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コード:ヴァニタス ~魔術絶対の階級社会を、魔力ゼロの「欠落者」が喰らい尽くす〜  作者: 上ノ空
ゼロの廃棄物

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第14話:飛翔 撃鉄靴、あるいは空へ至るための発破

いつも応援ありがとうございます。


最新話を更新しました。 最後までゆっくりとお楽しみください!


古い給水塔の陰。

湿ったコンクリートの壁に背中を預け、俺は肺の奥に溜まった熱を吐き出した。


「はぁ……、はぁ……」


白い息が、薄暗い路地裏に溶けていく。

喉が焼けるように渇いている。

全身の筋肉が、さっきまでの過負荷に悲鳴を上げ、鉛のように重い。

指先が微かに震えているのは、恐怖からか、それとも武者震いの余韻か。


隣で、キナが端末のキーボードを叩いている。

その指の動きだけが、この静寂の中で異様に速く、焦燥感をあおった。


カチャカチャカチャッ……ターン。


乾いたエンターキーの音が、宣告のように響く。


「……ダメね」


キナが、端末の画面を伏せた。

その顔から、さっきまでの勝気な笑みが消えている。

あるのは、冷徹なエンジニアとしての「損切り」の表情だけだった。


「どういうことだ?」


俺は聞いた。

嫌な予感が、背筋を這い上がってくる。


「主要ルート、全部封鎖されたわ」


キナが、頭上の空を指差した。


「憲兵隊が主要交差点を封鎖。地下鉄の入り口も、下水道のマンホールも、全部『蓋』をされた」


遠くから、サイレンの音が聞こえてくる。

ウゥゥゥゥゥ…………。

それは、獲物を追い詰めた猟犬の遠吠えのように、四方八方から近づいてきていた。


さらに、頭上からは不快な駆動音が降ってくる。


ブブブブブブブ……。


ガーゴイル・ドローンだ。

さっき工場で叩き落としたのは、ほんの一部に過ぎなかったらしい。

赤いセンサーの光が、路地裏の闇を舐めるように捜索している。


「袋のネズミ、ってわけか」


俺は、ヴァニタス・カスタムの柄を握りしめた。

まだ戦えるか?

