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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草


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135/140

135話 運河開削中

陽が昇ると同時に、湿り気を帯びた空気が汎名の密林を包み込んだ。


夜露を含んだ葉が朝日に光り、湿った土の匂いが立ちのぼる。


遠くでエンジンが唸る。

泥に沈んだ鉄の履帯が、ゆっくりと前進を始めた。


「本日の掘削区間、幅三十メートル。標高差は二メートル。慎重にいけ!」


指揮官の声が、有線通信を通じて仮設スピーカーから響く。

通信ケーブルは杭に沿って張り巡らされ、各前進基地へと命令を伝える。


整列するブルドーザーとパワーショベル。

運転席の男たちは汗を拭いながら、短く応じる。


「了解。」

「開始します。」


轟音が密林を震わせる。


ショベルの鋼鉄の爪が土をえぐり、大きく持ち上げ、土砂を後方へと吐き出す。


ブルドーザーは土を押し分け、道筋を整える。


その後をロードローラーがゆっくりと進み、振動で地盤を締め固める。


短い雨が突然降り注ぐ。

だが数分後には蒸気となって立ちのぼる。


この土地の空気は重い。

粘り気を帯び、肌にまとわりつく。


それでも工事は止まらない。


掘削地は次第に広がり、細い溝だった場所は、やがて大きな帯となって山の裾を這い始めた。


その線は、遠くのガトゥン湖へと向かって延びていく。


ガトゥン湖


巨大な湖面は朝日を受け、鏡のように輝いている。


湖畔に立つ日本の技師たちは、この湖を「運河の心臓」と呼んだ。


湖の水位差を利用する。


大西洋と太平洋の高低差を、人工の水の階段閘門で調整する。


それが、この計画の核心だった。


「問題は水圧だな。」


設計主任の榊が、汗で湿った手帳に図面を走らせる。


閘門の幅。

水深。

一度に出入りする船の大きさ。


隣では、帝国大学出身の若き技師が頷く。


「木造では到底持ちません。腐食も早いでしょう。

 鋼鉄製の閘門を試作すべきです。」


「鋼鉄板をリベット、あるいは溶接で組むか、造船技術を応用できるかもしれんな。」


船を作る技術を、今度は水門に転用する。


海で鍛えられた技術が、ここでも生きる。


現場では、すぐに水門模型の試験が始まった。


長さ十メートルほどの簡易水路を築き、ガトゥン湖から水を引き込む。


小型の鉄製閘門を設け、水位を上下させる。


ハンドルを回すと、鉄の門がゆっくりと閉じる。


水がせき止められ、内部の水位が徐々に上昇する。


「水圧計、確認。」

「異常なし。」


だが次の瞬間、閘門の隙間から水が細く噴き出した。


「パッキン部、漏れています!」


榊は眉をひそめる。


「密閉精度を上げろ。鋼板の接合面を再設計だ。」


技師は頷き、すぐに図面を修正する。


何度も試験を繰り返す。


閉じる。

注水。

排水。


失敗。

改良。

再試験。


数日後には泥だらけになりながらも、模型の水位は安定して制御されるようになっていた。


「いける。」


誰かが小さく呟く。


それは確信ではない。

だが、手応えだった。


掘削は続く。

水門の設計も進む。


二つの海を結ぶ道は、土だけでなく、知恵と技術によって刻まれていく。


汎名の空の下、運河はもはや夢ではなく、図面と土砂と鋼鉄の中に、確かな輪郭を持ち始めていた。


「よし、水門閉鎖!」


掛け声とともに、鉄製のゲートがゆっくりと降ろされる。


滑車が軋み、鎖が震え、鋼鉄の板が水面へと近づいていく。


重い音を立てて、水路を塞いだ。


数秒の静寂。


次の瞬間、湖側からじわりと水が押し寄せる。


水面がわずかに揺れ、やがて圧力が鉄板に集中する。


ギ……ギギ……。


鉄が軋む。

鋲がきしむ。


水圧計の針がゆっくりと上昇していく。


誰もが息を止めて見つめた。


工具を握る手が汗で滑る。

喉が乾く。


それでも、ゲートは動かない。


さらに水位が上がる。


鉄板がわずかに震える。

だが、持ちこたえた。


「成功だ。」


主任設計官の口から、静かな声が漏れる。


その瞬間。


張り詰めていた空気が弾けた。


「成功だ!」

「耐えている!」

「これなら行ける!」


歓声が広がる。


若き技師が拳を握りしめる。


「鋼鉄で作れば、木材に比べて何倍もの圧力にも耐えられる!」


主任はうなずく。


木ではない。


鋼鉄だ。


造船で鍛えた技術。

東京湾で学んだ溶接と鋲打ち。


それを、この地で水門へと昇華させる。


その夜。


仮設宿舎の灯りの下で、主任は報告書を書いていた。


蛍光灯の光が紙面を照らす。


初期水門試験、良好。

構造は鋼製リベット溶接複合方式。

将来的には完全溶接式へ移行予定。

初期水路幅三十メートル。

最終計画幅七十メートル。


筆を置いた指先には、赤土と油の跡が残っている。


紙の端には、にじんだ汗の跡。


それでも、疲れを口にする者はいない。


外では虫の声が響き、湿った夜風が流れる。


この地に、日本の手で海と海を結ぶ道を刻む。


それは単なる工事ではない。


国家の誇り。

人々の夢。


海底に通信線を敷いた国が、今度は大地を切り裂き、水を通す。


夜の静けさを切り裂くように、遠くでパワーショベルのエンジン音が響いた。


ドン、ドン、と低い鼓動。


工事は止まらない。


星明かりの下、野外照明が白く泥を照らす。


ショベルが土をすくい上げ、ブルドーザーが押し進める。


昼も夜もなく、運河は少しずつ形を成していく。


試作水門は耐えた。


次は、本番だ。


ガトゥン湖の水が、二つの海を接続する日が来る。


その未来を思い描きながら、汎名の夜は、轟音とともに更けていった。

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