第13話:科学という名の魔法(後半)
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「……来たわね」
キナの声が、低く沈んだ。
工場の空気が、ピリピリと帯電したように張り詰める。
俺はモニターを覗き込んだ。
無機質なグリッド線の上に、無数の赤い点が明滅している。
それは蟻の群れのように、工場の外周を埋め尽くし、内側へと侵食しようとしていた。
「白銀騎士団……だけじゃないわ」
キナがキーボードを叩き、画像を拡大する。
そこに映し出されたのは、見慣れた白銀の鎧だけではなかった。
黒い強化スーツに身を包んだ「憲兵隊」。
そして、空を埋め尽くすように浮遊する、石像のようなドローンたち。
「ガーゴイル・ドローンまで……。随分と派手な歓迎会ね」
キナが舌打ちをする。
ガーゴイル。上層の警備に使われる、魔力駆動の自動兵器だ。
目から熱線を放ち、侵入者を消し炭にする空の殺し屋。
それが、こんな下層まで降りてきている。
(本気だ……)
俺は、掌に冷たい汗が滲むのを感じた。
今までの「掃除」とは訳が違う。
これは「戦争」だ。
俺たち二人を、この世界のバグとして完全に消去するための、組織的な殲滅作戦。
「どうする?」
俺は聞いた。
声が震えそうになるのを、腹に力を入れて抑え込む。
キナは、モニターから目を離さずに言った。
「ここを捨てるわ」
「捨てる?」
「ええ。場所が割れた以上、ここはもう『隠れ家』じゃない。ただの『棺桶』よ」
彼女は、作業台の上の図面や工具を、手当たり次第にバックパックに詰め込み始めた。
その手つきに、迷いはなかった。
愛着のある場所のはずなのに。
作り上げた「城」のはずなのに。
「……いいのか?」
「命より大事なガラクタなんてないわ。それに……」
キナが振り返り、ニヤリと笑った。
「また作ればいいのよ。もっと高くて、もっと眺めのいい場所にね!」
その言葉に、俺の胸のつかえが取れた。
そうだ。
俺たちはもう、逃げ隠れするだけのネズミじゃない。
上を目指す「挑戦者」なんだ。
「よし。……行こう」
俺は、ヴァニタス・カスタムを肩に担いだ。
ズシリ。
改造されて増した重量感が、今は頼もしい。
柄に取り付けられた圧力計の針が、静かに振れている。
「出口は?」
「正面突破よ」
キナが、義手のスイッチを入れた。
ウィーン、という高い駆動音と共に、鉄の爪が回転を始める。
「裏口はもう囲まれてる。……だったら、一番警戒が手薄な『正面』から、ド派手にぶちかましてやるのよ!」
彼女は、壁際のレバーを力任せに下ろした。
ガコンッ!!
工場の巨大なシャッターが、重い音を立てて上がり始めた。
***
シャッターの隙間から、外の光が差し込んでくる。
それと同時に、圧倒的な殺気が流れ込んできた。
「……出てきたぞ!」
「撃てッ!!」
指揮官らしき男の叫び声。
次の瞬間、世界が光に埋め尽くされた。
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!!
無数の魔法弾。
そして、上空のガーゴイルから放たれる赤い熱線。
それらが雨のように、開いたばかりの入り口へと殺到する。
(死ぬ)
本能がそう叫ぶほどの、密度の暴力。
避ける場所なんてない。
防御結界なんて張れない。
けれど。
「前へ!」
キナの鋭い声が、俺の背中を叩いた。
俺は走った。
思考するよりも早く。
死の雨の中へ、自ら飛び込むように。
「吸い尽くせ、ヴァニタスッ!!」
俺は、魔剣を正面に突き出した。
意識を、剣の「飢え」に同調させる。
『……!!』
剣が、歓喜の咆哮を上げた。
白い包帯が波打ち、新たに取り付けられたパイプが脈動する。
シュゴォォォォォッ…………!!
空気が歪んだ。
俺の目の前に迫っていた魔法弾が、熱線が、全て剣の切っ先へと吸い寄せられていく。
まるで、巨大なブラックホールが出現したかのように。
「な……!?」
「魔法が、消えた!?」
敵兵たちの驚愕の声。
光の奔流が、次々と剣の中に飲み込まれていく。
ドクン、ドクン、ドクン!!
剣の柄が、暴れる生き物のように震える。
圧力計の針が、レッドゾーンへと跳ね上がる。
吸収した魔力が、熱エネルギーに変換され、刀身の中で圧縮されていく。
熱い。
リミッターがついているはずなのに、柄を通じて猛烈な熱が伝わってくる。
今にも爆発しそうなほどのエネルギー密度。
「ニルス、今よ!」
キナが叫んだ。
「排熱ッ!!」
俺は、剣のトリガー(新たに追加されたレバー)を引いた。
カチリ。
その瞬間。
ズドォォォォォンッ!!!!
