第11話:蹂躙 魔法殺し、理不尽へのカウンター(後半)
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ドォン!!!!
爆音と共に、俺の世界が引き伸ばされた。
視界の端で、風景が流れる線となる。
パイプも、蒸気も、迫り来る重力の球体も、すべてがスローモーションのように置き去りにされていく。
速い。
これは、ただ走っているのとは訳が違う。
背中から巨大な手で突き飛ばされたような、あるいは崖から突き落とされたような、制御不能な加速。
「ぐ、ぅぅぅッ……!」
足が悲鳴を上げている。
膝の軟骨がすり減り、大腿骨がきしむ音が、頭蓋骨に直接響く。
撃鉄靴の反動。
それは、俺の肉体を破壊しながら進む、諸刃の剣だった。
けれど。
その痛みさえも、今の俺には心地よい燃料だった。
(届く……!)
目の前。
ほんの数メートル先に、驚愕に目を見開く騎士の顔がある。
彼の放った重力魔法『ブラック・ホール』は、俺の残像を掠め、虚しく空気を削り取っていた。
魔法使いの弱点。
それは、魔法を構築し、照準を合わせるまでの「タイムラグ」だ。
音速に近いこの速度の前では、彼の思考速度さえも止まって見える。
「な……馬鹿、な……!?」
騎士の唇が動くのが見えた。
物理法則を無視した機動。
魔力を持たない「ゴミ」が、エリート騎士の懐に飛び込んだ瞬間。
俺は、右手に握った魔剣を振りかぶった。
「もらったぁぁぁぁッ!!」
裂帛の気合い。
全身の運動エネルギーを、剣の一点に乗せる。
騎士が反応する。
さすがは白銀騎士団。
思考が追いつかなくても、鍛え上げられた身体が自動的に防御行動を取る。
「シールドッ!!」
騎士が叫ぶと同時に、彼の前に透明な壁が出現した。
六角形の光が重なり合う、多重魔法障壁。
戦車砲すら防ぐと言われる、鉄壁の守り。
普通の剣なら、触れた瞬間に砕け散るだろう。
だが。
俺が持っているのは、そんな上品な代物じゃない。
ズドォォォンッ!!
激突。
剣が障壁に触れた瞬間、甲高い音が鳴り響いた。
硬い。
コンクリートの壁を金属バットで殴ったような、強烈な反動が手に返ってくる。
(防がれたか?)
いや、違う。
『……いただきます』
剣が、嗤った。
パリンッ……!
音がした。
ガラスが割れるような、繊細で、残酷な音。
障壁が、剣の接触点から急速に「食われて」いく。
白い包帯が脈打ち、障壁を構成する魔力を掃除機のように吸い込んでいく。
光の壁に、ぽっかりと大穴が開く。
「な……障壁が、消滅……!?」
騎士の目が、恐怖に染まる。
自分の常識が、目の前で崩れ去っていく音を聞いているのだ。
俺は、その穴に剣をねじ込んだ。
障壁の向こう側。
無防備になった騎士の鎧へ。
「砕けろッ!!」
ガゴォォォォォンッ!!
鈍い破壊音。
剣の腹が、騎士の胸板を直撃した。
「が、はッ……!?」
騎士の身体がくの字に折れる。
磨き上げられた白銀の鎧が、内側からの衝撃でひしゃげ、歪む。
肺の中の空気が強制的に吐き出され、騎士の足が地面から浮く。
吹っ飛ぶ。
そう思った。
しかし。
ガシッ。
騎士の左手が、俺の剣を掴んでいた。
「……ぬ、ぅぅぅッ!!」
騎士が、血を吐きながら俺を睨みつける。
鎧の下から、ギチギチと筋肉が膨張する音が聞こえる。
身体強化魔法。
打撃の瞬間、魔力で身体を鋼鉄のように硬化させ、衝撃に耐えたのだ。
「舐めるな……下層民がァッ!!」
騎士が吼える。
その全身から、青白いオーラが噴き出す。
圧倒的な魔力圧。
それが物理的な風圧となって、俺を押し返そうとする。
(力が……違う!)
俺は歯を食いしばった。
押し負ける。
勢いで突っ込んだが、静止状態での力比べになれば、魔法で強化された騎士には勝てない。
騎士が、右手の槍を引く。
至近距離からの突き。
避けられない。
「死ねェッ!!」
槍が放たれる。
銀色の閃光が、俺の喉元に迫る。
その時。
カシュン。
乾いた音が、俺たちの頭上から聞こえた。
「――そこよ」
少女の声。
冷徹で、計算高い、エンジニアの声。
俺と騎士の間。
天井の配管の隙間から、何かが落ちてきた。
それは、手のひらサイズの小さな金属球だった。
表面には無数の穴が空いており、そこから赤い光が点滅している。
騎士の視線が、一瞬だけそれに吸い寄せられる。
「なんだ、これは……」
「プレゼントよ」
遠くで、キナが指を鳴らす音が聞こえた。
パチン。
カッ!!!!
金属球が炸裂した。
爆発ではない。
それは、「音」の暴力だった。
キィィィィィィィィィンッ!!!!
