第11話:蹂躙 魔法殺し、理不尽へのカウンター(前半)
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身体が浮く。
重力の鎖を引きちぎられるような、暴力的な浮遊感。
「う、わぁぁぁッ!?」
俺の口から、情けない悲鳴が漏れた。
視界が上下に激しくブレる。
燃え盛る第0層の地面が、猛スピードで遠ざかっていく。
炎の赤色が、小さな点になり、やがて闇の中に溶けて消えた。
風切り音が耳をつんざく。
ヒュオオオオオオオッ!!
何が起きているのか、脳が処理しきれない。
さっきまで、俺は白銀の騎士に殺されかけていたはずだ。
死を覚悟した。
なのに、気づけば空を飛んでいる。
「舌、噛まないでよ!」
耳元で、少女の声が響いた。
鈴を転がすような、でも生意気で、鉄の味がする声。
俺は、自分を抱えている「腕」を見た。
それは、人間の腕ではなかった。
無骨な鉄の骨組み。
剥き出しのパイプと、精巧な歯車の集合体。
関節部分からは、シュウウウッという白い蒸気が噴き出し、熱を帯びている。
機械の義手。
この世界では「野蛮」とされる、失われた技術の結晶。
その鉄の爪が、俺の襟首をガッチリと掴んでいた。
痛い。
でも、その痛みと熱さが、俺に「生きている」ことを実感させた。
ガシャンッ!!
衝撃。
浮遊感が唐突に終わり、俺たちは何かの足場に着地した。
「……ッ、ごほっ、ごほっ!」
俺は地面に転がり、咳き込んだ。
埃っぽい。
さっきまでの焦げ臭い空気とは違う、錆た鉄と、古い油の匂いがする。
「はぁ……はぁ……ここは……」
俺は、ふらつく足で立ち上がった。
周囲を見渡す。
そこは、天井裏だった。
第0層のさらに上、構造区画の隙間。
太いパイプが血管のように張り巡らされ、蒸気が霧のように立ち込めている。
薄暗い。
足元は金網で、下を覗けば遥か彼方に街の灯りが見える。
「ようこそ、私の庭へ」
少女が、ゴーグルを額に押し上げながら笑った。
煤で汚れた頬。
短く切り揃えられた、油じみた茶色の髪。
サイズオーバーの作業着はあちこち破れていて、そこから覗く肌は健康的だが、やはり油汚れが染み付いている。
「あんた……誰だ?」
俺は警戒して聞いた。
助けられたとはいえ、まだ安心はできない。
この世界で、無償の親切なんてものは存在しないからだ。
「誰って? 命の恩人にその態度はなくない?」
少女は腰に手を当て、呆れたように肩をすくめた。
その動作に合わせて、巨大な機械義手がウィーンと駆動音を立てる。
「私はキナ。……ま、しがない『解体屋』ってとこね」
「解体屋……?」
「そ。ゴミを拾って、バラして、使える部品を売る。あんたと同じ、底辺の仕事よ」
キナは、俺の持っている魔剣をチラリと見た。
その目に、好奇心の色が宿る。
「で? あんたはニルスでしょ? 有名人よ、この界隈じゃ」
「有名人?」
「『白化して逃げた兄弟』。でも、戻ってきたと思ったら、掃除屋を一人で壊滅させちゃうんだもん。噂以上の暴れっぷりね」
キナが、ニカっと白い歯を見せて笑った。
悪意は感じられない。
むしろ、同じ種類の人間を見るような、親近感を含んだ目だ。
「それにしても、驚いたわ」
キナが、俺に近づいてくる。
義手が伸びて、俺の剣に触れようとする。
「魔法、使えないんでしょ? あんた」
「……ッ」
俺は反射的に身を引いた。
図星を突かれた動揺。
そして、剣が彼女の熱を奪ってしまうのではないかという懸念。
「触るな。……凍るぞ」
俺は低く警告した。
しかし、キナは構わずに義手で剣の包帯を撫でた。
カチン、コチン。
義手の表面に霜が降りる。
だが、それだけだ。
機械には神経がない。痛みも感じない。
