251話 開戦前夜
1637年末から1638年初頭。
日本では、静かに、しかし着実に戦争準備が進められていた。
港では軍艦への積み込みが昼夜を問わず続き、鉄道では兵員や物資を積んだ列車が休みなく走り、各地の駐屯地では新たな命令が次々と下されていた。
しかし、日本政府の戦争方針は単純なものではなかった。
敵国であるスペイン・ポルトガルは、日本が北米国境に兵力を集めていることを把握している。
ならば、その予想そのものを利用する。
それが明賢と参謀本部の結論だった。
日本政府が定めた基本方針は、二つの柱から成り立っていた。
「国境では徹底防御を行う。」
「本命は海兵隊による敵植民地への強襲上陸である。」
つまり国境で決戦を行うつもりはない。
敵の大軍を引きつけ、動きを拘束し、その間に別の場所で戦争の主導権を握る。
全軍はこの二段構えの戦略に従って動き始めた。
国境防衛突破されぬための多重防御線
スペインが大規模な戦力を国境へ集結させている。
その情報は、すでに潜入していた海兵隊特戦群から日本へ届けられていた。
兵力の配置。
砲兵陣地。
補給基地。
築城工事の進捗。
それらの報告は暗号化され、本土の参謀本部へ絶えず送られてくる。
参謀たちは地図の上に情報を書き込み、敵の戦力を一つずつ整理していった。
やがて結論が出される。
「敵は本気で国境決戦を行うつもりである。」
その報告を受け、日本陸軍は直ちに大規模な防御工事を開始した。
最優先となったのは防衛線の構築だった。
しかも一列ではない。
三段構造である。
第一線
監視と観測を目的とした前線。
見張り所。
観測壕。
通信線。
双眼鏡や測距装置を備えた小規模陣地が一定間隔で配置された。
ここで最も重要なのは戦うことではない。
敵を見つけること。
敵の進軍速度を把握すること。
敵砲兵の位置を確認すること。
第一線は戦場の目として機能するよう設計されていた。
第二線
主防御陣地。
機関銃座。
有刺鉄線。
迫撃砲陣地。
掩体壕。
ここには実際の戦闘部隊が配置される。
何重にも張り巡らされた有刺鉄線の前には障害物が並べられ、敵の歩兵や騎兵が容易に接近できないよう工夫されていた。
機関銃座同士はV字型の塹壕により相互支援が可能な位置に設置され、一つの陣地が突破されても、周囲から援護射撃が行えるようになっている。
兵士たちは黙々と土を掘り、丸太を運び、鉄条網を張り巡らせていった。
第三線
後退線兼予備兵配置区域。
予備部隊。
野戦病院。
補給所。
指揮所。
ここは最後の防御拠点であり、戦況に応じて兵力を投入するための場所だった。
参謀本部の考えは明確だった。
第一線が破られてもよい。
第二線が突破されてもよい。
しかし第三線まで持ちこたえれば、時間を稼げる。
その「時間」こそが最も重要だった。
弾薬庫も整備された。
ただし巨大な施設ではない。
現地資材を利用した簡易型である。
コンクリート製の小型バンカー。
地面を掘り下げ、厚い壁を設け、砲撃や火災に耐えられる最低限の防御力を持たせる。
目立たない。
だが数が多い。
分散配備され、一か所が破壊されても、他が機能する。
分散配置が徹底されていた。
さらに防衛線の前面には、厚さ三〜四メートルの鉄条網。
そして木製対馬防壁。
それらが延々と築かれていった。
兵士たちは汗を流しながら丸太を打ち込み、鉄線を何重にも巻き付けていく。
完成した障害帯は、馬が飛び越えることも、歩兵が短時間で突破することも困難だった。
「敵には遠回りをさせろ。」
「止まった敵を撃て。」
それが防御思想だった。
そして最も秘匿された装備も展開された。
対砲兵レーダーである。
もちろん兵士たち全員が原理を理解しているわけではない。
しかし役割は共有されていた。
敵砲兵が発砲した。
その瞬間、発射位置を算出する。
そして味方砲兵がカウンター攻撃をする。
敵に好きなように砲撃させない。
そのための装備だった。
参謀たちはこれを極めて重視した。
「砲兵戦で主導権を失うな。」
その命令が何度も通達される。
しかし。
ここで重要なのは、日本がこの国境戦を決戦と考えていないことだった。
日本は国境戦を、「勝つ戦い」ではなく、「敵を足止めするための戦い」と割り切っていた。
