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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第四章 世界との関わり

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233話 理の書

翌日より、日本の護衛兼技術者たちはフランス各地へ散っていった。


彼らは単なる護衛ではない。


測量士。

天文学者。

地質調査員。

建築観測員。


そして、未来の知識を背負った記録者たちでもあった。


早朝、まだ霧の残る平原に三脚式の測量器具が立てられる。


日本人技術者たちは静かに器具を調整し、遠方の丘へ視線を向ける。

望遠鏡付き測角器。

精密な水準器。

携帯型の計算盤。


そのどれもが、この時代のヨーロッパには存在しない精度を持っていた。


フランス側の案内人たちは驚き続けていた。


「彼らは、なぜあれほど速く測れる?」

「しかも誤差がほとんど無い。」

「まるで大地そのものを見通しているようだ」


日本の技術者たちは無駄な会話をせず、淡々と作業を進める。


昼には山の高さを測り、河川の幅を記録し、道路の勾配を確認する。


夜になると、今度は天体観測が始まった。


簡易天幕の外に観測器具が並べられ、星の位置が次々と記録されていく。


北極星。

月齢。

惑星の移動。


彼らは天体の角度と地形情報を組み合わせ、驚異的な精度でフランス全土の地図を描いていった。


その地図は、当時ヨーロッパで作られていたどの地図とも比較にならないほど正確だった。


川の湾曲。

森の位置。

高低差。

街道距離。


全てが数値化され、体系的に整理されていく。


フランス側の学者は、完成途中の地図を見て呆然とした。


「これは、地図ではない。」


彼は震える声で言った。


「まるで、大地そのものを紙へ移したようだ。」


だが、日本側が真に行っていた任務は、それだけではなかった。


実は、この使節団の全員が極秘の記録任務を帯びていたのである。


その事実を知る者は、明賢直属のごく一部のみ。


彼らの衣服の内側。

装飾品。

帯留め。

髪飾り。


そこには、小型の隠しカメラと音声記録装置が巧妙に組み込まれていた。


もちろん、この時代の人間には理解すらできない技術だった。


レンズは極小。

記録装置は特殊加工された収納部へ隠蔽され、

外見からはただの装飾品にしか見えない。


フランス側がどれほど注意深く観察しても、その正体を見抜くことは不可能だった。


使節団は滞在中、膨大な情報を秘密裏に収集していた。


宮廷での会談。


学者同士の議論。


市場の喧騒。


鍛冶屋の槌音。


教会の鐘。


街路を歩く人々の会話。


石畳を踏む馬車の音。


さらには、パリの街並みそのものまで。


高精細映像と立体測定技術によって、17世紀ヨーロッパの空間が丸ごと保存されていたのである。


広場の寸法。

建物の配置。

人々の服装。

表情。

生活習慣。


何気ない日常ですら、未来から見れば極めて貴重な記録だった。


ある夜、日本の若い技術者が宿舎の窓から街を見下ろしていた。


薄暗い石造りの街並み。

遠くで揺れる松明の火。

夜霧の中に響く鐘の音。


彼は小声で呟く。


「これが、本来の17世紀」


未来では、どれほど研究しても完全には再現できなかった世界。


その生きた現実が、今まさに記録されていた。


彼らは歴史を変えるためだけに来たのではない。


歴史を残すためにも来ていたのである。


この極秘映像群は、後世になって初めて存在が知られることとなる。


数百年後。


日本国内の保管庫から発見された膨大な記録媒体。


そこに映されていたのは、教科書の中でしか知られていなかった17世紀ヨーロッパの生きた姿だった。


学者たちは衝撃を受ける。


「これは奇跡だ」

「映像記録など存在するはずがない時代だぞ」

「しかも映像音声まで完全保存されている」


後にそれらは、17世紀ヨーロッパの奇跡の記録と呼ばれるようになる。


特に、ルイ十三世との謁見映像や、当時のパリ市街を立体記録したデータは、歴史学界最大級の発見として扱われることとなった。


滞在最終日。


アカデミーでは、日本使節団による最後の講義が行われていた。


講義室はこれまでで最も混雑していた。


立ち見すら入り切らず、廊下まで人が溢れている。


数週間前には半信半疑だった学者たちも、今では真剣な眼差しで日本の使節を見つめていた。


講義終了後、五名の使節は静かに一冊の書物を取り出した。


厚い和紙で綴じられた書。


表紙には、美しい筆文字が刻まれている。


『理之書』


静まり返る講義室。


日本側代表は、その書物をゆっくりと学長へ差し出した。


「これは、我々の基礎学問をまとめたものです。」


学長は慎重に受け取る。


ページを開いた瞬間、周囲の学者たちが息を呑んだ。


そこには、極めて体系的な知識が整理されていた。


建築。

測量。

数学。

化学。

物理。

自然観測。


各項目は図解付きで説明され、数式や概念が驚くほど分かりやすく整理されている。


しかも各章の末尾には、丁寧なフランス語訳まで添えられていた。


「ここまで整備された学術書が存在するのか。」


ある学者が呆然と呟く。


だが、多くの者が最も驚いたのは、その表紙裏に書かれた一文だった。


そこには、明賢直筆の言葉が記されていた。


「本書の原文、日本語を第一とす。」


場内が静まり返る。


「理を知る者は、言を学ぶことを恐れぬ。」


その言葉は、単なる注意書きではなかった。


思想だった。


知識を得るためには、言葉そのものを学ばねばならない。


翻訳だけでは、理の本質には届かない。


つまり日本側は、日本語そのものを学術言語として広めようとしているのである。


フランスの学者たちは互いに顔を見合わせた。


「日本語を学ぶ?」

「学問のために?」

「彼らは、自国の言語にそこまでの自信を持っているのか」


だが同時に、多くの若い研究者たちは強い興味を抱いていた。


未知の文字。

独特の構文。

そして、日本語でしか表現できない理論概念。


彼らにとって、それは新たな知の扉だった。


やがてこの書物は、フランス国内で特別な名で呼ばれるようになる。


『Livre du Soleil Levant』


昇る太陽の書。


写本は各地へ広がり、若き科学者たちは競うように日本語を学び始めた。


最初はごく少数だった。


しかし十年後には、日本語を理解できるフランス学者が現れ始める。


さらに数十年後。


ヨーロッパ学術界には、ある言葉が定着していく。


「最新の理を学ぶなら、まずは日本語を読めるようになれ。」


それは、後の世界秩序を静かに変えていく最初の一歩だった。

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