第13話:科学という名の魔法(前半)
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ガガガガガガッ!!
けたたましい衝撃音が、工場の薄暗い空気を引き裂いた。
インパクトレンチがボルトをねじ込む音。
続いて、ジジジジッという溶接の音が響き、青白い火花が散る。
「……おい、大丈夫なのか?」
俺は、作業台の端にある木箱に腰掛け、その光景を眺めていた。
不安だった。
俺の半身とも言える魔剣ヴァニタスが、今まさに解体――いや、改造されようとしているのだから。
「うるさいわね! 今、神経を繋いでるとこなんだから!」
キナが、防護マスク越しに怒鳴り返す。
彼女は俺の剣を万力で固定し、その上から覆い被さるようにして作業に没頭していた。
剣は、抵抗していた。
白い包帯の隙間から、凍えるような冷気を噴き出し、キナの義手を凍らせようとしている。
だが、キナは止まらない。
義手の指先からバーナーの炎を出し、冷気を物理的な熱量で相殺しながら、強引にパーツを組み込んでいく。
その姿を見ていると、不思議な感覚に襲われた。
あの剣は、俺以外の人間が触れれば、熱を吸い尽くされて即死する「呪い」の塊だ。
ずっと俺を蝕み、凍らせ、孤独を強いてきた怪物だ。
それを、この少女は恐れることなく、「ただの機械」として手懐けようとしている。
(変わるのか……?)
俺自身も、この剣のように。
ただの被害者から、何か別のモノへ。
「……よし」
数十分後。
キナが顔を上げ、防護マスクを額に押し上げた。
鼻の頭に黒い油がついている。
「構造が分かったわ。……こいつ、とんでもない食いしん坊ね」
キナは、油で汚れた手でコーヒーを煽った。
「食いしん坊?」
「そう。……あんた、こいつを『剣』だと思ってるでしょ?」
キナが、ニヤリと笑う。
技術者が、難解なパズルを解いた時の顔だ。
「違うわよ。こいつはね……『排熱機関』だわ」
「……は?」
俺は眉をひそめた。
排熱機関?
車や工場のエンジンを冷やす、あの部品のことか?
「恐らく、旧時代の遺物ね。それも、魔力炉みたいな超高出力のエネルギー源を、強制的に冷却するために作られた吸熱ユニット」
キナが、作業台の上の図面を指差す。
そこには、複雑な数式と、剣の内部構造らしき図が描かれていた。
「本来は、有り余る熱や魔力を吸い出して捨てるための道具なのよ。だから、触れたものから見境なくエネルギーを奪う。……武器として作られたわけじゃない。ただ『冷やす』ことに特化しすぎた結果、触れるもの全てを凍死させる死神になっちゃったのね」
「……なるほど」
腑に落ちた。
だから、こいつは常に飢えているのか。
俺の体温を奪うのは、悪意があるからじゃない。
「冷やすべき熱」がない空運転の状態だから、持ち手である俺を燃料タンク代わりにして、機能を維持しているだけなんだ。
「で、問題はここ」
キナが、図面の一部をペンで叩く。
「このままじゃ、あんたの心臓まで凍りついて止まるわ。だから、これをつけるの。『バイパス・ユニット』」
キナは、真鍮色のパイプと圧力計がついた、無骨な装置を剣に取り付けた。
「柄にリミッターを噛ませて、あんたから吸う熱量を最低限に絞る。そして、吸い込んだ魔力や熱を、ただ捨てるんじゃなくて『推進力』に変えるための噴射ノズルをつけたわ」
「……推進力?」
「そう。ロケットエンジンみたいなもんね。敵の魔法を吸えば吸うほど、こいつは加速する」
キナが、最後のボルトを締め上げた。
カチン。
音が鳴り、作業が終わる。
「完成よ。……名付けて、『ヴァニタス・カスタム』!」
俺は立ち上がり、作業台に歩み寄った。
そこには、生まれ変わった相棒が横たわっていた。
白い包帯で巻かれた刀身はそのままに、その上から黒鉄のフレームが追加されている。
柄の近くには、蒸気機関車のような圧力計と、複雑な配管。
そして刀身の背には、サメのエラのような排熱ダクトが並んでいる。
もはや、剣というよりは「エンジン」に近い。
ファンタジーの優雅さは微塵もなく、あるのは無骨で、凶暴な機能美だけ。
「……随分と、ゴツくなったな」
俺は、苦笑しながら手を伸ばした。
柄を握る。
カチリ。
指が触れた瞬間、リミッターが作動する音がした。
「……!」
