234話 王党派の要望書
イングランド内戦。
それはヨーロッパ全体を揺るがす巨大な火種であり、同時に、明賢にとっては歴史を書き換える絶好の機会でもあった。
フランス派遣団が帰路についた直後のことだった。
鹿児島湾沿いに設置された日本の外交施設。
異国船の往来が増えつつあるその港へ、一隻の快速船が慌ただしく入港した。
船体にはイングランド王国の紋章。
だが掲げられている旗は、議会派のものではない。
船員たちは疲弊し切っており、まるで数日間ほとんど休まず航海してきたかのようだった。
外交施設の役人が警戒しながら迎えると、使者はすぐさま封書を差し出す。
「至急、日本国宰相・明賢殿へ。」
封蝋には、イングランド王党派の紋章が刻まれていた。
それを見た外交官たちは小さく視線を交わす。
動いた。
誰も口にはしなかったが、全員が理解した。
フランスとの交流成功によって、日本の存在感はもはや無視できない段階へ入っている。
そしてイングランドは、内戦の最中にその力を欲している。
鹿児島の外交施設は、突如としてヨーロッパ最大級の政治交渉の舞台へ変わっていった。
王党派から届けられた書簡。
厚い羊皮紙。
赤い封蝋。
格式を重視した丁寧な筆致。
しかし、その内容には隠し切れない焦燥が滲んでいた。
「我ら王党派は優勢にあり。」
書き出しは強気だった。
だが、明賢はその時点で既に内情を読み取っていた。
優勢と強調する国家ほど、実際には不安定である。
書簡は続く。
「貴国の支援があれば、議会派を迅速に鎮定しうる。」
つまり、日本の支援が必要なほどには戦局が拮抗しているということ。
さらに読み進める。
「新大陸植民地の全ては渡せぬが、南部の一部であれば譲渡は可能。」
この一文で、部屋の空気がわずかに変わった。
側近たちは黙ったまま明賢を見る。
北米植民地。
それは単なる土地ではない。
未来の世界覇権そのものだった。
もし日本がそこへ正式な権利を持てば、数百年後の国際秩序すら変わる。
だが王党派は、一部しか渡さないと言っている。
そして最後にこう締めくくられていた。
「対価としての資源・金銭・糧食の供給を願いたい。交渉は成立しうるだろうか。」
普通の国家なら飛びついただろう。
植民地の一部譲渡。
正式な貿易権。
イングランド王家との同盟。
十分すぎる利益に見える。
しかし、明賢は違った。
彼は最後まで無言で書簡を読み終えると、静かに机へ置いた。
その動作には、一切の迷いがない。
そして淡々と呟く。
「王党派は焦っているな。」
静かな声だった。
だが、側近たちはその言葉に集中した。
「ならば、議会派は、もっと焦る。」
部屋に沈黙が落ちる。
その瞬間、側近たちは理解した。
明賢は既に、次の展開まで見えている。
彼にとって、この交渉は援助ではない。
国家規模の盤上戦だった。
明賢の脳内では、わずか数秒のうちに巨大な戦略が組み上がっていた。
利益。
外交。
軍事。
植民地。
未来の海洋支配。
全てを含めた計画。
その結論は極めて明快だった。
王党派には、勝ち切れない程度に支援する。
それが最適解である。
もし王党派を完全勝利させれば、日本が得られるのは「北米南部の一部」だけ。
それでは足りない。
日本が欲しているのは、北米全域に対する正統な権利だった。
未来の超大陸。
莫大な資源。
人口。
港湾。
太平洋と大西洋を繋ぐ基盤。
それを得るには、議会派側を極限まで追い詰める必要がある。
だからこそ、明賢は二段階支援策を組み立てた。
第一段階。
王党派への小規模援助。
内容は限定的だった。
食料。
鉄鋼。
火薬などの軍需資源。
さらに一定量の黄金と銀。
加えて、補給艦二隻。
そして最低限の護衛として駆逐艦三隻。
もちろん、17世紀人類から見れば異常な戦力である。
しかし日本基準では、あくまで最低限。
王党派が安心する程度。
「日本は我々の味方だ」
と思い込む程度。
だが、戦局を決定づけるほどではない。
絶妙な量だった。
側近の一人が慎重に尋ねる。
「王党派が本当に勝ってしまう可能性は?」
明賢は即答した。
「無い。」
その声には確信しかなかった。
「支援量は調整する。勝たせぬ程度に、だ。」
まるで天秤を操作するような口調だった。
第二段階。
ここからが本命だった。
王党派が日本の支援を受けたという情報は、必ず議会派へ伝わる。
しかも、意図的に少し誇張された形で。
「1部の領土だけで日本は派遣した」
「兵器を供与した」
「王党派が日本と同盟した」
そうした噂は、戦時下では一気に広がる。
そして議会派は焦る。
確実に。
なぜなら彼らは知っているからだ。
フランスで日本が何を見せたかを。
精密測量。
統一規格。
異常な技術力。
そして、海の向こうから現れた未知の国家の存在を。
もしその国が王党派へ本格支援したなら。
議会派は敗北する。
少なくとも、そう思い込む。
だから彼らは必ず日本へ泣きついてくる。
しかも今度は、もっと大きな代価を持って。
「新大陸植民地の全ての譲渡。」
それが明賢の狙いだった。
一部ではない。
北米全土。
正当な所有権そのもの。
植民権。
港湾権。
鉱山権。
通商権。
未来における国家基盤。
明賢は地図を見下ろす。
北米大陸。
広大な土地。
未来では列強国家となる地域。
そこへ静かに指を置いた。
「ここが変われば、世界の形そのものが変わる。」
側近たちは息を呑んだ。
彼らはようやく理解し始めていた。
明賢は単に外交をしているのではない。
数百年先の世界秩序を設計している。
王党派への支援など、そのための前座に過ぎなかった。
本当の勝負は、議会派が絶望し、日本へ助けを求めてきた時。
その瞬間から始まるのだ。