高周波。
人間の可聴域を遥かに超えた、脳髄を直接かき回すような超音波の嵐。
さらに、強烈な閃光が、暗い通路を焼き尽くすように点滅する。
「が、ぁぁぁぁぁぁッ!?」
騎士が絶叫し、槍を取り落とした。
両手で耳を塞ぎ、のたうち回る。
平衡感覚を司る三半規管が破壊され、立っていることすらできなくなったのだ。
「スタングレネード・改。……魔法使いは耳が良いから、よく効くでしょ?」
キナの声が響く。
俺は、ニヤリと笑った。
俺には効かない。
なぜなら、突入前にキナから「耳栓」を渡されていたからだ。
「ナイスだ、相棒」
俺は、よろめく騎士を見下ろした。
勝負あった。
強固な鎧も、魔法障壁も、内側からの撹乱には無力だ。
「貴様ら……卑怯な……!」
騎士が、涙を流しながら呻く。
プライドの高いエリート騎士にとって、こんな「おもちゃ」で無力化されることは、死ぬよりも屈辱だろう。
「卑怯?」
俺は剣を構え直した。
包帯の隙間から、緑色の光が漏れる。
アビス・ワームから奪った魔力と、さっきの障壁から食らった魔力。
それが今、臨界点で混ざり合っている。
「魔法で一方的に殴るのは綺麗で、知恵を使って殴るのは卑怯か?」
俺は一歩、踏み出す。
「なら、もっと卑怯な手を見せてやるよ」
俺は、左足のブーツの踵を、地面に打ち付けた。
カチリ。
撃鉄が落ちる。
爆薬が点火する。
しかし今度は、飛ぶためじゃない。
この場で、回転するための推進力。
「消えろッ!!」
ドォン!!
左足を中心に、俺の身体がコマのように回転する。
遠心力。
爆発力。
そして、魔剣の質量。
すべてを乗せた、横薙ぎの一閃。
「が……」
騎士が顔を上げる。
その目に映ったのは、迫り来る白い死神の鎌。
ズバァァァァァァァンッ!!!!
剣が、騎士のわき腹を捉えた。
鎧が紙のように裂ける。
魔力強化された筋肉が断裂する。
そして、その奥にある肋骨が粉々に砕け散る。
「ガ、ハッ……!!」
騎士の身体が、ボールのように吹き飛んだ。
通路の壁に激突し、さらにバウンドして、配管の山に突っ込む。
ガシャガシャガシャッ……。
鉄パイプが崩れ落ち、騎士を埋める。
土煙が舞う。
静寂が戻る。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺は、剣を杖にして、その場に膝をついた。
限界だった。
足の感覚がない。
ブーツの中で、皮膚が剥けて血が出ているのが分かる。
体温も下がりきって、視界が白く霞んでいる。
でも、立っている。
俺は、勝ったのだ。
「……やった」
小さな呟き。
それが、次第に実感を帯びてくる。
騎士に勝った。
魔法使いに勝った。
この世界の「理不尽」の象徴を、俺たちの手でねじ伏せたんだ。
カツ、カツ、カツ。
軽い足音が近づいてくる。
キナだ。
彼女は崩れた瓦礫の山を乗り越え、俺の元へとやってきた。
「あんた……無茶苦茶ね」
キナが、呆れたように笑う。
その顔は煤だらけだが、瞳だけは興奮で輝いている。
「あんな至近距離で爆破するなんて。足、無事?」
「……たぶんな。感覚がねぇけど」
「あとで見てあげる。……それより」
キナが、埋もれた騎士の方を指差した。
「トドメ、刺さないの?」
俺は、瓦礫の山を見た。
騎士の手が、だらりと力なく垂れ下がっている。
微かに胸が上下している。生きている。
「……いい」
俺は剣を鞘(包帯)に収めた。
「殺したら、こいつらと同じになる」
それに、死ぬよりも辛いだろう。
下層のゴミに負けて、おめおめと生き恥を晒すことの方が。
「ふーん。甘ちゃん」
キナは肩をすくめたが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「ま、いいわ。部品にするには損傷が激しすぎるしね」
彼女は俺の前に立ち、右手の義手を差し出した。
無骨で、油臭い、鉄の手。
「ねえ、あんた名前は?」
そういえば、まだ名乗っていなかった。
俺は、泥だらけの手で、その冷たい鉄の手を握り返した。
「ニルス」
「ニルス。……うん、悪くない響きね」
キナが、ニカっと笑う。
「私はキナ。世界一の『解体屋』よ」
「解体屋?」
「そ。世界の仕組みをバラして、あっと言わせるのが私の仕事」
彼女は、俺の魔剣を指差した。
「あんたのその剣と、私の技術があれば……このクソったれな塔だって、解体できると思わない?」
その言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねた。
バベルを、解体する。
ヘリオスがいる上層を。
俺たちを閉じ込めるこの世界を。
「……ああ」
俺は、強く頷いた。
握り合った手から、微かな熱が伝わってくる気がした。
それは体温ではない。
同じ怒りと、同じ夢を持つ者同士の、魂の熱さだった。
「できるさ。俺たちなら」
「決まりね! じゃあ、まずはここからズラかるわよ。増援が来たら面倒だもの」
「どこへ行く?」
「決まってるでしょ。私のアジトよ。……とびきりの『修理』をしてあげる」
キナがウインクし、歩き出す。
俺は、痛む足を引きずりながら、その小さな背中を追った。
路地の向こう。
天井の隙間から、第0層には似つかわしくない、一筋の光が差し込んでいるのが見えた。
それは、新しい物語の始まりを告げる、夜明けの光だった。
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