軽い。
物理的な重さは増しているはずなのに、感覚的な重さが消えている。
今まで俺の体力をゴリゴリと削っていた吸熱の痛みが、穏やかな「冷たさ」に変わっている。
『……悪くない』
剣の声が聞こえた気がした。
以前のような飢えた叫びではない。
拘束具をつけられた獣が、喉を鳴らして主人に従うような、従順な振動。
ブォン。
試しに振ってみる。
排熱ダクトから、シュッと白い蒸気が噴き出した。
空気を切り裂く音が、以前よりも鋭い。
「どう? 馴染む?」
キナが、顔を覗き込んでくる。
「ああ。……最高だ」
俺は、剣を構えた。
体の一部になったみたいだ。
これなら、戦える。
騎士だろうが、魔獣だろうが、真正面から粉砕できる。
「ありがとな、キナ」
俺は剣を下ろし、彼女を見た。
この少女がいなければ、俺は野垂れ死んでいたか、魔剣に食い殺されていただろう。
「礼には及ばないわ。……その代わり」
キナは、作業台を片付けながら、背中越しに言った。
その声色が、ふっと真剣なものに変わる。
「教えてよ、ニルス」
彼女が振り返る。
油で汚れた顔。
けれど、その瞳だけは澄んでいて、俺の心の奥底を見透かすように真っ直ぐだった。
「武器はできた。体も治った。……で、あんたは誰を殺したいの?」
工場の空気が、ピリッと張り詰めた。
駆動音だけが、重く響く。
その問いは、鋭いナイフのように俺の心臓に突き刺さった。
蓋をしていた記憶の扉を、無理やりこじ開ける鍵だった。
誰を殺したいか。
そんなもの、決まっている。
その名前を口にするために、俺は地獄から這い上がってきたのだから。
俺は、目を閉じた。
瞼の裏に、10年前の光景が鮮明に蘇る。
あの日。
空は青かった。
上層の庭園には、本物の花が咲き乱れ、風は甘い香りを運んでいた。
『カイ、大丈夫だよ。お前は特別な子なんだから』
父さんの大きな手。
ゴツゴツしていて、いつもインクの匂いがして、とても温かかった。
『そうよ。どんな結果でも、あなたは私たちの宝物よ』
母さんの優しい声。
柔らかい笑顔。
俺を抱きしめてくれた時の、日向のような温もり。
俺には、魔力がなかった。
ただそれだけの理由で、俺たちは「不良品」と断定された。
「……ヘリオスだ」
俺は、掠れた声で呟いた。
「第5席、『太陽』のヘリオス」
その名前を口にした瞬間、俺の中で業火が燃え上がった。
思い出すのは、父さんの背中だ。
俺を守ろうとして、兵士たちに立ちはだかった父さん。
ヘリオスの指先から放たれた炎が、父さんの体を包み込んだ瞬間。
父さんの悲鳴。
肉が焼け、炭化していく音。
母さんが泣き叫びながら駆け寄り、そして彼女もまた、同じ炎に焼かれた。
二つの黒い炭。
それが、俺の愛した両親の最期だった。
「あいつは……笑ってたんだ」
俺は、ヴァニタス・カスタムの柄を強く握りしめた。
ミシミシと音がする。
「俺の両親が生きたまま焼かれているのを、あいつは……つまらなそうに、ゴミを見るような目で見て、笑ってやがった」
『掃除は終わったか?』
ヘリオスの声が、今も耳にこびりついている。
彼は俺の両親を「人間」として見ていなかった。
処理すべき「ゴミ」であり、効率を阻害する「エラー」として消去したのだ。
許せない。
殺されたことよりも、その「軽さ」が許せない。
父さんは、毎晩遅くまで働いて、俺に絵本を読んでくれた。
母さんは、少ない配給を工夫して、美味しいスープを作ってくれた。
そこには確かに、愛があった。
温かい日常があった。
それを、あいつは指先一つで、吸い殻を消すみたいに踏みにじった。
「あいつだけは……絶対に許さない」
殺意が、言葉に乗って部屋の空気を震わせた。
俺の体温が下がる。
剣が俺の怒りに呼応して、周囲の熱を貪欲に吸い上げ始めたからだ。
足元に霜が降りる。
「……第5席」
キナが、低い声で繰り返した。
彼女は、俺の激情を茶化さず、静かに受け止めていた。
「バベルの最高意思決定機関、『十席会議』の一人。……あんた、とんでもない大物を狙ってるのね」
「無理だと思うか?」
「常識で考えればね。……でも」
キナは、作業台の上のキーボードを叩いた。
空中に、青白いホログラムが展開される。
ブォン。
浮かび上がったのは、バベルの全階層図だった。
細長い円筒形の塔。
