236話 議会派の焦燥感
イングランド内戦の渦中。
灰色の雲に覆われた早朝、霧深いテムズ川の河口に、異様な艦隊が静かに姿を現した。
日本の補給艦である。
巨大な船体は波を切りながら進むが、不気味なほど静かだった。
帆船とも異なる航行。
一定速度を崩さぬ滑らかな動き。
イングランド側の監視兵たちは、遠眼鏡を握る手を止めた。
「あれが東洋の船か。」
誰かが呟く。
その声には、畏怖が混じっていた。
フランスでの噂は既にイングランドへ届いていた。
異常な測量技術。
未知の学問。
そして、海そのものを支配する国。
その日本が、今まさに王党派へ支援物資を届けに来ている。
それだけで戦場の空気は変わり始めていた。
艦隊中央の補給艦二隻は、ゆっくりと港へ接近する。
貨物庫や甲板には木箱が隙間なく積み上げられていた。
その数は圧倒的だった。
しかも艦尾には、細長い異様な艦影。駆逐艦三隻が無言で随伴している。
イングランド海軍の士官たちは、あの艦を直視するたびに落ち着きを失った。
異様に低い船体。
鋼鉄で覆われた外殻。
そして、砲門らしきものが数門ほどしか見当たらないにもかかわらず漂う圧倒的威圧感。
「あれは本当に船なのか?」
「東洋魔法の兵器だという噂もある」
そんな囁きすら広がっていた。
やがて補給艦が桟橋へ横付けされる。
固定作業が終わると、日本側は即座に荷下ろしを開始した。
甲板が開き、大型クレーンがゆっくりとせり上がる。
王党派の兵士たちは思わず息を呑んだ。
「噂の、機械か」
クレーンは轟音もなく動き出し、巨大な木箱を次々と吊り上げていく。
その動きは異様なほど滑らかだった。
まるで人の意思そのものが直接機械へ伝わっているような精密さ。
荷下ろしは驚異的な速度で進む。
普通なら数日かかる量が、半日も経たぬうちに埠頭へ積み上がっていった。
王党派の士官たちは、次々と木箱の中身を確認し、顔色を変えていく。
「なんという量だ。」
「食料が、これほど!」
「鉄の質が違う。これは鋼か?」
特に彼らを驚かせたのは金属だった。
日本から運ばれてきた鋼鉄塊は、不純物が極端に少なく、均質だった。
鍛冶職人たちは目を疑う。
「こんな鉄、見たことがない」
「剣も鎧も別次元になるぞ」
さらに硝石。
火薬原料。
保存食。
大量の塩。
そして、厳重封印された木箱。
開封された瞬間、室内が静まり返る。
中には金貨が詰め込まれていた。
黄金色の光が揺れる。
王党派の財務官は震える声を漏らした。
「これだけで、軍を数ヶ月維持できる」
積荷一覧は、まさに戦争継続そのものを支える内容だった。
兵糧。
武器。
資金。
戦争に必要な全てが揃っている。
しかも、その品質が異常だった。
王党派は歓喜した。
彼らにとってこれは、新大陸南部にあるオランダといざこざのあった管理権が及ばない植民地の一部を譲るだけで得られた支援だったからである。
あまりにも破格だった。
士官たちは興奮しながら叫ぶ。
「日本は我々に味方している!」
「これだけの支援があれば議会派など恐れるに足らず!」
「勝てる。この戦、勝てるぞ!」
港全体が熱狂に包まれる。
兵士たちの士気は一気に上昇した。
飢えかけていた部隊へ食料が届く。
不足していた火薬が補充される。
さらに東洋の国が支援しているという事実そのものが、兵たちへ異常な安心感を与えていた。
数週間後。
戦況は急激に変化し始める。
王党派軍の動きが明らかに鋭くなった。
補給線が安定し、装備状態が改善され、兵士の脱走率も大きく低下する。
各地で議会派が押し返され始めた。
その変化は、まるで見えない力が戦場へ介入したかのようだった。
そしてその全てが、日本の計算通りだった。
王党派の躍進は、議会派指導部へ深刻な衝撃を与えた。
ロンドン。
薄暗い会議室。
机の上には敗報が積み上がっていた。
「馬鹿な。」
ある議員が呟く。
顔色は青白い。
「王党派がさらに押してきている」
別の将校が苛立たしげに地図を叩く。
「例の日本支援だ。兵糧も潤沢、武器の質も上がっている。」
「こちらの補給線が持たん!」
さらに別の報告が届く。
「北部戦線、後退!」
「西部防衛線、一部崩壊!」
「兵の士気低下が止まりません!」
会議室に重苦しい沈黙が落ちる。
誰もが理解していた。
このままでは敗北する。
しかもただの敗北ではない。
包囲。
崩壊。
そして徹底弾圧。
議会派幹部の一人が震える声で言った。
「日本の支援だけで、ここまで変わるのか」
その言葉には恐怖が滲んでいた。
彼らはまだ知らない。
日本が本気を出していないことを。
今投入されている支援は、日本にとって最低限に過ぎない。
だが議会派には、それでも十分悪夢だった。
緊急会議が開かれる。
室内には怒号と焦燥が渦巻いていた。
「王党派に先を越された!」
「なぜ先に日本と接触しなかった!」
「フランスでの報告を軽視した結果だ!」
互いに責任を押し付け合う声が飛び交う。
しかし、やがて一人の老議員が静かに口を開いた。
「だが、日本が欲しているのはイングランド本土ではない。」
室内が静まる。
「彼らが求めているのは、新大陸だ。」
全員の視線が集まる。
老議員は続けた。
「ならば、売却してしまえばよい。」
ざわめきが広がる。
「何を言う!」
「植民地を失うのだぞ!」
だが老議員は冷静だった。
「新大陸を保持しても、内戦で負ければ全て失う。」
誰も反論できなかった。
「逆に、本国さえ守れれば再建は可能だ。」
議場の空気が変わり始める。
現実論。
生存戦略。
「確かに」
「今は植民地より本国だ」
「今必要なのは勝利だ!」
議論は急速に収束していった。
結論は早かった。
「王党派より遥かに強力な支援を、日本へ要請する。」
「代償として」
議長がゆっくりと言葉を区切る。
「新大陸植民地すべてを売却すると伝えよ。」
沈黙。
その瞬間だった。
議会派は、自ら未来を書き換えた。
北米大陸。
その正統権利が、今まさに日本へ差し出されようとしていたのである。
そして遥か東方。
鹿児島。
静かな執務室で、明賢はまだ何も報告を受けていない段階にもかかわらず、薄く笑っていた。
まるで、全てを既に知っていたかのように。




