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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第五章 日西戦争

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250話 独立指揮権

副官が一歩前へ出た。


彼の手には数枚の命令書が握られていた。


会議室の空気は張り詰めている。


誰もがこれから告げられる内容の重要性を理解していた。


副官は周囲を見渡し、ゆっくりと口を開く。


「もう一つ、重要な提案があります。」


司令官メンドーサが頷く。


「続けよ。」


副官は地図の上に置かれた大西洋を指差した。


「最大の問題は距離です。」


「本国から植民地までの連絡には数週間、場所によっては1か月を要します。」


「仮に日本軍が攻撃を開始したとしても、現地から報告が届く頃には戦況は大きく変化しているでしょう。」


数名の提督が頷いた。


これは誰もが理解している問題だった。


スペイン帝国は広大である。


広大であるがゆえに、指揮命令系統には致命的な遅延が存在していた。


副官はさらに続ける。


「本国の許可を待つ。」


「命令を確認する。」


「再び命令を送り返す。」


「その頃には戦闘は終わっております。」


会議室に重い沈黙が流れる。


誰も反論できない。


事実だからだ。


「ゆえに。」


副官は命令書を机の上に置いた。


「各植民地司令官へ独立指揮権を付与することを提案します。」


ざわめきが起こる。


独立指揮権。


それは極めて重大な意味を持つ。


通常であれば、植民地軍は本国の命令なしに大規模軍事行動を起こすことはできない。


しかし今回の提案は違った。


戦争そのものの判断権を現地へ委ねる内容だった。


副官は読み上げる。


南米・中米・アジア各植民地司令官へ


日本軍による軍事行動が確認された場合、現地司令官は本国の許可を待たず、防衛戦闘、反撃、軍事動員、港湾封鎖、艦隊出撃を実施してよい。


状況によっては独自判断で戦端を開くことを認める。


文章が読み上げられるたび、将官たちの表情が変わっていく。


それは非常措置だった。


平時であれば到底認められない権限である。


だが今は違う。


彼らは日本との戦争を目前に控えていた。


海を越えた相手との戦争では、判断の遅れが致命傷になり得る。


海軍提督の一人が低い声で言った。


「つまり現地司令官の判断で開戦してもよいということか。」


副官は頷いた。


「その通りです。」


「日本軍が攻撃した瞬間、現地で即応できる体制が必要です。」


「報告を待っていては遅いのです。」


別の将軍も腕を組みながら言う。


「危険な権限だ。」


「だが必要でもある。」


会議室の多くの者が同意した。


彼らは理解していた。


この戦争は、従来の植民地戦争とは異なる。


戦場は世界全体になる可能性がある。


そのため、各地域が独立して戦える体制が必要だった。


やがて司令官メンドーサが立ち上がった。


全員の視線が集まる。


彼は静かに、しかし力強く言い切った。


「各地の指揮官は即断せよ。」


会議室が静まり返る。


「必要とあらば、本国の許可なく戦端を開いても構わん。」


その言葉は重かった。


スペイン帝国が、平時の統制を一部放棄してでも戦争への備えを優先した瞬間だった。


記録官の羽根ペンが走る。


決定事項として正式に記録される。


しばらくして、司令官メンドーサは最終報告書を手に取った。


蝋燭の光が紙面を照らす。


彼は一項目ずつ、ゆっくりと読み上げていった。


スペイン軍最終戦略(1638年)


1. メキシコ・パナマ両国境を最優先で要塞化


日本軍による地上侵攻を想定。


防衛線を多重化し、侵攻速度を可能な限り低下させる。


橋梁、道路、補給基地、砲台陣地の整備を急ぐ。


敵を国境線で止めるのではなく、時間を稼ぐことを目的とする。


2. 官民全船舶を砲艦化し、物量で日本艦隊を迎撃


海軍力で劣る可能性を考慮。


商船、漁船、輸送船を含めたあらゆる船舶へ武装を施す。


未知の艦隊に対しては、技術ではなく数で対抗する。


各港湾都市には非常動員命令を発令。


戦時には民間船舶も軍の指揮下へ置く。


3. 植民地司令官へ独立指揮権を付与


日本軍による攻撃確認時、現地判断で即応可能とする。


軍事行動、艦隊出撃、反撃作戦、防衛戦の開始について、本国許可を不要とする。


戦場の主導権を失わないことを最優先とする。


報告書が閉じられる。


会議室は静まり返っていた。


誰も軽々しく口を開かない。


決定された内容の重みを、全員が理解していたからだ。


もはや後戻りはできない。


帝国は戦争を前提に動き始めている。


造船所は休みなく稼働し、植民地では兵士が集められ、港には大砲が運び込まれている。


すべてが戦争へ向かっていた。


最後に司令官メンドーサは静かに言った。


「これでようやく戦う準備が整った。」


誰も動かない。


ただその言葉を聞いていた。


「我々にできることは終えた。」


彼は地図を見つめる。


大西洋の向こう。


遥か東方。


日本。


「あとは日本が動くのみだ。」


重い沈黙が流れた。


やがて一人が頷く。


続いてもう一人。


そして全員が静かに頷いた。


決意の確認だった。


1638年。


スペイン帝国は完全な戦時体制へ突入した。


王宮。


軍。


植民地。


港湾。


すべてが来るべき戦争へ備え始める。


まだ砲声は響いていない。


まだ剣は交わっていない。


だが帝国の誰もが理解していた。


戦争はもう始まっている。


ただ最初の一発が放たれていないだけなのだ。

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