剣の背中にある排熱ダクトから、圧縮された蒸気と魔力の混合ガスが、爆音と共に噴射された。
ロケットエンジン。
キナの言った通りだった。
後方への猛烈な噴射が、俺の身体を前方へと押し出す。
「う、おおおおおおッ!!」
加速。
それは、自力で走る速度の比ではなかった。
背中から巨人に殴り飛ばされたような、理不尽な推進力。
俺の身体は、赤い残像を残して敵陣の中央へと突っ込んだ。
「散開ッ! 散開しろぉぉッ!」
指揮官が絶叫する。
だが、遅い。
俺は、勢いのまま剣を振り抜いた。
「吹き飛べぇぇぇッ!!」
ブォンッ!!
剣撃に合わせて、再び排熱が噴き出す。
その衝撃波が、斬撃の威力を数倍に跳ね上げる。
ガガガガガッ!!
最前列にいた重装甲の憲兵たちが、ボウリングのピンのように弾き飛ばされた。
盾も、鎧も、意味をなさない。
圧倒的な質量と速度の前では、全てが紙屑同然だ。
「が、はッ……!?」
「重、い……!」
敵兵が宙を舞う。
俺は止まらない。
噴射の反動を利用して身体を回転させ、二撃目、三撃目を叩き込む。
踊るように。
暴風のように。
俺と剣は一体となって、戦場を蹂躙していく。
「馬鹿な……物理攻撃だけで、ここまで……!?」
白銀の騎士の一人が、信じられないものを見る目で後ずさる。
彼らにとって、魔法こそが力であり、物理は野蛮な原始人の武器だったはずだ。
その常識が、今、粉々に砕かれている。
「上等な鎧だな」
俺は、騎士の目の前に着地した。
排熱ダクトから、シューッと白い煙が上がっている。
「でも、中身はただの人間だろ?」
「ひッ……!」
騎士が剣を構える。
遅い。
俺は、ヴァニタス・カスタムを振り上げた。
その時。
キィィィィン……!!
頭上から、不快な高周波音が響いた。
見上げる。
ガーゴイル・ドローンだ。
3機の石像が、俺の頭上を旋回し、その目を赤く発光させている。
「ロックオンされた!」
キナの声。
熱線が来る。
剣で吸うか?
いや、3方向からは無理だ。
「伏せて!」
ドォンッ!!
俺が地面に這いつくばると同時に、頭上を何かが通過した。
黒い塊。
それは、キナが投げた「鉄の網」だった。
バヂヂヂヂッ!!
網が空中で広がり、ガーゴイルたちに絡みつく。
ただの網ではない。
電気が流れている。
「システムダウンよ、石ころども!」
キナが、義手から伸びたワイヤーを通じて、高圧電流を流し込んだのだ。
彼女は工場の発電機を暴走させ、その電力を義手に直結していた。
「ギ、ギギ……」
ガーゴイルたちが痙攣し、煙を吹く。
魔力回路がショートし、制御を失った石塊となって、次々と墜落してくる。
ドスン、ドスン、ドスン!!
地面に落ちて砕けるガーゴイル。
その破片が、敵兵たちを襲う。
「な、なんだあの女は!?」
「魔法じゃない……科学だと!?」
混乱する敵陣。
その隙を、俺たちは見逃さなかった。
「行くわよ、ニルス! 出口まで一点突破!」
キナが、俺の横を駆け抜ける。
その背中には、巨大なバックパック。
中身はガラクタなんかじゃない。
俺たちの「未来」が詰まっている。
「ああ!」
俺は彼女の後を追った。
邪魔な敵は、剣でなぎ払う。
遠くの敵は、キナが閃光弾や煙幕で無力化する。
噛み合っている。
俺の暴力と、彼女の知恵。
今まで一人で戦っていた時には感じなかった、「背中を守られている」という安心感。
これが、相棒か。
工場の出口が見えてきた。
その向こうには、第0層の迷路のような路地が広がっている。
あそこへ逃げ込めば、追っ手を撒ける。
「止まれぇぇぇッ!!」
出口の前。
巨大な影が立ちはだかった。
3メートルはあるだろうか。
全身を分厚い鉄板で覆った、二足歩行の重機のようなゴーレム。
その両腕には、巨大なドリルが装着されている。
「攻城用ゴーレム……! マジかよ!」
キナが足を止める。
あんなもの、生身でぶつかればミンチだ。
俺の剣でも、あの質量を受け止めるのは厳しい。
「どけェッ! ゴミどもが!」
ゴーレムの中に乗っている操縦士が叫ぶ。
ドリルが回転を始め、空気を引き裂く音を立てる。
「……ニルス」
キナが、俺を見た。
その瞳は、諦めていなかった。
むしろ、悪戯を思いついた子供のように輝いている。
「あんたの剣、もう一回『噴射』できる?」
「……ああ。さっき吸った分が、まだ残ってる」
「OK。じゃあ、私が合図したら、全力で『後ろ』に噴射して」
「後ろ? 敵は前だぞ?」
「いいから! 信じて!」
キナはそう言うと、バックパックから何かを取り出した。
ドラム缶のような、太い筒。
その先端に、アンカー(鉤爪)がついている。
「あれを使うわ」
キナが指差したのは、天井のクレーンだった。
錆びついているが、まだ頑丈そうな鉄骨。
「3、2、1……今ッ!」
キナが、アンカーを発射した。
ガキンッ!
