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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第五章 日西戦争

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246話 運命の歯車は回る

日本は戦争前夜へ。


それは突然訪れたわけではなかった。


長い時間をかけて積み上がった疑念。

互いの警戒。

そして世界各地で広がり続ける勢力圏。


静かに、しかし確実に。


日本は戦時体制への移行を始めていた。


英国からもたらされた密告によって、スペイン王国とポルトガル王国が日本を本格的な脅威と認識し、軍事的対応を検討していることは、もはや疑う余地のない事実となっていた。


情報局。

海軍。

陸軍。

海兵隊。


各省庁には連日報告書が積み上げられ、世界各地から送られてくる情報が分析され続けていた。


そして東京。


軍事会議室の中央には巨大な世界地図が広げられていた。


北米。

南米。

アフリカ。

太平洋。

大西洋。


無数の印が打たれ、補給拠点や港湾施設、各国艦隊の位置が細かく記録されている。


その地図を前に、明賢は静かに立っていた。


誰も言葉を発しない。


部屋には時計の音だけが響いていた。


やがて明賢はゆっくりと口を開く。


「来るのか、スペイン。」


視線は大西洋へ向けられていた。


「太陽の沈まぬ帝国と言われたその軍隊、どれほどのものか、見せてもらおう。」


その声に感情はなかった。


怒りもない。

焦りもない。


ただ事実を受け入れた者の静かな覚悟だけがあった。


会議室にいた将官たちは黙って頷いた。


誰もが理解していた。


もはや外交だけで解決できる段階は過ぎつつある。


世界最大級の植民地帝国と、急速に台頭した科学国家。


二つの文明の衝突は、避けられないところまで近づいていた。


全国の軍管区へ動員計画が通達される。


兵站管理部門は備蓄量を再計算し、食糧倉庫の増設を命令した。


造船所では相も変わらず昼夜を問わず作業が続けられる。


鋼板を打つ音。


溶接の光。


巨大な艦艇が次々と整備され、弾薬工場では生産量が倍増した。


国土交通省は軍用輸送計画へ切り替わり、各地の貨物列車が優先的に軍需物資を運び始める。


平時から有事へ。


国家全体が、ゆっくりと戦争の形へ姿を変えていった。


一方で、その変化は海の向こうにも伝わっていた。


欧州各国の港には、日本に関する新たな報告が次々と届いていた。


最初は断片的な情報だった。


だが数が増えるにつれ、誰の目にも明らかな傾向が見えてくる。


日本軍が動いている。


しかも大規模に。


メキシコ国境方面では、日本軍の部隊移動が確認された。


補給基地の建設。


弾薬庫の増設。


新たな防衛施設の構築。


パナマ周辺では、突如として日本軍による防衛線建設が始まった。


要塞化された港湾。


沿岸監視施設。


砲台陣地。


海上交通の要衝を守るための準備が急速に進められている。


さらに南アフリカ。


日本軍は補給拠点を増強し、駐留部隊を拡大していた。


そして何より欧州諸国を震え上がらせたのは、海軍の活動だった。


太平洋。


大西洋。


インド洋。


日本艦隊の目撃報告が急増したのである。


単独行動ではない。


組織的な哨戒。


艦隊規模での移動。


それは明らかに戦争を意識した運用だった。


これらの報告は、次々とマドリードへ運ばれた。


王宮地下の作戦室。


巨大な地図の前には、国防評議会の高官たちが集まっていた。


机の上には報告書の山が積み上がっている。


軍人たちは険しい顔で資料を読み、外交官たちは沈黙したまま地図を見つめていた。


やがて一人の将校が声を荒げる。


「日本は我々の植民地周辺に軍を集めている!」


別の将軍も続いた。


「メキシコ。パナマ。南アフリカ。どれも我が帝国にとって重要な地点だ!」


机が叩かれる。


「これは防衛などではない!」


怒号が響いた。


「戦線布告の前段階だ!」


室内が騒然となる。


「来年まで待てば、こちらが先に叩く機会を失う!」


「日本は時間を味方につけている!」


「人的資源でも資金力でも、我々との差は開く一方だ!」


「今しかない!」


声は次第に大きくなっていった。


しかし慎重論も存在した。


老臣の一人が静かに言う。


「本当に日本が攻撃する保証はあるのか。」


だが返ってきたのは厳しい声だった。


「保証など必要ない。」


海軍提督が地図を指差す。


「敵が準備を終えるのを待つのか?」


誰も答えられない。


提督は続けた。


「活動域を推測するに日本は既に世界規模の補給網を持つはずである。」


「新大陸を押さえ、南アフリカを確保し、太平洋の島々を支配している。」


「さらにイギリス内戦へ介入し、欧州政治にまで影響力を持ち始めた。」


「今行動しなければ、十年後には手遅れになる。」


その言葉は、会議室の多くの者の心に突き刺さった。


長時間に及ぶ議論の末。


ついに結論が出される。


ハプスブルク家の名の下に、決断が下されたのである。


日本は潜在的脅威である。


脅威は拡大し続けている。


これ以上の成長を許してはならない。


先に動く。


会議室に重い沈黙が落ちた。


誰も歓声を上げなかった。


誰も勝利を確信していなかった。


だが決定だけは覆らない。


ついに。


正式な方針として。


日西戦争の宣戦布告が承認された。


1638年春。


スペイン王国およびポルトガル王国は、日本との戦争を開始することを決定した。


その命令は王宮から発せられ、各省庁へ送られ、軍司令部へ届けられた。


さらに各艦隊司令官へ。


各植民地総督へ。


各守備隊司令部へ。


伝令馬が走る。


軍船が港を出る。


封印された命令書が次々と開封される。


「対日本戦争準備命令」


その文字を見た将校たちは息を呑んだ。


造船所では新たな艦の建造が急がれた。


植民地では守備隊が警戒態勢へ移行する。


こうして命令は、王宮から末端の兵士に至るまで浸透していった。


世界はまだ平和だった。


街では商人が商売を続け、教会では祈りが捧げられ、港では荷役作業が行われている。


だがその裏側では、誰にも止められない巨大な歯車が回り始めていた。


日本とスペイン・ポルトガル。

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