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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第五章 日西戦争

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242/309

242話 スペインの不安

イギリス内戦の終結。


その報は、冬の海を越え、瞬く間に欧州全土へ広がっていった。


ロンドンでは議会派勝利の祝宴が盛大に開かれ、石畳の街路には旗が掲げられ、夜になっても鐘の音と歓声が絶えなかった。


王党派との長い争いを終えた議会派は、国内外へ向けて「新たな時代の始まり」を強く印象付けようとしていた。


そしてその祝賀の場には、欧州各国から外交文書を携えた使節団が、次々と到着していた。


フランス王国。

オランダ共和国。

神聖ローマ帝国諸邦。

ポルトガル王国。

etc。


馬車の列がロンドン市街へ続き、各国の旗を掲げた随員たちが石畳を行き交う。


その中で、最後に到着したのがスペイン王国の使節団だった。


重厚な黒衣に身を包んだスペイン代表は、華やかな祝宴の空気の中にあっても、終始険しい表情を崩さなかった。


各国の外交官たちは、表面上こそ祝辞を交わしていたが、その実、誰もが同じことを探っていた。


なぜ議会派は、これほど短期間で内戦を終わらせることができたのか。


分析によって長期化すると見られていた戦争。

疲弊し始めていた兵站。

資金不足。

食糧難。


本来なら、議会派が押し倒されてもおかしくはなかった。


だが結果は、議会派の完全勝利。


その裏に何があったのか。


各国代表は酒杯を交わしながらも、視線だけは絶えず周囲を観察し、互いの反応を読み合っていた。


祝宴の最中。


議会派の側近の一人が、人目を避けるようにスペイン代表へ近づいた。


楽団の演奏が響く中、彼は耳打ちする。


「先程から気になっているようなのでお答えします。実のところ、日本の支援が決定打となったのです。」


スペイン代表の眉がわずかに動く。


側近はさらに続けた。


「莫大な金と鉄、それに大量の食料。あれがなければ、我々は戦線を維持できませんでした。」


その言葉を聞いた瞬間、スペイン代表の顔から血の気が引いた。


「日本?」


思わず漏れた声は、かすかに震えていた。


「あの極東の、不可思議な国が。イギリスの内戦を左右するほどの力を?」


彼の脳裏には、以前報告された数々の情報が浮かんでいた。


帆のない鉄の艦。

異常な砲撃精度。

世界各地へ伸びる航路。

そして、理を信仰するとされる国家思想。


それだけでも理解を超えていた。


だが今、その日本が、欧州の戦争そのものへ直接影響を与えたという。


しかも、単なる武器供与ではない。


国家規模の支援。


それはもはや、一国の外交ではなく、世界秩序への介入だった。


祝宴は続いていた。


貴族たちは笑い、楽団は演奏を止めず、議会派の将校たちは勝利を語り合う。


だがスペイン代表だけは、別世界に取り残されたような感覚に陥っていた。


彼は祝いの言葉を述べるだけで精一杯だった。


乾いた声。

引きつった笑み。


周囲には悟られぬよう努めながらも、内心では強烈な危機感が渦巻いていた。


日本は、我々が考えていた以上の存在だ。


式典終了後、彼はほとんど休むことなく帰国準備を命じた。


随伴員たちも、代表の異様な焦燥を感じ取っていた。


夜明け前、スペイン使節団の馬車は、霧の立ち込めるロンドンを静かに離れていった。


数日後。


マドリード王宮。


帰国した使節団は、到着直後に緊急会議へ呼び出された。


王宮内の空気は重かった。


長机には、王国の重臣たちが並ぶ。


老臣。

将校。

海軍関係者。

植民地行政官。

そして教会関係者。


全員が、使節の報告を待っていた。


使節は疲労の色を隠せぬまま、震える手で報告書を開いた。


室内には、紙の擦れる音だけが響く。


やがて彼は、低い声で読み上げ始めた。


「日本国の支援によって、イギリス内戦は議会派が完全勝利したとのこと」


空気が変わる。


誰も言葉を発しない。


「支援の量は、我々の軍年間予算数年分に匹敵」


その瞬間、部屋の空気が一気に張り詰めた。


老臣たちは互いに顔を見合わせる。


若い将校は、信じられないという表情で固まっていた。


枢機卿の一人は、静かに十字を切る。


暖炉の火が揺れる音だけが、やけに大きく聞こえた。


沈黙を破ったのは、怒りを露わにした若い貴族だった。


「なぜ日本などという東洋の得体の知れぬ国が、欧州の戦局を左右できるほどの力を持つのだ!」


拳が机を叩く。


インク壺が揺れ、書類が散らばった。


別の者も声を荒げる。


「すでに北米を丸ごと掌握し、アフリカ南部にも進出し、太平洋の島々にも勢力を伸ばしているという!」


「しかも今度は、イギリスへ巨額支援だと?」


「これは単なる交易国家ではない!」


「スペインを包囲しつつあるのではないか!?」


次々と飛び交う声。


誰もが、漠然としていた不安を、ついに言葉として口にし始めていた。


海軍提督の一人が、ゆっくりと地図へ目を落とした。


大西洋。

北米。

南洋航路。


そこに重なるように、日本の活動報告が書き込まれている。


補給拠点。

測量拠点。

交易港。


その位置関係は、偶然とは思えなかった。


「もしこれが計画的なものなら。」


低い呟きに、室内が静まり返る。


「日本は、海そのものを押さえに来ている。」


誰も否定できなかった。


老臣の一人が、重く息を吐いた。


「我々は、あの国を見誤っていたのかもしれぬ。」


以前までの認識では、日本は奇妙な技術を持つ東洋国家に過ぎなかった。


閉鎖的。

理解不能。

だが遠い存在。


しかし今は違う。


その力は、すでに欧州政治へ届いている。


しかも、軍事だけではない。


金。

物流。

食糧。


国家運営そのものを支える力。


それが日本には存在していた。


若い将校が青ざめた顔で呟く。


「もし、日本が本気で欧州へ介入したなら。」


その先の言葉を、誰も続けなかった。


だが全員が理解していた。


それは、スペイン帝国の時代の終焉を意味する可能性がある。


部屋はいつの間にか、恐怖と猜疑心に支配されていた。


暖炉の火だけが揺れ続ける中、重臣たちは誰一人として軽々しく口を開けなくなっていた。

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