あくまで陽動。
あくまで時間稼ぎ。
そのため、国境へ配置された兵力は意外なほど少なかった。
全陸軍の、わずか二割。
それだけだった。
八割は別の任務に備えていた。
陽動としての国境軍
国境軍にはもう一つの役割が与えられていた。
敵を欺くこと。
これである。
まず建設されたのは偽装施設だった。
偽装擁壁。
囮住居。
偽補給庫。
遠くから見れば本物にしか見えない。
煙まで出している場所もある。
兵士が出入りしているように見せかける工夫まで施されていた。
だが内部には何もない。
空だった。
もしスペイン軍が砲撃しても、失うものはほとんどない。
参謀たちはそれを徹底した。
「敵に弾薬を浪費させろ。」
「無価値な目標へ砲弾を撃たせろ。」
それもまた戦いだった。
さらに小規模な夜間哨戒も行われた。
少数の部隊が、あえて松明を持って移動する。
巡回を繰り返す。
場所を変える。
再び現れる。
遠くから見ると、大量の兵士が絶えず移動しているように見える。
見張り台にも同じ工夫が施された。
灯火を増やす。
焚火を増やす。
荷馬車を何度も往復させる。
その結果、スペイン側の観測では、「日本軍は大量の兵力を国境へ集結させている。」という結論になった。
まさに日本側の狙い通りだった。
国境の兵士たちは、自分たちが囮であることを知っていた。
だが不満を漏らす者はいない。
彼らの任務は戦争全体を支えることだからだ。
敵の目を国境へ向けさせる。
敵軍を縛りつける。
敵の主力を動けなくする。
その間に、本命の部隊が動く。
すべてはそのためだった。
スペインが国境を見ている時。
スペインが北米に兵を集めている時。
日本の真の一撃は、別の海の向こうで静かに準備されていたのである。
3. 海軍 大西洋への戦力集中
日本海軍は、戦争が近いと判断すると同時に、大規模な戦力移動を開始した。
その移動は極めて静かに進められた。
艦隊は一度に動かない。
補給艦。
駆逐艦。
巡洋艦。
揚陸艦。
それぞれが異なる日時、異なる航路を通り、少しずつ西へ向かっていく。
参謀本部では、一枚の巨大な海図の上に駒が並べられていた。
そのほとんどが大西洋へ向いていた。
日本海軍は、ほぼ主力のすべてを大西洋方面へ集中させる決断を下したのである。
大西洋方面艦隊
大西洋には海軍の主力が集結した。
艦艇は四百隻近い。
巡洋艦。
駆逐艦。
輸送船。
補給艦。
海兵隊専用の揚陸艦。
多数の上陸用舟艇。
それらが複数の泊地へ分散配置され、いつでも出撃できる即応態勢を維持していた。
港では弾薬が積み込まれ、燃料が補給され、機関の整備が繰り返される。
夜になっても作業は止まらない。
赤い作業灯だけが暗闇の中に浮かび上がり、兵士たちは黙々と準備を続けていた。
誰もが理解していた。
これほどの兵力を集めることは、日本の歴史上でも前例がない。
それほどまでに、政府は今回の戦争を重大視していた。
この艦隊の任務は単純だった。
スペイン艦隊を監視すること。
そして必要であれば、即座に撃滅すること。
そのため日本海軍は、常時監視体制を構築した。
遠方を探知する装置。
広域の索敵網。
哨戒艦の配置。
情報は絶えず集約され、司令部へ送られていく。
参謀たちは巨大な海図を前に、敵艦隊の位置を一つずつ確認していた。
どこの港に何隻いるのか。
どの部隊が出港したのか。
その全てが記録される。
結果として、スペイン側が日本艦隊の位置を把握できない一方で、日本側はスペイン艦隊の動きを継続的に追跡できる状態が作られた。
ある海軍士官は静かに言った。
「敵が我々を探している頃には、我々はすでに敵を見ている。」
また別の参謀は言った。
「敵にとって我々は突然現れる。だが我々にとって敵は常に視界の中にある。」
それこそが日本海軍の最大の優位だった。
まるで大西洋そのものが監視下に置かれたかのようだった。
一方で、太平洋が放棄されたわけではない。
日本本土。
新大陸西海岸。
南大陸。
アラスカ。
そして太平洋の各補給拠点。
これらを守るため、本土艦隊が残された。
司令部直属の艦隊である。
規模こそ大西洋方面艦隊より小さいが、最新鋭艦を含む精鋭部隊だった。