剣の排熱ダクトは冷え切っている。

俺の体力も限界に近い。

ここでもう一度、あの物量とやり合うのは自殺行為だ。


「……ニルス」


キナが、俺の名を呼んだ。

彼女はバックパックの底を探り、厳重に梱包された「鉄の塊」を取り出した。


ドスン。


地面に置かれた音が、やけに重く響いた。

油紙に包まれたそれは、鈍い黒光りを放っている。


「これを使うしかないわ」


「なんだ、これは?」


「『撃鉄靴パイル・ブーツ』」


キナが油紙をぐ。

現れたのは、「靴」と呼ぶにはあまりにも凶暴な代物だった。


分厚い鋼鉄の装甲板。

足首を固定するための、何重もの革ベルトと留め具。

そして、かかと部分には、バイクのマフラーのような排気口と、巨大なシリンダーが露出している。


靴ではない。

これは、足に装着する「爆弾」だ。


「私の最高傑作にして……最大の失敗作よ」


キナが、複雑そうな顔でブーツを撫でた。


「理屈は簡単。踵のシリンダーに火薬カートリッジが入ってる。踏み込むと同時に起爆して、その爆発的な反動で加速する」


「……爆発で、走るのか?」


「走るんじゃないわ。『弾かれる』のよ」


キナが、俺の足を指差した。


「衝撃吸収ジェルは入ってるけど、気休め程度よ。タイミングを間違えれば足の骨が粉々になるし、着地に失敗すればミンチになる」


彼女は、真剣な眼差しで俺を見た。


「言っとくけど、返品不可よ。……足がなくなっても、文句言わないでね」


俺は、その鉄塊を見つめた。

冷たく、重く、暴力を具現化したような形。

普通なら、こんなものを履こうとは思わない。


だが。

俺の奥底にある「獣」が、低く喉を鳴らした。


これなら、行ける。

地を這うネズミが、空へ牙を届かせるには、これくらいの狂気が必要だ。


「……構わない」


俺は、足を差し出した。


「俺の体は、頑丈なことだけが取り柄だ」


キナが息を呑み、それからニヤリと笑った。


「オーケー。……イカれたテストパイロットに乾杯」


カチャリ。

ブーツに足を滑り込ませる。

冷たい。

鉄の内張りが、皮膚に吸い付くようだ。


ギリリリ……。

キナがベルトを締め上げる。

血管が圧迫され、足の感覚が遠のく。

まるで、足そのものが鉄に置き換わったような、奇妙な一体感。


「準備完了よ」


キナが立ち上がる。


その瞬間。


「いたぞッ!!」


路地の入り口から、怒号が飛んだ。

サーチライトの強烈な光が、俺たちを射抜く。


「撃てッ! 殺せぇぇッ!!」


ダダダダダダッ!!


銃声。

コンクリートの壁が弾け飛び、粉塵が舞う。


「チッ、早いわね!」


キナが俺の背中に飛びついた。

おんぶの姿勢。

彼女の細い腕が、俺の首に回される。


「行くわよ、ニルス! 合図に合わせて!」


「どこへ!?」


前は敵。後ろは壁。

逃げ場などない。


キナが、上を指差した。


「空よッ!」


俺は、見上げた。

狭い路地の隙間から、四角く切り取られた偽物の空が見える。

高さ50メートル。

第0層の天井。

そこには、巨大な換気ダクトが、黒い口を開けていた。


あそこか。


理解した瞬間、思考がクリアになった。

迷いは消えた。

あるのは、物理的な計算と、覚悟だけ。


俺は、腰を落とした。

右足のブーツに、全神経を集中させる。

踵の撃鉄が、カチリと鳴る感覚。


(耐えろよ、俺の骨)


敵の銃口が火を噴く。

魔法弾が迫る。

死が、コンマ1秒後に迫る。


その、刹那。


俺は、地面を「殴った」。


「飛べぇぇぇぇッ!!」


ドォォォォォォンッ!!!!


世界が、爆音に塗りつぶされた。


足の裏で、ダイナマイトが炸裂したような衝撃。

膝の軟骨が潰れ、大腿骨がきしむ音が、頭蓋骨に直接響く。


「ぐ、ぅぅぅッ!!」


激痛。

しかし、それ以上に――速い。


視界が、上下に引き伸ばされた線になる。

地面が、一瞬で遥か彼方へ遠ざかる。

俺の身体は、砲弾のように垂直に打ち上げられていた。


「う、わぁぁぁぁッ!?」

「き、消えた!?」


眼下で、敵兵たちが豆粒のように小さくなっていく。

彼らは地面を探している。

俺たちが、空にいるとも知らずに。


体が宙に浮く。

無重力の浮遊感。

しかし、それも一瞬だ。

重力が、すぐに俺たちを地面へ引きずり戻そうとする。


「壁よ! 壁を蹴って!」


キナの叫び声。

目の前に、ビルの壁面が迫る。


俺は、空中で身体をひねった。

左足を、垂直な壁に叩きつける。


ガッ!!


コンクリートに鉄のソールが食い込む。

滑る。

落ちる。

いや――


(爆ぜろッ!)


ドォン!!


二度目の爆発。

左足の踵から噴射された衝撃波が、俺の身体を斜め上へと弾き飛ばす。


「が、はッ……!」


内臓が、遠心力で押しつぶされる。

壁から壁へ。

右、左、右。

爆発の反動を利用して、ピンボールのように跳ね上がりながら上昇する。


これが、撃鉄靴。

走るんじゃない。

空気を、壁を、重力を、暴力でねじ伏せて進む、地獄の登山。


『警告。未登録の飛翔体を検知』


無機質な声と共に、ガーゴイル・ドローンが追ってくる。

3機。

下から、赤いレーザーを放ちながら上昇してくる。


「しつこい!」


キナが、背中から閃光弾を投げ落とす。


カッ!!


目がくらむほどの光。

だが、ドローンのセンサーは潰れない。

熱線が、俺の頬をかすめる。

焦げ臭い匂い。


「ニルス、止まらないで! 止まったら死ぬわよ!」


「分かってるッ!」


俺は、歯を食いしばり、さらに強く壁を蹴った。

ドォン! ドォン! ドォン!