鉤爪が鉄骨に食い込む。
同時に、俺は剣のトリガーを引いた。
刃を後ろに向け、噴射口を前に向けて。
ズドォォォンッ!!
逆噴射。
俺の身体が、強烈な反動で「後ろ」へ吹き飛ぶ。
キナが俺の腕を掴む。
そして、ワイヤーが巻き取られる。
ギュンッ!!
振り子の原理。
後退する力と、上に引っ張る力が合成され、俺たちの身体は大きく弧を描いて急上昇した。
「なッ……!?」
ゴーレムの操縦士が、頭上を見上げる。
俺たちは、ゴーレムの頭上を飛び越えていた。
「ばぁか! 正面から相手すると思った?」
キナが、空中で舌を出す。
そして、すれ違いざまに、ゴーレムの背中のタンクに「何か」を貼り付けた。
掌サイズの、粘土のような塊。
赤いランプが点滅している。
「さよなら、ポンコツ!」
俺たちが着地し、出口へと駆け込んだ瞬間。
カッ!!
背後で、爆発が起きた。
プラスチック爆弾。
ゴーレムの燃料タンクが誘爆し、巨大な火柱が上がる。
「う、わぁぁぁぁッ!?」
ゴーレムが前のめりに倒れ、出口を塞ぐ形になった。
これで、追っ手はすぐには出てこられない。
「はは……ッ!」
俺は走りながら、笑いがこみ上げてきた。
やった。
逃げ切った。
あの包囲網を、二人だけで突破したんだ。
「見たかよ、キナ! あのデカブツがひっくり返るのを!」
「見た見た! ざまぁないわね!」
キナも笑っている。
煤だらけの顔で、白い歯を見せて。
俺たちは、薄暗い路地を走った。
息は上がっている。
身体はボロボロだ。
でも、足取りは軽かった。
やがて、追っ手の気配が完全に消えた頃。
俺たちは、古い給水塔の陰で足を止めた。
「はぁ……はぁ……、ここまで来れば、大丈夫ね」
キナが、膝に手をついて息を整える。
俺も、壁に背を預けて座り込んだ。
「……凄かったな」
俺は、ヴァニタス・カスタムを撫でた。
熱を持っていた刀身が、今は冷たく静まり返っている。
こいつも、満足したようだ。
「でしょ? 私の改造のおかげよ」
キナが、胸を張る。
「でも、一番凄かったのはあんたよ、ニルス。……あんな無茶苦茶な作戦、あんたじゃなきゃ成立しなかった」
彼女は、俺の隣に座り込んだ。
肩が触れ合う距離。
俺の体温は低いが、彼女の熱が伝わってきて、不思議と寒くはなかった。
「……ありがとう」
俺は、素直に言った。
「あんたがいてくれて、よかった」
キナは、少し照れくさそうに鼻をこすった。
「……ま、相棒だしね」
彼女は、給水塔の隙間から見える空を見上げた。
第0層の天井。
配管とスモッグに遮られた、偽物の空。
「ねえ、ニルス」
「ん?」
「約束、覚えてる?」
キナが、指を空に向けた。
「あの天井の向こう。……第9層まで、連れてってくれるんでしょ?」
ヘリオスのいる場所。
世界の頂点。
俺は、自分の手を見た。
泥と油と、血にまみれた手。
でも、もう震えてはいなかった。
「ああ」
俺は、強く頷いた。
「必ず行く。……壁を壊して、床を抜いて、全部ひっくり返してな」
「ふふ。楽しみね」
キナが笑い、俺の肩に頭を預けた。
疲れが出たのか、彼女の瞳がとろんとしている。
「少し……休ませて。目覚めたら……作戦会議よ」
「ああ。おやすみ、相棒」
キナの寝息が聞こえ始める。
俺は、剣を抱き直した。
静寂が戻った路地裏。
でも、俺の中の炎は消えていなかった。
むしろ、静かに、青白く、確かな熱量を持って燃え続けている。
復讐者と、解体屋。
世界から弾き出された二つの歯車が、今、噛み合った。
この回転は、もう誰にも止められない。
俺は、見えない天井を睨みつけた。
(待ってろ、ヘリオス)
(お前の作った完璧な塔が、下から崩れていく音を聞かせてやる)
第0層の夜明け。
それは、バベル崩壊の序曲だった。
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