その任務は明確だった。
本土の安全確保。
万が一の奇襲への対応。
そして日本の生命線である太平洋航路の防衛。
二つの海に、二つの艦隊。
日本海軍は戦争に向けて完全な布陣を整えつつあった。
諸島へのレーダー網の敷設
海軍と並行して進められたのが、各島嶼部への監視網建設だった。
スペイン領に近い日本領の島々では、工兵隊が急ピッチで工事を開始した。
小高い丘。
海を見渡せる岬。
見晴らしの良い場所。
そうした地点へ資材が運び込まれていく。
兵士たちは基礎を築き、鉄骨を組み上げ、監視施設を建設していった。
完成した施設には、対水上監視設備が設置された。
各基地は独立しているが、通信によって結ばれている。
一つの基地が何かを発見すれば、情報は直ちに周辺基地と司令部へ共有された。
その結果、大西洋には巨大な監視の網が形成されていく。
この監視網によって、日本は多くの情報を早期に把握できるようになった。
スペイン艦隊の航行ルート。
どの海峡を通過するのか。
どの港へ向かうのか。
どの地域へ兵力を集中させているのか。
それらが見えるようになった。
さらに、小型船の動きも監視された。
漁船に偽装した補給船。
輸送任務に就く商船。
軍需物資を積んだ船団。
それらも可能な限り識別され、海図へ書き込まれていく。
また、大規模船団の形成も早期に察知できた。
一か所へ船が集まれば、その情報は直ちに警報として発信される。
海軍司令部では、常に最新の海図が更新されていた。
参謀たちは言う。
「敵が集まる場所には理由がある。」
「理由が分かれば、自ずと次の行動も予測できる。」
情報こそが武器だった。
そして日本は、その武器を最大限に活用しようとしていた。
大陸間通信は軍優先へ
戦争は兵だけでは動かない。
情報が必要だった。
そのため、総務省は大規模な通信再編を実施した。
国内の通信を見直し、軍事利用を最優先へ変更する。
平時には民間施設が利用していた通信回線も、戦時体制へ移行した。
各地へ通達が送られる。
軍専用通信網を最優先とする。
陸軍。
海軍。
海兵隊。
三軍は暗号通信を優先利用する。
必要な情報を、必要な場所へ、最短時間で届ける。
そのための措置だった。
通信室では昼夜を問わず通信兵が待機し、絶え間なく暗号を送受信している。
前線。
港湾。
補給基地。
司令部。
それらは見えない糸で結ばれ、巨大な一つの軍事組織として機能し始めていた。
真の主役 海兵隊と陸軍の合同上陸訓練
しかし、日本統合作戦本部が最も重要視していたものは別にあった。
それは国境突破ではない。
真正面から敵主力を押し潰すことでもない。
参謀本部が目指していたのは、「敵本土を背後から切断する上陸作戦」だった。
そのため、大規模な合同訓練が何度も実施される。
参加部隊は多岐にわたった。
海兵隊。
陸軍機甲科部隊。
工兵隊。
補給部隊。
それぞれが独立して動くのではない。
全てが一つの作戦として連携する。
同じ海岸へ上陸し、同じ目標へ向かう。
それを何度も繰り返した。
まず、海兵隊が先行する。
上陸。
敵拠点への突入。
海岸線の確保。
危険区域の排除。
最初の道を切り開く。
続いて工兵隊が上陸する。
資材を運び込み、即席の桟橋を建設する。
車両を降ろし、補給を可能にするための生命線である。
そして陸軍主力が上陸する。
兵員。
装甲車。
榴弾砲。
大量の物資。
次々と海岸へ送り込まれていく。
さらに補給部隊が到着する。
弾薬。
燃料。
食料。
医薬品。
前線を維持するためのあらゆる資材が搬入される。
その後、内陸へ向かう。
街道を掌握する。
橋梁を押さえる。
交通の要衝を支配する。
そして最終的に、スペイン軍の補給線を切断する。
前線は補給を失う。
兵は孤立する。
そこへ国境軍が圧力をかける。
挟み撃ち。
それが最終段階だった。
つまり、日本の戦略とは、敵主力を正面で釘付けにし、背後から核心部を奪う。
二つの攻撃を同時に進める、
「二段同時攻撃」
そのものだった。
国境で戦う兵士たちは、時間を稼ぐ。
海を渡る部隊は、戦争の主導権を奪う。
そして二つの戦場が一つに繋がった時。
日本は戦争全体を一気に動かすことを狙っていたのである。




