235話 支援部隊派遣
日本から王党派へ送られた返信は、丁寧でありながらも極めて冷静だった。
感情的な表現は一切ない。
同盟への熱意も、敵対への断定も、そこには存在しない。
ただ、国家としての利益判断だけが静かに記されていた。
「貴書、確かに拝見しました。」
整った筆跡で綴られた文面は、淡々と続く。
「日本国は、御国の情勢を重く見ております。」
一見すれば友好的な文章。
しかしその実、どこか距離を置いている。
「友好関係維持のため、一定の支援は可能です。」
同盟ではない。
全面支援でもない。
極めて計算された言葉選びだった。
さらに文面は核心へ触れる。
「ただし、新大陸の割譲については、あくまで確実に譲渡可能な範囲のみ、という条件で判断させていただきます。」
この一文によって、日本側は巧妙に逃げ道を残していた。
つまり、「口約束では動かない」という意味である。
王党派が実際に支配している地域。
確実に統治権を持つ地域。
その範囲内でしか交渉しない。
極めて現実的であり、同時に冷徹でもあった。
書簡を読んだ王党派の使者は、安堵と焦燥の入り混じった表情を浮かべる。
全面拒否ではない。
支援は得られる。
それだけで十分だった。
返信文が完成すると同時に、明賢は即座に海軍へ指示を飛ばした。
軍議室。
壁一面に広げられた海図の前で、明賢は淡々と命じる。
「補給艦二隻を派遣する。」
側近たちが記録する。
「積荷は食料と軍需資源。」
続けて視線を上げた。
「護衛は駆逐艦三隻のみでよい。」
その場の海軍士官たちがわずかに反応する。
少ない。
日本海軍基準では、あまりにも少数だった。
だが明賢は構わず続ける。
「あくまで小規模支援に見せるのが肝心だ。」
その一言で、全員が理解した。
これは軍事作戦ではない。
外交戦略。
しかも、見せ方そのものが目的の作戦だった。
王党派に安心感を与える。
同時に、議会派へ危機感を植え付ける。
そのための絶妙な戦力調整。
側近の一人が確認する。
「本気で勝たせるつもりは無い、と。」
明賢は短く答える。
「均衡を崩さぬ程度でよい。」
静かな声。
だが、その中には恐ろしいほど精密な計算が存在していた。
数日後。
鹿児島港。
巨大な補給艦二隻が、静かに出航準備を進めていた。
港では荷役作業が続いている。
木箱。
鉄材。
保存食。
作業員たちは黙々と積み込みを行っていた。
積荷の内容は膨大だった。
穀物。
乾燥肉。
塩。
鉄塊。
硝石。
さらに、厳重封印された木箱の中には大量の金貨と銀貨。
戦時国家にとって喉から手が出るほど欲しい物資ばかりだった。
だが、それでも決定打にはならない量。
そこが重要だった。
艦長は積荷目録を確認しながら、小さく苦笑する。
「これは戦争支援というより、誘い水だな。」
隣の副長が低笑った。
「魚を釣るには、まず餌を撒けですか。」
艦長は答えず、港の先を見る。
そこには駆逐艦三隻が既に待機していた。
細長い艦体。
静かな機関音。
帆もなければ櫂もない。
17世紀の船乗りが見れば、悪夢か幻にしか見えない存在。
しかし日本海軍にとっては、最低限の護衛戦力に過ぎなかった。
夕刻。
出航命令が下る。
汽笛が低く響き、補給艦がゆっくりと港を離れていく。
岸壁の兵士たちは敬礼し、港湾作業員たちは黙ってその姿を見送った。
夕日が海面を赤く染める。
その中を、五隻の艦隊は静かに西へ進んでいった。
まるで影のように。
誰にも気付かれぬまま、世界の勢力図を変えるための一手が放たれていた。
王党派への支援が動き始めてから数日後。
明賢は庭園を歩きながら、ふと側近へ言った。
「議会派は釣れると思うか。」
静かな夜だった。
風が竹を揺らしている。
側近はすぐには答えなかった。
明賢の言葉は、ほとんどの場合現実になる。
だからこそ重かった。
明賢は歩みを止める。
「王党派より、遥かに大きな餌を持って。」
側近は思わず息を呑んだ。
既に予想はついていた。
だが、それを口にするのは躊躇われた。
「新大陸、すべてでしょうか。」
明賢は静かに頷く。
迷いは無い。
「北米全土が手に入る。」
その言葉はあまりにも巨大だった。
一国家の外交成果という規模ではない。
世界史そのものを変える話である。
側近の背に冷たい感覚が走る。
北米全土。
前世では巨大国家が生まれる土地。
莫大な鉱物資源。
広大な農地。
無数の港湾。
それを、この時代に日本が握る。
常識では考えられない。
しかし明賢は、まるで既に確定した未来を語るように続けた。
「この世界では、な。」
その目は遠くを見ていた。
もはやイングランド内戦など見ていない。
さらに先。
海の向こう。
北米大陸。
その先にある未来の世界地図。
明賢は既に、次の時代の地平を見据えていた。