連続爆発。

足の感覚はもうない。

ただ、爆発のリズムに合わせて体を動かすだけの機械になった気分だ。


高さ40メートル。

スラム街の全貌が見えてきた。

ゴミのように積み重なったバラック小屋。

毒々しいネオンサイン。

そして、その間を這い回る憲兵たちのライト。


(小さい……)


俺は思った。

あんなに広くて、恐ろしくて、世界の全てだと思っていた場所が。

今は、箱庭の模型のように小さく見える。


これが、「上」からの景色か。

俺たちはずっと、こんな狭いおりの中で、空を見上げていただけだったのか。


「……さらばだ」


俺は、心の中で呟いた。

もう、二度と戻らない。

レオの骨が埋まるこの街を、俺は踏み越えていく。


「天井! 来るわよ!」


キナの声で、我に返る。

目の前に、第0層の「蓋」が迫っていた。


直径5メートルの、巨大な排気ファン。

ゆっくりと回転する鉄の羽根。

そして、それを覆う分厚い鉄格子。


行き止まりだ。

普通なら。


「開いてねぇぞ!」


「こじ開けるのよ! ……あんたの『パイル』で!」


キナが、俺の耳元で叫ぶ。


「踵のレバーを引いて! カートリッジを全弾消費フルバースト!」


俺は、空中で身体を回転させた。

足の裏を、天井の鉄格子に向ける。


重力が、一瞬だけ止まる頂点。

眼下のドローンが、追いついてくる。

熱線が背中を焼く寸前。


俺は、踵のレバーを引いた。


「開けろぉぉぉぉぉッ!!!!」


咆哮。


カシャン。

ブーツの内部で、巨大な撃針が信管を叩く音。


そして。


ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!


鼓膜が破れるほどの爆音。

ブーツの踵から、巨大な「杭」が射出された。

火薬の爆発力を一点に集中させた、物理最強の穿孔せんこう攻撃。


ガギンッ!!!!


金属が悲鳴を上げる。

分厚い鉄格子が、飴細工のようにひしゃげ、ねじ切れる。

回転するファンが砕け散り、破片が弾丸となって降り注ぐ。


衝撃波が、俺の身体を貫く。

背骨がきしむ。

意識が飛びそうだ。


だが。

視界が開けた。


鉄格子の向こう。

すすと油の匂いがする、新しい風が吹き込んできた。


俺たちは、砕け散った残骸と共に、ダクトの中へと吸い込まれていった。


***


ガシャン、ゴロゴロ……。


俺たちは、ダクトの床に無様に転がった。

硬い鉄板の上。

回転を止めたファンの残骸が、カラカラと音を立てて転がっていく。


「……っ、ぐ……」


俺は、仰向けに倒れたまま、天井を見上げた。

そこには、四角く切り取られた穴があり、その向こうに第0層の景色が見えた。

遥か下。

蟻のように小さな敵兵たちが、悔しそうに上を見上げているのが分かる。


「はは……、はははッ……」


乾いた笑いが、喉から漏れた。

やった。

届いた。

俺たちは、自分の足で、空へ上がったんだ。


「……ってぇ~」


隣で、キナが身体を起こした。

髪はボサボサで、服は煤だらけだ。

でも、その顔は、最高に楽しそうに笑っていた。


「ひゃっはー! 最高! あんたマジでイカれてるわ!」


キナが、俺の胸をバンと叩く。


「足、無事?」


「……感覚がねぇ」


俺は、ブーツを見下ろした。

鉄板が赤熱し、シューッと煙を上げている。

中身がどうなっているかは、今は考えたくもない。


「ま、歩けてるなら大丈夫でしょ」


キナが立ち上がり、ダクトの奥を指差した。


「さあ、行きましょ。……ここからが、本当の『バベル』よ」


俺は、痛む体に鞭打って立ち上がった。

ダクトの奥から、ゴウン、ゴウンという重低音が響いてくる。

湿った熱気。

機械油の匂い。

そして、何千もの歯車が噛み合う音。


第1層・工業区画。

この塔の心臓部へ続く、蒸気の迷宮。


俺は、一度だけ振り返った。

穴の向こうに見える、小さな故郷。

レオが死に、俺が捨てられた場所。


「……あばよ」


短く告げ、俺は背を向けた。

もう、未練はない。

懐にあるレオの石が、心なしか温かく感じた。


俺とキナは、暗いダクトの闇へと足を踏み入れた。

その足音は、以前よりも強く、重く、確かな意志を持って響いていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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