙船確認!」
甲板から歓声が上がる。
約20分後。
軽巡洋艦は、AMATERASU-Ⅰのすぐ近くへ到達した。
高速艇が海へ下ろされた。
数名の海軍兵士が乗り込み、宇宙船へ向かう。
距離が縮まる。
10メートル。
5メートル。
そして。
兵士の一人が大声で呼びかけた。
「宇宙飛行士の皆さん!」
船内の三人が顔を上げる。
「日本海軍です!」
一瞬。
三人が笑った。
知っている言葉。
知っている声。
地球へ戻ってきたことを、その一言が何よりも実感させた。
兵士が続ける。
「無事ですか!」
隼人がすぐに答える。
「全員無事だ!」
そして、少し笑いながら続けた。
「迎えを頼む!」
「了解!」
クレーンの準備が始まる。
ワイヤー。
固定具。
吊り上げ装置。
全てが慎重に接続される。
誰も急がない。
人類初の有人宇宙船。
そして、その中には、世界初の宇宙飛行士が乗っている。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
AMATERASU-Ⅰは海面から持ち上げられた。
水滴が、船体から次々と落ちていく。
朝日に照らされ、まるで銀色に輝いていた。
やがて。
宇宙船は、軽巡洋艦の広い後部甲板へ慎重に移された。
固定完了。
その瞬間。
甲板に集まっていた海軍兵士たちから、大きな拍手が起こった。
誰かが叫ぶ。
「ようこそ地球へ!」
さらに別の兵士。
「世界初の宇宙飛行士殿!」
拍手は、なかなか止まらなかった。
完全回収
宇宙船は、甲板上へしっかり固定された。
ハッチの周囲へ、医療班と海軍兵士が集まる。
ロック解除。
ゆっくり。
ハッチが開く。
中から、少し疲れた顔の三人が見えた。
再び拍手が起こる。
最初に、隼人が立ち上がる。
次に玲花。
最後に徳川。
三人は順番に、船外へ出た。
そして。
足を甲板へ上げる。
潮の匂い。
暖かな空気。
遠くで鳴く海鳥の声。
肌へ当たる風。
それら全てが、地球だった。
隼人が、ゆっくり空を見上げる。
そこには、先ほどまでいた宇宙はない。
青空だけが広がっていた。
彼は小さく呟く。
「帰ってきた。」
「地球だ。」
玲花は、いつの間にか涙を流していた。
慌てて拭う。
しかし、また涙が出る。
徳川は、そんな彼女を見て笑った。
そして自分も、照れくさそうに笑った。
その時。
軽巡洋艦の汽笛が鳴った。
ボオオオオ。
長く。
力強く。
青い太平洋へ響き渡る。
それは、人類史上初めて宇宙へ行き、そして無事に帰還した三人を祝う、日本海軍からの祝福だった。