「へぇ……すっごい冷気。これ、天然の冷却装置じゃない」
キナは、怖がるどころか目を輝かせた。
「面白いわね。魔法使い連中は『魔力がない』ことを欠陥だっていうけど……」
彼女は顔を上げ、俺の目をまっすぐに見つめた。
「魔法が使えないってことは、魔法の影響も受けにくいってことでしょ? それって、このふざけた世界じゃ『最強の耐性』じゃない!」
「……は?」
俺は面食らった。
今まで、散々馬鹿にされてきた。
「空っぽ」「出来損ない」「ゴミ」。
そう呼ばれ続けてきた俺の欠落を、この少女は「最強」だと言ったのだ。
「あんた、最高にクールだわ! 気に入った!」
キナが、バンと俺の背中を叩いた。
義手の重みで、俺はたたらを踏む。
「あ、痛て……」
「あはは! ごめんごめん、出力調整が甘くてさ」
キナが笑う。
その笑顔は、屈託がなかった。
裏表のない、太陽のような明るさ。
ヘリオスの冷たい太陽とは違う、泥にまみれた暖炉のような温かさ。
(変な奴だ……)
俺は、少しだけ肩の力を抜いた。
こいつは敵じゃない。
少なくとも、俺を「人間」として見てくれている。
「で、どうすんだ? ここから」
俺は話題を変えた。
状況は依然として最悪だ。
あの騎士を撒いたとは思えない。
「どうするも何も、逃げるのよ」
キナが、真顔に戻った。
「あいつは『白銀騎士団』のランスロット。第7席クロードの懐刀よ。しつこいわよ~、蛇みたいに」
「知ってるのか?」
「腐れ縁みたいなもんよ。あいつら、私の『発明品』を目の敵にしてるから」
キナが、義手を愛おしそうに撫でる。
「『科学』は秩序を乱す、だってさ。頭の硬い連中よ」
その時だった。
ズズズズズズ…………。
低い振動が、足元の金網を伝わってきた。
遠くで、何かが崩れる音。
それが、急速に近づいてくる。
「……来たわね」
キナの表情が険しくなる。
「速い。もう嗅ぎつけやがった」
ドゴォォォォォォォンッ!!
爆音。
俺たちが立っていた場所から数十メートル先の壁が、内側から弾け飛んだ。
分厚いコンクリートの壁が、紙細工のように粉砕される。
土煙の中。
青白い光が漏れ出す。
「見つけたぞ、ネズミども」
冷徹な声。
あの騎士だ。
壁を破壊して、最短ルートで突っ込んできたのだ。
「チッ、行儀が悪いわね! 人の家の壁を!」
キナが叫び、ポケットから何かを取り出した。
野球ボールほどの大きさの、黒い鉄球。
「食らえっ!」
彼女はそれを、騎士に向かって全力で投げつけた。
カァン!
鉄球が床に弾む。
騎士は動じない。
槍を一閃させ、飛来物を叩き落とそうとする。
その瞬間。
カッ!!
強烈な閃光が走った。
閃光弾。
魔法の光ではない。
マグネシウムと化学物質が燃焼する、物理的な光の暴力。
「ぐっ……!?」
騎士が呻き、顔を背ける。
いかに魔法で肉体を強化していても、網膜の構造は人間だ。
急激な光量変化には対応できない。
「今よ! 走って!」
キナが俺の手を引き、走り出す。
配管が入り組んだ狭い通路を、迷いなく進んでいく。
「こっち! 頭下げて!」
パイプの下を潜り、バルブを飛び越える。
彼女はこの迷路のような場所を、自分の庭のように熟知している。
しかし。
ガガガガガッ!!
背後から、何かが削れる音が迫ってくる。
振り返ると、騎士が飛んでいた。
狭い通路の壁や配管を、重力魔法でねじ曲げ、破壊しながら、一直線に追ってくる。
「障害物は排除する」
騎士の声が近づく。
視界が回復したようだ。
しかも、さっきの小細工で完全に怒らせてしまったらしい。
「うわっ、マジで!?」
キナが悲鳴を上げる。
騎士が槍を振るうたびに、見えない衝撃波が飛んでくる。
配管が裂け、高温の蒸気が噴き出す。
プシュウウウウッ!!