その最下層に、赤く点滅する点がある。
現在地、第0層。
「ここから、あいつのいる場所までは……遥か彼方よ」
キナが指を滑らせる。
地図がスクロールし、雲を突き抜けた先にある、第9層が表示される。
「第9層・空中庭園『エデン』。……そこが、太陽の玉座よ」
遠い。
あまりにも遠い。
物理的な距離だけじゃない。
そこに至るまでには、数千メートルの高さと、強固な防壁と、そして無数の敵が待ち構えている。
俺は、その地図を見上げた。
首が痛くなるほどの高さ。
絶望的な高低差。
けれど。
不思議と、心は折れなかった。
「……行くさ」
俺は言った。
迷いはなかった。
「どんなに高くても、階段があるなら登れる。……階段がないなら、壁をぶち壊して作るだけだ」
あの日、ダストシュートに突き落とされた時。
俺は、遠ざかる青空を見ながら誓ったんだ。
必ず這い上がって、あいつの喉笛を食いちぎってやると。
「俺は、証明しなきゃならないんだ」
俺は、自分の冷たい手を見つめた。
もう、父さんや母さんのような温かい手には戻れない。
でも、だからこそ。
「魔力がなくても、ゴミ扱いされても……俺たちの命は、あいつらに弄ばれていいほど軽くなかったってことを」
俺の言葉に、キナが小さく息を呑んだ。
そして、口元を歪めて笑った。
凶悪で、頼もしい笑み。
「いいわね。……気に入ったわ」
キナは、ホログラムの地図を指で弾いた。
光の塔が、くるりと回る。
「私もね、ムカついてんのよ」
「……何にだ?」
「全部によ。魔力がないってだけで私たちを捨てた親も、見下してきた教師も、そして……このふざけた世界を作ったシステムそのものにね」
キナの瞳に、暗い炎が宿る。
彼女もまた、この塔の被害者だ。
才能がありながら、ただ「回路が壊れている」というだけで、こんな地下の掃き溜めに追いやられた。
「私は見てみたいの。この塔の『心臓』を」
「心臓?」
「ええ。魔法使い連中は『奇跡』だの『聖女様の祈り』だの言ってるけど、そんなの嘘っぱちよ。……私は信じてる。この塔も、巨大な『機械』だって」
キナの声に熱がこもる。
「だから、私はバラしてやりたいの。このふんぞり返った塔の外装を剥がして、その中にある薄汚いエンジンを暴いてやりたい。『ざまあみろ、全部まやかしじゃないか』って笑ってやるためにね」
俺は、キナを見た。
動機は違う。
俺は過去への復讐。
彼女は真実への渇望。
でも、向いている方向は同じだ。
俺たちを押し潰そうとする「上」の世界に対する、下克上。
「……利害は一致してるな」
俺は呟いた。
「ええ。一人じゃ無理よ、ニルス。……あの騎士一人に手こずってたあんたじゃ、第1層の門番すら越えられない」
痛いところを突く。
だが、事実だ。
俺の力だけでは、単細胞な突撃しかできない。
「でも、私がいれば話は別よ」
キナが、俺の方を向いた。
義手の手のひらを、こちらに向ける。
「私は、この塔の裏ルートを知ってる。セキュリティの穴も、構造的な弱点も、全部頭に入ってる。……あんたの『剣』と、私の『頭脳』があれば」
「……世界一高い塔でも、ひっくり返せるか?」
「ええ。粉々にしてやりましょ」
俺は、キナの手を見た。
鉄と油の匂いがする手。
上層の奴らが絶対に握ろうとしない、汚れた手。
でも、今の俺には、どんな宝石よりも輝いて見えた。
家族を失って以来、初めて見つけた「仲間」の手だ。
「ああ」
俺は、迷わずその手を握り返した。
冷たくて、硬くて、温かい。
「頼む、相棒。……俺を、上まで連れて行ってくれ」
「任せなさい。……最高の『解体ショー』を見せてあげるわ」
ガッチリと、手が噛み合った。
二つの欠けた歯車が、互いの欠落を埋め合わせ、巨大な動力を生み出し始めた瞬間。
俺たちの「同盟」が結ばれた。
その時だった。
ウウゥゥゥゥゥゥゥゥ…………!!
突如、工場内にけたたましいアラームが鳴り響いた。
赤い回転灯が回り始め、ホログラムの地図が赤一色に染まる。
「……ッ!?」
俺は剣を構えた。
穏やかな空気は一変し、戦場の緊張感が肌を刺す。
キナが、素早くモニターを操作する。
その表情が、一瞬で「戦士」の顔に変わった。
つづく
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