「熱っ! くそ、あいつ加減を知らないの!?」
「こっちだ!」
今度は俺が前に出た。
蒸気のカーテンを、魔剣で切り裂く。
剣が熱を吸い取り、一瞬だけ視界が開ける。
「ニルス、右!」
キナの指示に従い、右の分岐へ飛び込む。
そこは、行き止まりだった。
「……は?」
俺は立ち止まった。
目の前にあるのは、巨大な排気ファンの回転翼。
直径10メートルはある鉄の羽根が、ゴウゴウと音を立てて回っている。
その向こうは、外の世界――ではなく、上の階層へと続くダクトだ。
「おい、道がないぞ!」
「あるわよ! あの中!」
キナが、回転するファンを指差す。
「タイミングを合わせて飛び込むの! 失敗したらミンチだけどね!」
「正気か!?」
「あいつに串刺しにされるよりマシでしょ!」
後ろを見る。
騎士が、曲がり角を曲がって現れた。
ゆっくりと、確実な死の足音を響かせて。
「……追い詰めたぞ」
騎士が槍を構える。
その穂先に、どす黒い重力の球体が収束していく。
今度は手加減なしだ。
この通路ごと、俺たちを圧殺する気だ。
「重力魔法・『ブラック・ホール』」
騎士が詠唱を始める。
周囲の瓦礫が浮き上がり、槍の先端に吸い込まれていく。
逃げ場はない。
後ろは回転する死の刃。
前は重力の処刑人。
(どうする……?)
俺は剣を握りしめた。
戦うか?
いや、勝てない。
あの重力魔法は、俺の剣でも吸い込みきれない質量を持っている。
近づく前に潰される。
「ねえ、ニルス」
キナが、俺の袖を引いた。
見ると、彼女はバックパックの中から、何か巨大な「鉄の塊」を取り出していた。
「あんた、脚力には自信ある?」
「……自信があるとかないとか、そういう次元じゃない。これしかねぇんだ」
「オッケー。なら、これ履いて」
キナが投げ渡してきたのは、無骨極まりない「靴」だった。
いや、靴と呼ぶには凶暴すぎる。
分厚い鉄板で補強されたソール。
踵部分には、バイクのマフラーのような排気口と、ショットガンのような撃鉄がついている。
「なんだこれ……?」
「『撃鉄靴』。私の最高傑作よ」
キナが、ニヤリと笑う。
「魔法使いみたいに空は飛べないけど……地面を蹴り壊して加速することはできる」
「蹴り壊す……?」
「火薬の爆発力を推進剤にするの。……普通の人間が使ったら足の骨が砕けるけど、あんたのその頑丈さなら、いけるはず!」
俺は、その鉄塊を受け取った。
重い。
ずっしりと手に沈む重量感。
だが、不思議と嫌な重さではなかった。
俺の魔剣と同じ、「理不尽な暴力」の匂いがする。
「……分かった」
俺は、急いでブーツに足を突っ込んだ。
カチリ。
留め具が自動で締まり、足首を固定する。
まるで、足が鉄の塊になったような感覚。
「使い方は簡単。思いっきり踏み込んで、踵のスイッチを入れるだけ!」
キナが叫ぶ。
騎士の魔法が、完成する。
黒い球体が、俺たちに向かって放たれる寸前。
「さあ、見せてみなさいよ!」
キナが叫んだ。
「あんたの『物理』が、魔法に勝つところを!」
俺は、深く息を吸った。
冷たい空気が肺を満たす。
覚悟を決める。
もう、逃げない。
背中のファンにも、目の前の騎士にも。
俺は、腰を落とした。
右足に、全身の力を込める。
ブーツの撃鉄に、意識を集中する。
(行けッ……!)
俺は、床を蹴った。
ドォン!!!!
爆音。
踵の中で火薬が炸裂した。
凄まじい衝撃が、足の裏から脳天まで突き抜ける。
痛い。
骨がきしむ。
だが、それ以上に――速い。
俺の身体は、砲弾のように前方へと射出された。
「――ッ!?」
騎士が目を見開く。
彼の予測を超えた速度。
重力魔法の照準がズレる。
俺は、黒い球体の脇をすり抜け、一直線に騎士へと迫った。
「うおおおおおおおおっ!!」
咆哮。
それは、反撃の合図だった。
魔法がなんだ。
重力がなんだ。
こっちには、「爆発」がある。
俺とキナの、理不尽へのカウンターが始まった。
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